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「──と、いうわけで。葵様を妃にするのが一番いいかなという結論に達しました」
………………それでは本末転倒ではないか、と思うがその意見を口に出してはいけない。
そんなことを言えば「ほーら、やっぱりニーナ様のこと好きなんじゃないですか! はい結婚結婚!」と言われるに決まっている。それこそ鬼の首を取ったかのように。
夜の後宮を歩きながら無反応を貫くダリウスに、たった一人で供をしている九天はおもしろくなさそうに息をついた。
「というのはもちろん冗談なんですけどね」
「……だろうな」
「もっと会話に乗ってくださいよ。それはともかく、ニーナ様は陛下に戴いた手袋に大喜びでしたよ。夕方にもう一度様子を見に行ったんですが、庭番やら洗濯女やら風呂焚きやらを引きこんでみんなで和気あいあいと庭整備。人懐っこいにもほどがあります」
贈り物を喜んでもらえたことはよかったが、それよりも気になることがありダリウスは驚いて九天を見下ろした。
「後宮の下働きの者達がニーナを手伝ったのか?」
「そうです。罰しますか?」
「いや、まさか。よくその者達が姿を見せたなと思っただけだ」
「私も同じ意見です。ニーナ様なら大丈夫だという安心感があったんでしょう」
後宮は男子禁制だが、国王の従者や後宮で働く下働きなら入ることができる。
前者は王の護衛として外せない人員であり、後者は男性として数えられていないからだ。
王宮で働く身分の低い者達は基本的に貴人の前に姿を見せることはない。
下働きの仕事は陰に徹するべきであり、表に出ると罰せられるという意識を彼らは持っているのだ。
(ニーナが身分の低い者を罰したりするようには見えなかったのだろうな)
下働き達の気持ちが理解できて無意識に微笑んでしまったダリウスだが、九天は難しい顔で腕を組む。
「ニーナ様が身分に頓着しないのは生まれからして納得なんですが、どうにも掴めない方ですよね。独自のルールと信念をお持ちのようだ。誤解を怖れず言えば、僕はニーナ様を空気の読めない考えなしで能天気なただのお気楽馬鹿かと思ってたんですが」
「もっと誤解を怖れてくれ。私はニーナを馬鹿だなどと思わなかったぞ? 多少変わってはいるが素直で無邪気で純粋なだけだろう」
「惚れた欲目……いえ、何もないです。まあとにかく、ニーナ様が掴めないぶん葵様に会っておいて損はないと思いますよ。将を射んと欲すればなんたら~と言いますし」
「馬に例えるのは失礼だからやめておけ」
たしなめたが、九天は気にした様子もなく手にしていた分厚い冊子を開く。
「花嫁候補名簿によれば、葵様は瑞国で王を守護する大将のご息女です。かなり厳しく教育された生粋の姫君で、昨夜ニーナ様を助けたことから分かるように常識のある心優しい良家の子女ですね」
「大将ほどの要職なら私の容姿ぐらい聞き及んでいただろうに。なぜそれほど素晴らしい娘を私の花嫁候補に送り込んできたのだ?」
「容姿なんかどうでもよかったんじゃないですか? ラージャムの王妃なら可愛い娘に相応しいと思ったかもしれない。──ただ、葵様がちゃんとこの後宮に来たことの方が不思議なんですよね。候補者の中には瑞王の姪の姫君、薫子様がいらっしゃるのに」
王家に連なる薫子が花嫁候補に立候補したことで、瑞から来る予定だった娘達はことごとく身を引いた。
すでにラージャムに到着していた数人も帰国を選んだほどだ。
それほど王家の権威が強い国なのに、大将の娘である葵がしぶとく居残っている。
「すでに嫌がらせを受けているようですよ。あのお美しさですから、薫子様に限らず他の方々からも」
「……だろうな」
「まあ、なんにせよ陛下が気にすることじゃありませんけどね。国力からしてラージャムが瑞の顔色をうかがう必要もないですし、葵様を選びたければ選んでください」
「いや。選ぶつもりはない」
「でしょうね!」
文句をつけられることはなくとも、国家間に余計な揉め事を作るべきでない。
葵がラージャムに残り続ける理由も不明だ……と表情を引き締めるダリウスに、九天はハッハッハと爆笑しながら手を打つ。
「あなたと葵様じゃどう考えても話が弾みそうにありませんもんね~! 三分後には即沈黙、空気重ッてね! 今日も会話に困ったら僕が間に入りますからご心配なく!」
「………………………………」
…………たまに縁を切りたくなる困った側近だが、役に立つことは否めなかった。




