マイナス三日 予兆 1
世界観はごちゃまぜです。
各国イメージ(あくまで参考です。混ざらなくても混ぜてる)
ラージャム → インド+中東
竜安 → おもに中華
瑞 → 平安時代の日本
ザザ → 東南アジア+西洋
その日は朝から何かが起こる予感がしていた。
なんだかよく分からない夢を見て、目が覚めたら忘れてしまってモヤモヤしたし、起き抜けに階段でけつまずいてる。
窓を開ければ大きな白い鳥を見て、いい予感なのか悪い予感なのかさっぱり分からない。
だけどまあ、何か変わったことが起こるんだろうとは思っていた。
「おめでとう、ニーナ。お前ももう十六歳だろ? 早々にお前を指名するお客様がいらっしゃったんだよ」
だから満面の笑みの女将にこう言われても、ニーナは特に動揺しなかった。
大陸の南半分に位置する大国、ラージャム王国。
都から少し離れた、大きくも小さくもない町の娼館〝月下亭〟にニーナが入ってかれこれ一年になる。
五歳で口減らしのために見世物小屋に売られ、十四歳でこの娼館に買われたが、十六歳にならないとお客は取れないし、一緒に入った少女達と違って手荒れを防ぐために下仕事だって免除されている。
することといえば綺麗に着飾って店先に座り、客を引き寄せることだけだ。
非常に優雅なご身分だが、それでも姐さんや同僚達にいじめられることもなく、どちらかというと可愛がられていた。
そんな平和な日常がもうおしまいか、と感傷に浸る以前に気になることがあってニーナは首を傾げる。
「それはいいですけど女将さん、私十六じゃなくてまだ十五ですよ? ラージャムじゃ十五歳でお客を取るのは禁じられてますし、処罰対象になりますけど」
非合法の娼館ならアリだが、月下亭は一応お上に許可をもらって営業している店だ。ばれれば買う方も売る方もただでは済まない。
だが推定年齢七十歳、白粉や赤い紅を塗りたくり、化粧と言うより仮装状態の女将は虫でも払うように片手を振る。
「なぁに、一歳ぐらいかまいやしないよ。お客様も納得の上で口外しないと誓ってくださったからね。ほら、お客様は店が開く時間まで待てないと仰せだからさっさと着替えてきな。今すぐお前を連れてくれば十倍の金を払ってくれるんだとさ」
「十倍? それはすごい!」
「すごいだろう、すごいだろう! お前は馬鹿だから絶対そう言うと思ったよ!」
「あ、はい言います。私を買うために女将さんは超大枚をはたいて、『そんじょそこらの男には売らない』って豪語してましたけど、それを覆しても利益のあるようなお大尽様が現れたってことなんですね? 分かりました。どうせ買われるならそういう男の人の方がいいと思いますのでがんばります」
「……………………お前が呑みこみの速い娘で助かるよ」
「順応力の高さだけが私の取柄なので」
この世には、泣いて喚いてごねてもどうにもならないことがある。
長らく見世物小屋で〝人形〟として扱われてきたニーナだ。
自分の特徴や役割は十二分に理解しているし、月下亭がニーナを欲しがった一番の理由も、客の相手ではなく看板だということを分かっていた。
買う男にはとんでもない高額を要求するつもりだっただろうし、そもそもニーナが十代の内は売るつもりもなかったに違いない。
それでも女将はニーナを売ろうとしている。ならばこれは逃げられることではないのだ。
「まあいい、分かったらさっさと着替えてきな。いいかい? お前はもともと美しいけど、一番綺麗に見えるように着飾るんだ。それと、お客様の前に出たらなるべく黙ってにっこりしておくんだよ? お前は口を開いたら台無しの娘だからね!」
「はーい」
「相変わらず軽い返事をする子だね! さっさとお行き!」
もう一度「はーい」と言いかけ、さすがに尻を叩かれそうなのでニーナはぺこりと頭を下げて退室した。
(予感はこれのことだったのかな?)
もっともっと予想外のことが起こるのではないかと期待していたが、現実とはこんなものなのかもしれない。予定より早く仕事をすることになったが、どうせ一年後でも五年後でも同じことだ。
どこか拍子抜けした気持ちを抱えながら、支度のために衣裳部屋へと入っていった。