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「頼んますよぉ、ダリウス陛下~。ラージャムの偉大なる国王様~」

「ええぃ、しつこいっ!」


 国王ダリウスとその側近しか入れない本宮の執務室。

 連日の寝不足に苦心しながら政務に励むダリウスは、膝にすがりついてくる大男を容赦なく蹴っ飛ばした。

 これで三度目だ。


 蹴られても微動だにしない蛍に震えが走り、書類に印璽を押す九天に大声で命じる。


「九天、もう一回ほたるを牢に入れてこい!」

「え~、嫌ですよ。壁壊されるだけだしもういいじゃないですか」

「よくないだろう!? 明らかな不審者だぞ!?」


 昨夜の大騒ぎによって捕らえられた蛍は、葵の兄ということもあって本宮の一室に軟禁された。

 後宮に忍び込んだにしては甘い処遇だったが、悪人ではないとダリウスが判断したためだ。

 しかし蛍は夜のうちに鍵を壊して脱出。

 勝手に明け方の宮殿を歩き回り、あろうことかダリウスの寝室まで来てしまったのだ。


 国王暗殺かと思われるような事態にこれはいかんとやむなく投獄。

 しかし蛍は牢の鍵を壊して脱獄し、鍵を壊すなと命じてもう一度牢に入れれば今度は石壁を破る始末だ。

 九天はすでにあきらめているのか、聞く耳を持たない。


「不審者じゃないですよ。ちゃんと調べましたが、瑞国で国王をお守りする大将のご子息で間違いありません。年は二十歳で葵様とは母親違いの異母兄妹。れっきとした貴族で身元は確かですし、部屋の鍵と牢の鍵と壁の修繕費はしっかり瑞に請求させて頂きますよ」

「すんません、様。俺の親父は俺の尻拭いはしないっす。とっくに勘当されてるんで」

「今気づきましたが胡様ってすっごい変ですね!! もう遅いけど名前変えればよかった!」

「胡様~、胡様~!」

「うるさいですよ、この虫けらが! 親が責任取らないと言うならあなたが働きなさい!」

「了解っす! あと自分の名前は蛍っす。虫ですけど夜に輝く素敵な虫なんで」

「まったくもう。ほら陛下、蛍さんが兵士として働くことになりましたよ」

「なりましたよ、じゃない! 勝手に話を進めるな!」


 冗談じゃない。本人は勘当されたと言っているが、他国の高位の貴族を勝手に雇うほど自分は自由奔放ではないのだ。

 ダリウスが断る気だと見てとったのか、蛍は突然キリリと表情を引き締めひざまずく。


「陛下。不肖蛍、ダリウス陛下に申し上げたい儀がございます」

「…………なんだ?」


 昨夜は不審者丸出しの装いだったが、今日は目立たないよう襟と袖のつまった白の上下に深緑のアンタリという使用人の装束を貸し出していた。

 身なりを整え真顔になれば若々しい好青年であり、眉は凛々しく整い、黒い目は鋭く意志の強さを感じさせる。

 真一文字に結ばれた唇も男らしく、雰囲気はまるで違うが、素晴らしい美少女である葵の異母兄と言うのも納得だ。

 広い肩幅や厚い胸板、身のこなしを見ても優れた武人であることは間違いなく、それは実際に戦った九天やダリウスが一番よく分かっていた。


 ひざまずいた蛍は椅子に腰かけるダリウスをまっすぐに見上げ、力強く口を開く。


「昨夜は大変失礼致しました。まさかラージャム王国の国王陛下とは露知らず」

「では宮殿の後宮にいる男をなんだと思ったのだ」

「葵の部屋にいるなら自分にとっては全て敵。倒すべき存在、地獄の果てまで追って一族郎党子々孫々まで滅尽させる存在です」

「今決まった、お前はやはり瑞に送り返す」

「なんでっすか!?」

「当たり前だ、少しは考えろ!」


 もう何か根本的におかしい。

 ひとまず仕事の手を止め、ダリウスはため息をつきながら蛍を見下ろした。


「お前はいったい何がしたいんだ? 葵があんな行動に出たのも謎だし、正直私は展開についていけていないぞ」


 葵が落ち着き次第理由を尋ねるつもりだが、なぜいきなり肉食系女子に変貌したのかダリウスにはさっぱりわけが分からない。

 ひざまずくのに疲れたのか、蛍は早々に体勢を変えて床に正座する。


「葵が急に行動を起こしたのは、たぶん自分が手紙を送ったからっすよ。さすがの俺も考えなしに後宮に乗り込むのはヤバいと思ったんで」


 話によれば、蛍は葵から数日遅れで瑞を飛び出したがラージャム到着はほぼ同時だった。

 持ち前の身体能力で本宮の庭園に忍び込み、宮殿地図を把握しながら夜を過ごし、いいカモを見つけたのが翌日早朝だ。

 後宮に続く回廊で、葵をダリウスの花嫁にと叫ぶラージャムの侍女らしき少女を見つけたのだ。質素な服装からして女官としか思えなかったという。

 瑞の字が読めるなら葵に届くと思い、木立に潜んでいた蛍はその少女の後頭部めがけ手紙を投げた。


「それがあのとんでもない美人の花嫁候補さんだったんすよ。まー、手紙が葵に渡ろうが渡るまいがその日の夜には後宮に入る予定でしたけどね。上手いこと渡ったみたいでよかったっす」

「その手紙が原因で葵があんな暴挙に出たのか? なんて書いたのだ?」

「いや、普通の恋文っすよ? 俺の葵へ。ここにいることは分かっている。俺を愛してやまないお前のことだ、俺のことを考えてラージャムへ嫁いだんだろう? だが俺はお前を見捨てたりしない。俺はどこまでもお前を追いかける。どこまでもだ。けっしてあきらめないし逃がさないから覚悟しておけ。…………みたいな内容です」

「怖ッ!! お前と葵は本当に両想いなのか!? お前の夢の中だけじゃなくて!?」

「一万歩譲ってポジティブと捉えましょう。とりあえず、葵様が陛下の花嫁になろうと焦った経緯は了解しました」

「いや、葵が俺のこと好きなのは本当なんっすけどね」


 ドン引きのダリウスと九天に念を押しつつ、蛍はひょうひょうと願いを述べる。


「葵を連れ戻したいんすよ。それが無理なら自分を雇ってください。後宮の警備に」

「なぜ宮女を襲うと分かっている男を雇わねばならんのだ」

「葵以外に手は出しませんから」

「葵なら手を出していいというわけではないだろう」

「あんだとコラぁ? おい陛下、あんた実は葵に惚れてんじゃないだろうな?」

「ええぃ面倒くさい! 九天、蛍を牢に入れてこい!」

「だから扉と壁を壊されるだけですってば。これ以上は面倒見きれません」

「私だって見きれんっ!」

「ちょっと待ってくださいよ、胡様、陛下。壊したとかなんだとか言いますけど、そもそも部屋に鍵が掛かってなかったんすよ? ちょっと扉を押したら勝手に開いたんです!」

「お前が怪力すぎるだけだ! なんなんだお前は、自分の立場を理解しているのか!?」


 他国の宮殿や後宮に忍び込むだけでもとんでもないのに、曲りなりにも花嫁候補である女性に近づき、牢に入れれば即脱獄。ありえない神経だ。

 どうすればこの男を止められるのか途方に暮れたのに、当の蛍はダリウスの気も知らず困ったように頭をかく。


「いえ、なんつーか。立場は理解してるつもりなんすけど、ラージャムって予想以上に自由度高くて気が緩むんすよね。瑞と違いすぎます。国王がダリウス陛下みたいな方だから当然なのかもしれないっすけど」

「…………」


 どう反応すればいいのか分からない。

 答えあぐねてムスッとすれば、蛍はおもしろそうに笑い出した。


「なんで俺と葵を殺さないんすか? 罰するぐらいするべきだと思いますけど」

「……悪気はないんだろう? これはあくまで私個人の空間で起こったことであり、九天以外に事件を知られていない」

「いや、俺の脱獄とかガンガン知られてるじゃないっすか。なんでわざわざ『こいつは人を害することはないから』とか言って庇ってくれたんすか?」

「だから、お前に悪意はないんだろう?」


 蛍が本当に危険人物なら迷わず殺している。

 同じ説明を繰り返せば、なぜか爆笑されてしまった。


「甘いっすねー、陛下は! とりあえず話させてくださいっつったら話聞いてくれるし。こんなの他の国じゃありえないっすよ? お願いしたらなんでも叶えてくれそうじゃないすか?」

「……言っとくが叶えんぞ」

「ほほぅ、蛍さんはなかなか人を見る目があるじゃありませんか。あなたの言うとおり陛下は万年引きこもりの豆腐メンタルですよ」

「すんません胡様、一言も言ってないっす」

「胡様ではなく九天様とお呼びなさい。胡様ってものすごく気になります」

「おい、お前たち……」


 嫌な予感がしたダリウスが止めるのもかまわず、九天は尊大に腕を組んで蛍を見下ろした。


「この宮殿で働きたいならまず陛下に二心無しと誓っていただきたいですね。何と言ってもダリウス様は天下に轟くラージャムの王なのですから」

「一番そう思ってないお前に言われても……」

「当然っす!」


 ダリウスの儚い抗議は無視し、蛍は真顔で再び膝をつく。


「自分が忠誠を誓うのは葵ただ一人」

「……早速忠誠を誓う相手が間違っているのだが」

「その葵が花嫁候補として選ばれたんです。ここに来るまでは陛下をる気満々でした」

「不採用! 文句なしの不採用一択だ!!」

「聞いてください陛下ッ! 畏れながら俺は陛下を拝見し、こいつなら大丈夫だと確信させて頂いたんです!」

「畏れながらをつける意味はあるのか!?」


 不採用以外にどうしろと言うのだ。

 どこにも採用できる要素がないのに、なぜか九天は満足げにうなずく。


「いいでしょう。あなたを雇うかどうか、まずは葵様の話を聞いてからです。それまでおとなしく待っていなさい」

「うぃっす」


 もう口を挟む気力もない。

 だが九天の出した条件はダリウスが思うことでもあるのであきらめ、立ち上がった蛍を改めて見上げた。


「ここで働くかどうかは別にして、その……。お前は私の容姿が気味悪くないのか? 目とか、髪とか」

「なんすか? 陛下は目とか髪が変なんすか?」


 きょとんとした顔で問い返され、ダリウスの方が答えに窮する。


 明らかに自分の容姿はおかしいのだが、蛍は何とも思わないらしく逆に問い返してきた。


「じゃあ聞きますけど、俺の怪力変だと思わないんすか?」

「……多少強すぎるきらいがあるが、まあそういう男がいてもおかしくない」


 確かに並み外れて強い。王宮の分厚い石壁を破るなど人間業ではないだろう。

 だが、だからといっておかしい、人間じゃないと騒ぐほどでもない。

 素直に本心で答えると、ダリウスの返事を聞いた蛍ははにかむように笑った。


「俺も同じっすね。目が赤かったり髪が白い男がいてもおかしくない」

「………………」


 過去にない会話に途惑ったダリウスに大きく一礼し、蛍は執務室を去っていく。

 牢に戻るつもりなのだろうか。


「────九天」

「分かりました。部屋を用意しますからそちらに移って頂きましょう」

 命令するより早く心を読まれ、ダリウスは息を吐きながら大きな椅子に身体を沈めた。


「……妙な男だな」

「そうですか? 世界は広いのでいろんな人がいますよ。僕は陛下にもっと外に出てもらいたいですけどね」


 執務室と、その隣に用意した私室の往復だけでなく。

 誰にも会いたくないと願ったダリウスのためだけに用意された、見知った人間しか入ることを許されないこの宮殿の一角を出て。


 九天や両親がそう願い、この花嫁選考会が行われたことは重々承知している。

 ────だが。


「……もう昼だな。九天、後宮の様子を見てきてくれ」


 気持ちに応える覚悟がつかず、目を逸らしたダリウスに九天もそれ以上言うことなく一礼した。


「では葵様の様子を見てきますね」

「ああ、頼む。……しかしそうか、瑞国は近親婚が禁止されているんだな」


 国が変われば常識も変わる。古代の王族は兄弟姉妹婚が基本だったラージャムでは今日でもそれを禁忌としておらず、後ろ指を指されることでもない。


「蛍さんに教えてあげましょうか? わが国では認められていると」


 九天はおもしろそうに言ったが、ダリウスは念のためと首を振った。


「……とりあえず黙っておいてやれ」


 まずは葵の話を聞いてからだ。



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