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于吉仙歌  作者: 厠 達三
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6話

 倉亭の戦いで敗北した卜己軍の残党は各地の黄巾党と連絡を取り、合流しつつ黄河沿いに東進、青州は大興山に集結。ここには二人の将が率いる黄巾軍が一大勢力を張り、鉅鹿に向けて進軍する張角の元を目指さんとしていた。この軍に合流した周平達はその巨大さに圧倒された。卜己軍の三倍はあると思われ、士気も旺盛。それはこの軍団を率いる将の力量によるところが大きかった。

 一人は鉄槌を持ち、巨大な体躯が獣を連想させる、

 鄧茂。

 いま一人が大斧を装備し、長身で髑髏のような風貌の、

 程遠志。

 といった。この二将軍は今までの戦で挙げた官軍の首級数百という剛の者で、この二人が馬上で兵を鼓舞すればその武威は全軍に伝播し、地も震えんばかりだった。その迫力に呑まれた周平ら少年兵は、この二将軍なら官軍は勿論、あの赤い軍団も屠るのではと思えた。

 大興山に布陣した黄巾軍を討伐すべく現れたのは白馬の軍団を率いる、

 公孫?。

 幽州の太守であり、北方の雄として名を馳せている男である。確かに公孫瓉の騎馬軍団は規模も大きく、皇甫嵩軍の倍はある。しかもそれが白の装束で統一され、見た目にも美しく神々しい。が、黄巾軍の前に布陣する様子を見ると、あまり統率が取れているようには見えず、あの赤い曹軍とは比べるべくもない。勝てる。周平は勝利を予感した。

 両軍が対峙するのは大興山の麓、左右を岸壁に挟まれた広大な岩場である。ここに鄧茂、程遠志連合黄巾軍三万。対する公孫瓉白馬義従軍二万。双方が布陣し、睨み合いとなった。

 まずは小手調べとばかりに押し出した黄巾軍の歩兵を公孫の白馬部隊が迎撃。横一陣で迫る騎馬隊は迫力も破壊力も充分。たちまち黄巾軍の歩兵部隊は蹴散らされ、公孫瓉軍でやんやの喝采が上がる一方で、周平達が苦虫を噛み潰す。すると、突然黄巾軍から騎兵が二騎、白馬部隊に向けて飛び出した。鄧茂、程遠志の二将だ。二将は白馬部隊に突入すると瞬く間に騎兵の首を次々と撥ね、第一陣を壊滅させた。堪らず出てきた第二陣も二将は難なく血祭りにあげた。白い騎馬軍団が鮮血に染まり、その上を二将が我が物顔で練り歩く。その様子に今度は黄巾軍が沸く。公孫?は更に手練と思しい白馬の精兵を繰り出すが、二将はこれも討ち取った。乗り手を失った馬が黄巾軍に飛び込み、それを黄巾の兵が捕らえ、騎乗して歓声が上がる。

 完全に沈黙した公孫瓉軍に二将が天にも響かんばかりの大音声を上げた。

「官軍は腰抜け揃いか」

「戦う気がなくば去れ」

 この二人の挑発にも公孫サンは沈黙したまま。黄巾軍の勢いは更に増す。周平はほぼ、勝利を確信した。最早中央に大きく開いた空間は鄧茂と程遠志が支配。この二将が突撃の命令を出すのを、黄巾軍は今か今かと待ち構えている。が、公孫?軍の中から明らかに異質な、黒い大男が二騎、ずいと前に出た。鄧茂、程遠志はこれを見て、獲物を見つけた獣よろしく、馬を飛ばして打ち掛かると、黒い騎兵も迎え撃つべく馬を飛ばした。四騎の影が砂塵を上げて交錯した刹那、いきなり鄧茂が胸板を貫かれ、地面に落ちた。そして程遠志は首から上がなく、暫く馬上にあった体も、地面に落ちた。この光景に黄巾軍、公孫サン軍も鎮まり返ったが、ほぼ同時に、両軍から絶叫が上がった。かたや勝利の雄叫び。かたや絶望の悲鳴である。だが、その絶叫を更に上回る名乗りが轟き、その騒ぎも止んだ。

「劉備三兄弟が末弟、張飛益徳。敵将鄧茂、討ち取ったあ」

 そう叫ぶのは蛇矛を持った、巨大な眼に虎鬚の大男。続いて、

「劉備三兄弟が次兄、関羽雲長。敵将程遠志、討ち取ったりい」

 青龍刀を持った大男が勝ち名乗りを上げた。胸まで垂れ下がった美髯を蓄えている。

 この二人の勝ち名乗りで黄巾軍は完全に戦意喪失。勝敗はほぼ、決した。すると関羽、張飛の背後から、

「劉」

 の、旗を掲げた餓狼のような一団が飛び出し、黄巾軍に殺到。これには凶暴を以ってなる黄巾軍も恐れをなし、恐慌状態となった。干禁、周平達は混乱した味方を乗り越え、前線に飛び出す。彼ら少年兵は命の危機を感じると反射的に死地に飛び込む、哀しい習性を植え付けられていた。たちまち周平は二、三人を討ち取ったが、

(強い)

 と、思った。すると辺りから筑、沈伸、朗郎らの悲鳴が聞こえた。見た目も異様な、劉軍の歩兵に襲われている。周平はこれも討ち取り、部下を窮地から救ったが、彼らは恐れをなして最早戦闘どころではない。強者揃いの干禁隊も悉く討ち取られている。その容赦ない攻撃は獣を思い起こさせた。無手勝流の戦いなら黄巾軍に分があると思っていた。だが、この劉軍はそれ以上だ。黄巾軍の兵士は張角のために死ねば、その魂は永遠楽土に導かれるなどの教育を受けている。周平などは信じていないが、まともに信じた者は命を顧みず闘うことができるようになる。この劉軍の兵士もそれに似ている。戦い方はでたらめだ。訓練を積んできた周平の敵ではない。だが、打たれ強いのだ。腕を切り飛ばそうが、足を叩き折ろうが、息の根を止めない限り躊躇せず襲ってくる。彼らを率いる劉軍の総大将も命を懸けて信じるに足る、なにかを持っているというのか。

「周平。バラバラに戦っては駄目だ。合力するんだ」

 干禁の呼び掛けに周平も応と、仲間を集め、一ヶ所に固まった。これで暫くは敵の攻勢をしのいでいたが、周りの黄巾兵は総崩れだった。周平達ももう、何人の敵を倒したか分からなくなった頃には完全に息が上がっていた。すると、ここで駄目を押すように関羽、張飛の二騎も戦いに参加。しかも公孫瓉軍のおまけ付きだ。自暴自棄になった黄巾の兵士達が無謀にも二騎に飛び掛っていったが、悉く首を撥ねられ、敵軍は益々勢いづく。筑達は退却を提案し始めた。干禁もこの提案に乗り、周平も了承。合理的思考が働いたというより、関羽、張飛に恐れをなしたのだ。黄巾軍を蹂躙する二騎はもう、すぐ傍まで来ている。その場にいた全員が踵を返そうとすると、突如干毒の声が聞こえた。

「背中を見せるな。後ろを向くな。このまま横に抜けるのだ」

 再び干毒が、騎馬の一隊を率いて彼らの前に現れた。周平達は無我夢中で干毒の元を目指した。

干毒が切り拓いた隙間に飛び込むと、干毒は彼らに自分に着いてくるよう命じると、再び駆け出した。敵と味方の間にできた、僅かな隙間を縫って彼らは縦横に戦場を横切る。すると横方向に黄巾の兵を次々と撫で斬りにする張飛の姿が見えた。返り血を全身に浴び、楽しむように殺戮を行う姿はまさに地獄の鬼。周平は一瞬で凍りついた。その張飛の喝と見開かれた眼が、ぎょろりと周平を捉えたのだ。本能的に目を逸らしたが、もう遅かった。張飛が異様な笑い声を上げ、馬首を向けた。すると、干毒の声がした。

「余所見をするな。儂の背中だけ見てついて来い」

 言われるまま、彼らは干毒を夢中で追う。だが、張飛がすぐ傍まで来ているのが分かる。周平が思わず後ろを振り向くと、敵も味方も吹き飛ばし、肉迫する張飛の姿がそこにあった。再び目を逸らし、干毒に目を遣ると眼前には岩壁が迫っていた。行き止まりだ。もう駄目だ。ここで全員、あの張飛の蛇矛の餌食になるんだ。周平がそう観念したそのとき、干毒の体がふわり、と、宙に浮いた。そしてそのまま岩壁の窪んだところに引っ掛かり、崖をよじ登り始めると後に続く騎馬兵もそれに倣った。徒歩で追いついた周平も岩壁に辿り着き、剣を投げ捨て気合を発して跳躍。片手が崖に引っ掛かると、無我夢中でよじ登り、後に続く者を引き揚げる。最後の一人を引き揚げると、周平も大急ぎでよじ登った。先頭を行く干毒はもう崖の中腹まで登っていた。周平がちらと崖下に目を遣るとそこには乱戦の中、張飛が馬上で呆気にとられている姿があった。が、張飛は蛇矛を担ぎ、ふんと鼻を鳴らして再び乱戦の中に消えていった。周平は心の底から安堵した。

 全員が岩壁の頂上まで辿り着くと、眼下には黄巾軍が一方的に殺される殺戮劇が繰り広げられていた。その中には戦いをやめ、その様子を眺める関羽、張飛の姿も見えた。もし、干毒が駆けつけてくれなければ自分達もあの中に呑み込まれていただろう。

「ここはもう駄目だな。恐らく、鉅鹿への道も閉ざされているだろう。なに、心配するな。お前達は、儂がなんとしてでも守る」

 干毒はそう言って歩き出し、後の者もそれに続いた。だが、周平にはよく分からなかった。干毒はなぜ、戦の趨勢が決まってから、自分達の危急にしか動かないのかと。もし干毒が最初から戦の指揮を執っていれば、また違った展開があったのではないかと。それが周平には悔しかった。眼下の戦いは終息しつつあった。

 関羽 雲長。

 張飛 益徳。

 今はまだ戦うことも適わないが、いつか、必ず。周平は捲土重来を誓い、この二人の強者の名を心に刻んだ。時に光和七年、七月のことだった。

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