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優雅な襞のある純白の絹の長衣に、絢爛豪華な金の刺繍を施した真紅のアンタリ。
金糸のサンダルに、身を飾る宝飾品も全て本物の黄金だ。
ここへ来た初日に葵が貸してくれたラージャムの正装をまとい、朝から湯殿に入り全身を磨き上げたニーナは鏡台に向かった。
身支度に誰かの手を借りる必要はない。
顔のバランスを崩さない化粧の仕方は心得てる。
白粉などいらない。眉をほんの少し塗り、唇に薄い紅を引き、目許をかすかな黒で彩る。
葵から預かった黄金の花を模した髪飾りを茶色の髪に留め、鏡台の中の自分を見つめたニーナは大きく深呼吸した。
人形役は約一年半ぶりだ。
期間は空いているが不安はなかった。
(大丈夫。私は負けない)
これまで自分の人生を支えてきた技を、まだ忘れたりなどしていない。
「ニーナ様。準備はよろしいですか」
ノックの音が聞こえ、入室してきた九天にニーナは笑顔で振り返った。
「バッチリだよ、九ちゃん。葵ちゃんに髪の毛渡してきてくれた?」
手ぶらで帰ってきたところを見るに渡してくれたのだろうが、ニーナの姿を目にした九天はかすかに口を開いたまま固まっている。
一言も発さず、目も逸らさない。
(あ、そっか)
ここまで完璧に着飾ったニーナを見るのは初めてだからだろう。
正気を取り戻すまで待てば、ややあって九天は感嘆の吐息をもらした。
「とても美しいです、ニーナ様……!」
「うん、知ってる」
「ぶれませんね!」
これがニーナの持つものの全てだ。
いつもどおりの返事に二人して笑い、九天はおもむろに歩み寄ってきた。
「ニーナ様。もう一度だけお聞きしてもいいですか?」
「うん。なに?」
笑顔だが、これは真剣な問いだ。
そう察して耳を傾けたニーナに、九天ははっきりとした口調で告げた。
「今日、もし陛下があなたを妃に選んだとしたら、あなたはやはり残念に思いますか?」
〝やっぱり王様も他の男の人と同じだったんだ、って悲しくなる────……〟
そんな問いがくるとは思わず、心構えをしていなかったニーナは言葉を忘れた。
数日前に簡単に答えたことなのに、なぜだか口が開かない。
ダリウスに選ばれたなら、自分はどう思う──?
容姿を見て近寄ってきたその他大勢の男と同じ、子供相手に不埒なことを考える理性のない男だと思うだろうか。
やっぱり他の男と同じだったんだ、と幻滅するだろうか────。
(────ううん)
考えるまでもなかった。
答えなどすぐに出てしまって、湧き上がる感情のままニーナは自身の顔が輝いていくのを感じた。
「嬉しいよ。王様が選んでくれたら、私、たぶんすごく嬉しい」
これからも繚乱後宮にいられる。
仲良くなれたみんなと一緒に、これからもここに。
それがこの上なく幸せなことのように思えて、まっすぐに九天を見上げたニーナは迷いなく言い切った。
「これからも王様の側にいられるなら、私きっとすごく嬉しい────!」
「ニーナ様……!」
胸を衝かれたように九天が目を閉じ、そして、深呼吸をして黒い目を開く。
「では、参りましょう」
その目がかすかに潤み、差し出された手を取ったニーナは華麗に裾を払い立ち上がった。
強い気持ちで扉を開けば、外で待っていた兵士達が一斉に息を呑み、眩しすぎる光に圧倒されたかのように次々と膝を折る。
それだけで確信できる気がした。
(私は負けない)
こんなに美しい人形は、この世に二つと存在しない。
瞬きすら惜しむように見惚れる人々を正気に返らせるため、ニーナはこの世のものとは思えぬほど華やかに一笑した。
「さあ行こう!」




