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 その日の深夜。

 手筈どおりに窓を叩く音が聞こえ、眠らずに待っていた薫子は急いで鍵を開けた。


 裏の森に面するその暗がりには黒ずくめの服を纏った男がひざまずき、薫子は素早く男を部屋へ招き入れる。


「誰にも見られなかったでしょうね?」


 用心深く辺りを見渡してから窓を閉めた薫子に、瑞から付き従い、今は城下にて待機している従者が頭を垂れた。


「はっ。しかし驚きました。後宮だというのにこの警備の薄さは……」

「当たり前でしょう? あの粗忽者の蛍が入ってくるほどですもの、ラージャムの警備はザルよ。私が王妃になればいの一番に改革するわ。あんな化け物国王に任せてはおけない」


 異形の男に人並みの感覚があるとは思えないし、なんといっても自分がこの後宮の女主人となるのだから。


(太后が外遊から戻ってきたところでいいようにはさせないわ──!)


 あのダリウスの親であるなら先王夫妻もきっとまともではない。


「それより明日の勝負について聞いてくれたかしら? あの娼館上がりの小娘に何としてでも勝ちたいの。そのためにお前の力を借りたいのだけど」

「光栄にございます。ですが姫様、このような勝負にわざわざ乗らなくと妃は……」

「いいえ。あの娘は危険だわ」


 従者の言いたいことは分かる。万が一負けたとき、薫子は繚乱後宮を出ていかなければならないのだ。

 そんな危ない橋を渡らずとも側室になれる可能性が高いのだから、勝負を受けず静観した方がいいのでは、と言いたいのだろう。


 だが薫子は赤い唇を噛み締めた。


「あの娘を放っておいてはいけない。陛下と九天様を見て確信したのよ。あの娘、必ず側室に選ばれる。美しすぎるわ」


 後宮長の胡九天こきゅうてん自らが選んだ娘というのも気になる。

 九天と三百人の花嫁候補は後宮到着時に挨拶を交わしているが、彼はそれらが全て済んでから単独で花嫁候補探しに乗り出した。

 それだけでも眩暈がするほど悔しく、屈辱に頬が燃える。


(要するに、誰一人気に入る女がいなかったってことではないの──!)


 なんだ、この程度の女しか集まらなかったのか、と言われた気分だ。

 それでも最初は気にならなかった。薫子が手を下さずとも他の女達が率先してニーナを排除しようとしてくれたし、娼館上がりと聞けば尚更だ。

 美しさなら自分も負けはしないし、そもそも相手は十五歳の子供。国王が幼女趣味でもない限り選ばれないだろう。そう高をくくっていたら────。


「私はたしかに側室に選ばれるかもしれない。でも、その時にはあの娘も選ばれるわ」


 ニーナの脅威の美貌とダリウスに対する遠慮のなさに震えが走り、薫子は拳を握った。


 あの娘と並んではいけない。

 同じ地位に立ったが最後、上に立つのはニーナの方だろう。

 ニーナが側室なら自分は選ばれず、自分が側室ならニーナはおそらく妃。


 あの娘に側室になる機会を残してはいけない。


「だから必ずこの勝負に勝ってあの娘を追い出したいの。力を貸してちょうだい」


 恭しく頭を垂れた従者と薫子は長い時間話し合い、夜の静寂に密やかな声が流れる。


 ────やがて薫子の嬉しそうな嬌声が聞こえ、両手を叩く音が響き渡った。


「まあ、それはいいわ! そうしましょう。でも殺しては駄目よ? そうすると面倒なことになるもの」


 ニーナを殺したりすれば薫子も妃にはなれない。大切なのはルールの範囲内でニーナを敗北させること。

 良案がまとまり、従者は明日の準備をするべく早々に薫子の部屋を辞した。




 ────────────── ※ ──────────────




 長々しい密談が終わり、従者の動く気配を感じた蛍は近くの木へと飛び移る。

 薫子の部屋から出てきた従者は風のような走りで夜の森へと消え、その姿を太い枝の上から見送った蛍は苦笑した。


「ほんと正々堂々って言葉を知らねーのな、俺らの国のお姫様は」

 ただじっとしておくだけの勝負だというのに、徹底的に妨害しなければ気が済まないらしい。

「ったく、殺し甲斐がある女だな」


 葵を傷つけるのみならず、あのダリウスすら侮辱する発言をするとは────。



「同感ですよ、蛍さん」

「!?」



 あやうく木から滑り落ちかけ、蛍はすんでのところで体勢を立て直した。

 蛍が立っていた枝のさらに上の枝が大きく揺れ、一人の青年が蛍の隣へ降り立つ。


「おっと、驚かせてしまいましたか。どうもすみませんね」

「──九天様じゃないっすか」


 暗がりの中に浮かぶ少年のようなほっそりとした姿に、蛍は声の震えを隠し平静を装って答えた。


 ────全く気がつかなかった。


 蛍は武芸に秀で、大陸一気配を殺すことが得意と言われている瑞国の精鋭だ。

 眼下に集中していたとはいえ、その蛍が気づくことができなかったとは。


 蛍の動揺を知ってか知らでか、九天は楽しそうに薫子の部屋を見下ろした。


「いや~、おもしろいですね薫子様は。ラージャムの警備が笊って、わざとそうしているなんて微塵も思わないんですね」

「あー……まあそうっすね。俺も最初に入ったときは警備薄すぎて逆に警戒しましたから」

「おっと、蛍さんが侵入したときは本当に笊でしたけどね」

「……九天様もあの女の話を聞いてたんすか?」


 無意識にうかがうような口調になれば、九天はぱっとこちらを振り向き笑った。


「はい。僕は屋根から」


 ならば窓際にいた自分の姿も見られていたということだ。

 薫子を殺そうと行動を起こせば、九天は迷わず蛍を攻撃しただろう。

 ここで薫子を殺せばニーナに疑いがかかるため控えたが、結果的に蛍自身も助かったということだ。

 本能で恐怖を感じた蛍に気づいただろうが、九天は何食わぬ顔でこちらを見上げる。


「僕から相談があってきました。いえ、相談というかお願いですね」

「……なんすか?」


 薫子殺しをやめろと言われても、あいにくだが従うつもりはない。


 身構えた蛍に、だが、九天は笑顔で思わぬことを言った。




「僕も薫子様殺しに加担させてもらいたいんですよ」





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