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「たっだいまー、葵ちゃん!」


 ニーナが最初に案内された北の暗い部屋から、明るい南側の部屋へ。

 ほとんどの花嫁候補が去ってガラガラになった後宮では、残った者達一人一人が美しく(当後宮比で)整備された大きな部屋へ自主的に引っ越していた。


 大きく右手を上げながら部屋に入れば、朝から片づけに追われていた葵が衝立ついたての陰からひょっこりと顔を出す。


「ニーナ、あなたまたいらしたの? あなたの部屋はお隣なんですから早くお戻りになって」

「葵ちゃんのいるところが私の部屋だよ?」

「部屋は全て一人部屋です! 隣部屋になることだけは承知したのですから、おとなしくお戻りなさい」

「だって一人は寂しいよ~」

「わたくしは一人がいいの!」

「シェアハウスって価値観が合わないと難しいよね」

「シェアではありませんわ!」


 ムキーッと怒る葵をなだめ、ニーナは瑞国ずいこくで使われているという円座に腰を下ろした。


「やっぱり葵ちゃんが教えてくれたとおり、あの人王様だったよ。すっごく優しくておもしろくて大人ないい人だった」


 感じたことをそのままに述べると、まだ説教をしようとしていた葵が言葉を止める。

 途惑ったように沈黙し、おずおずと黒い目を瞬いた。


「………………。そう、ですの……?」


 ちゃっかり居座るニーナを叱ることも忘れたようで、不安そうに胸元で小さな手を組み合わせる。


「陛下とどのようなお話をなさったの? その、後宮の女達については何とおっしゃっていらして? 残ったわたくしたちを蔑んだりは……?」

「まさか。昨日の夜だって自分のせいで女の人達が集められてる、って言ってたし。お仕事の斡旋だって当然のことだって言ってたよ?」


 なんて素晴らしい国王なのだろう。

 ぺたりと向かいに座り込んだ葵の手を取り、ニーナはにっこりと微笑んだ。


「なんで壁を蹴ったのか聞くの忘れちゃったけど、絶対に何か理由があるんだよ。葵ちゃんは怖いって言ってたけど全然そんな人じゃなかったもん」

「………………」

「だから今夜は葵ちゃんの部屋に来て下さいってお願いしてきたよ! 王様も分かったって言ってくれて──」

「なんですって!?」


 部屋中に反響するような絶叫と共に握っていた手を振り払われ、ニーナはびくっとしてしまった。

 葵はニーナから逃げるように距離をおき、蒼白になって震えだす。


「わ、わたくしの部屋にあの陛下がおいでになるですって……!? それも夜に……!?」


 声までか細く震え、ニーナはなだめるように優しくうなずいた。


「大丈夫だよ、お話しするだけでいいから。王様が優しい人だって葵ちゃんにも知ってもらいたいんだ」

「嫌よッ! ──あっ! い、いえ、嬉しく思いますけど突然すぎて……! それに、あなたはなぜ敵であるわたくしにそんなことをなさいますの?」

「敵? 葵ちゃんは敵じゃないよ。私は葵ちゃんがお妃様になったら一番いいなと思ったから」


 だからこの上ない味方であるつもりなのだが、葵は心底理解不能という顔で怯えながらさらに後ずさる。


「なぜ? あなたはなぜそんなことを……!」

「えー、だって私この繚乱後宮りょうらんこうきゅうで働きたいもん。葵ちゃんがお妃様になれば私は侍女として雇ってもらえるかなって思って」

「冗談ではありませんわ、あなたみたいな方は絶対に雇いません!」

「そんなこと言わないで、私頑張るよ~」

「ぜ、絶対にわたくしがあなたに仕える方が楽ですわ……。いえ、そんなことよりお願いします、陛下とお話しできるのでしたら今すぐに今夜のお召しを取り消して! わたくし、陛下のお相手なんて恐ろしくてまだ……!」


 何が恐ろしいのかさっぱり分からない。

 怖くないことを分かってもらいたいから会わせたいのに、どうやらそれも難しそうだ。


(うーん、もう一日おいてみるかな)


 選考期間はたった三日なので時間がないが仕方ない。

 青ざめて震える葵の怖がりようは可哀想なほどで、残念だったが意思を尊重することにした。


「分かった。じゃあもう一回王様のとこに行ってくるよ。……そうだ、葵ちゃんこれが何か分かる? 回廊で拾ったんだけど手紙っぽくて」


 立ち上がりつつ胡桃を包んでいた例の紙を渡せば、葵は怪訝な顔をする。


「回廊で拾った? この紙を?」

「そう、いきなり頭にぶつかってきたんだ。たぶん絵じゃなくて文字だと思うんだけど」

 紙の手触りを確かめていた葵は、おもむろにしわだらけのそれを開いた。


 そして、すぐさま大きく息を呑む。


 その顔が徐々に怒りに変わり、紙面を見つめたまま微動だにしない。


「葵ちゃん? 書いてあること読めるの?」

「! い、いいえ。読めませんわ」

「じゃあ瑞の文字じゃないんだね。そうだ、他の人達にも見せに行ってみようっと」


「おやめなさいッ!!」


 心臓が縮み上がるほどの声で叫ばれ、ニーナはぎくりと動きを止めてしまった。


 葵が叫ぶことは珍しくない。だがここまで激しい怒声は初めてだ。

 葵の表情は完全に怒りに変わり、忌々しげに紙を折り畳む。


「ニーナ、あなたこれを回廊で拾ったとおっしゃいましたわよね? 後宮ではありませんのね?」

「う、うん。後宮の外だよ。本宮と繋がった回廊」

「──。これは、わたくしが頂いてもよろしくて? この文字がとても気に入りましたの」


 ……どう見ても気に入っている顔ではない。


 それぐらいのことはニーナにも分かったが、葵の様子からしてさわらぬ神になんとやらだ。


「いいよ、葵ちゃんにあげる。じゃあ私は王様のところに行って──」

「お待ちなさい、ニーナ」


 遮り、葵は立ち上がったニーナを傲然と見上げる。


「先ほどの言葉を取り消しますわ。あなたが陛下をわたくしの部屋へ呼んでくださったことに感謝いたします。陛下をお迎えする準備をしますから、今日はもうお帰りになって」

 直前までの及び腰とは打って変わって、決意に満ちた表情だ。


 これは理由を尋ねたり口答えをしてはいけない……──。


 空気の読めないニーナだが、長年労務に服していただけあって本気の怒りには敏感だ。

 とばっちりを受けないように、と無難な笑顔で手を振った。


「分かった。じゃあまた後でね、葵ちゃん」



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