2話
「周平。あと、残っているのは干禁隊だけのようだ。なんとか、五分に持ち込めたな」
敵部隊を決死の反撃で連破し、周平隊の作戦参謀を気取る筑が戦況を分析する。だが周平の狙いはあくまで干禁である。
「やっぱり、あいつだけは一筋縄じゃいかないな。どうせ作戦なんか立てたって、通じる訳ないんだ。正々堂々、真正面から攻め込もう」
「待て待てえ。お前、そう言うて前にも干禁に煮え湯を呑まされたやんけ。今回は筑に作戦立てて貰うて、それに乗っかろうやないか」
同じく周平隊の一員である沈伸がツッコミを入れる。が、周平は頑固であった。
「いや、筑の卑怯な作戦で勝っても嬉しくない。お前達は砦を守る雑魚を引き付けてくれ。干禁との一騎打ちに持ち込めれば、必ず勝ってやる」
この言い草に沈伸の相方、朗郎も食って掛かる。
「卑怯とか嬉しいとか、そういう問題ちゃうやろ。俺らの十連敗がかかっとんのやぞ。なに考えてんねん。自分」
正攻法しか頭にない周平の部下は皆、合理的思考の持ち主だ。こんな部隊が上手く噛み合う訳がない。それでも、少年部隊でそこそこ良い成績を挙げているのには本人達も不思議だった。いつものように彼らが内輪揉めを始めると周平が敵の気配を察した。
「全員散開! 敵の攻撃だ」
周平が叫ぶとほぼ同時に、茂みの中から剣を構えた敵兵が四人飛び出し、不意を突かれた筑はたちまち討ち取られた。
「ぐわあ。やーらーれーたー」
筑はその場で絶命。沈伸、朗郎が慌てて得物の槍をしごいて防戦するが、敵の方が上手だった。なす術なく二人も討ち取られかけたそのとき、周平が剣を振るって乱入。たちまち敵兵二人を討ち取る。安心したのも束の間。すぐに二の矢、三の矢が襲い掛かる。が、これも周平が討ち取りなんとかしのいだものの、沈伸、朗郎は戦意喪失していた。
「アカン。囲まれとる。干禁隊は殆ど無傷なんや」
「もう駄目やあ。俺ら、ここで全滅やあ」
弱音を吐く二人に周平が発破をかける。
「なに諦めてんだ。干禁が攻めてきたってことは、砦は手薄ってことだろ。ここは俺に任せて、お前らは砦を落とすんだ。行け」
その迫力に呑まれ、二人はその場を後にした。すると今度は茂みから矢が飛んできた。二人を狙っていたが、周平は矢弾の前に立ち塞がり、剣でこれを叩き落す。弓兵の攻撃に一拍の間が空くと、すかさず周平は茂みに飛び込み弓兵を全て討ち取った。が、その周囲は槍兵に包囲されていた。袋の鼠とばかりに襲い掛かってくる敵の突きを寸前で躱し、間合いを詰めて一人ずつ、周平はこれも全員討ち取った。
「干禁がいない」
これで干禁隊もほぼ全滅のはずだ。残すは干禁ただ一人。周平は砦へ向かった沈伸、朗郎の後を追う。するとそこには案の定、砦を一人、防衛していた干禁と、その槍の餌食となった二人の亡骸があった。
「俺の策を力技で破るとは、呆れた奴だなあ。それにしてもお前、要領悪過ぎだよ」
槍を担いだ干禁が周平を見るなり、そう窘めた。
「うるさい。あんな猪口才な作戦でやられる俺だと思っているのか。これで一対一だ。今回こそ勝ってやる」
周平が干禁に打ち掛かる。干禁もそれに応じる。なんとか懐に入ればこっちのものと、周平は干禁との間合いを詰めようと試みるが、干禁の突きは速く、正確。躱すのが精一杯で茂みにいた槍兵とは役者が違う。そんなことは先刻承知だ、と、周平が決死の覚悟で踏み込んだものの、その一撃も干禁は柄を返して撥ね上げた。間髪入れず飛んできた反撃を周平は地面を転がりなんとか躱す。が、再び間合いを空けられてしまった。やはり武芸でも干禁が一枚上手か。だが、相打ち覚悟ならばと周平は体勢を立て直すと、構えた槍に一分の隙もない干禁と刺し違えるべく、どん、と、地面を蹴った。後に体得する縮地の片鱗である。周平が間合いを一気に詰める。と、不意に周平の視界に何かが飛び込んできた。伏兵の弓矢。咄嗟に判断し、間一髪矢弾を躱したものの、その隙に干禁が周平の胸板をひと突き。勝負がついた。
「おい。弓兵は茂みにいたのが全部じゃなかったのか。汚いぞ」
「勝手に決めるなよ。お前と戦うんだ。これぐらいの保険はかけておかないとな」
彼らが手にしていた武器は模擬刀で、先端部分に厚く布が巻かれており、打ち込まれても極力怪我を負わない配慮がされていた。訓練用の武器であり、致命的な打撃を受けるとその場で死んだフリをするのがルールだ。この模擬戦で周平は干禁に勝てたためしがない。
戦いが終わり皆が少年部隊を統括する道士の元へ向かう。道士の名は牛且という、威張り散らすしか能のない小物だった。不名誉な連敗記録を更新した周平隊はいつもどおり、負け方に課せられた基礎訓練を消化せねばならない。その間、部下達の不平、不満に晒されるのもいつものことだ。だが周平はどこ吹く風で、博識な後輩、朔から古の英雄伝を聞くのが楽しみであり、それができるのもこの居残り訓練の間だけだった。朔は体が弱く少年部隊の落ちこぼれではあったが、歴史に詳しく、彼の話は周平の心を掴んで離さなかった。
一介の農民でありながら秦帝国に反旗を翻し、王にまでなった陳勝、呉広。その乱に乗り、秦を打倒し楚漢戦争を戦った項羽。皇帝にまで上り詰めた劉邦。そしてその戦いで名を馳せた英雄達。皆、世の中の底辺からのし上がり、歴史に名を遺している。周平は彼らと自分を重ね、軍団を率いて戦場を駆ける姿を夢想した。折りしも今、漢帝国は斜陽である。中央では幼年皇帝の即位が相次ぎ、その後見を巡って権力闘争が続いている。かたや地方では中央の目が届かぬのをよいことに、役人が勝手に重税を課し、蓄財に励み、その金で官職を買うといった格差拡大が起こっていた。
各地には流民、浮浪者が溢れ、飢えと重税。餓死する者、盗賊になる者が後を絶たない。こんな世の中ならいつ大規模な反乱が起こってもおかしくない。太平道教団が少年達に軍事訓練を課しているのも、その尖兵とするためではないのか。そう考えると周平は高揚した。伝説の英雄にはなれずとも、乱が起きれば自分は平民以外の何者かになれるのではないか。その戦いのさ中、志半ばで斃れたとしても、喜んでその礎になろうと思った。
さらに太平道教団では予言じみたスローガンがしきりに叫ばれていた。それは、
「蒼天既に死す。黄天当に立つべし。歳甲子にあれば天下大吉」
というものである。意味はよく分からないが、黄天とは太平道のことと思われる。太平道は黄色をシンボルカラーとしているからだ。そして蒼天とは、漢王朝を指すのではあるまいか。だとすれば太平道は漢王朝に代わり、天下を統べるべく起てという意味に取れる。もっとも、太平道の中で流布した言葉なので自分達に都合の良い解釈ができるのは当然とも言える。
だが彼ら太平道に入信した少年達は、それを奇妙な符号と捉えたがる。天が自分達を次世代の担い手として選んだのだと信じたがるのだ。そしてそれはやがて、現実に巨大な奔流を起こす原動力になっていった。
周囲の慌ただしい気配に周平は、はっと目を覚ました。皆、朝の支度を始め、今日一日の重労働に備えている。周平も急いで起き出し、皆と粗末な朝餉をかき込み、広場に集合すればいつもと同じように宿舎の前に全員が整列し、監督官のあくびが出そうな訓辞が始まる。今日一日の仕事の段取り、心構えなど、聞いても聞かなくても同じようなものだ。そんなに分かっているならお前がやれよと心の中で毒づきつつ、皆、これから始まる長い一日にもう嫌気が差していた。だが周平はそういう訳にはいかない。自分達の豊かな土地を手に入れる。そう心に決め、約束したのだから。
訓示も終わり、それぞれが自分達の持ち場に向かう。概ね作業の済んだ箇所はそれなりに見られるようにはなっているが、まだ手付かずの場所の方がずっと多い。これらを全て耕すにはあと五年あまりでできると言われたが、百年経ってもできないのではと思えた。しかし行動しなければ始まらない。途方に暮れそうになりながらも、足下に視線を落し、固い大地を起こし始める。作業は過酷で終わりが見えない。作業に打ち込む内、周平の脳裏にあの軍馬の蹄の音が甦ってきた。運命の甲子の歳、光和七年正月、あの予言が現実になったことを告げる、乱世の音が。あの日以降、全てが変わった。ただでさえ生きるのが困難だった世の中が、生き延びることさえ困難な世の中になった。太平道は信仰ではなくなり、それを信じる者は人でさえなくなった。
その日、周平達が所属する少年部隊はいつもと様子が違い、訓練が行われるでもなく、上の人間達が忙しなく動いて物々しい雰囲気が漂っている。その理由を皆が察してはいたが、敢えて口にする者はなかった。待ちに待っていたときというものは、誰かに告げられて確信したいものだから。すると案の定、勇ましい甲冑姿の騎馬武者の一団が到着し、少年部隊は他の信者や、教団の指導者達と共にそれを出迎えた。騎馬武者は皆、頭に黄色い布を巻き、太平道の者であることは一目瞭然である。彼らは高らかに叫んだ。
「時は来た。黄巾の子らよ。我らが首領、大賢良師、張角様は自ら天公将軍と称され、広宗の地にて漢王朝を打倒すべく挙兵された。弟君、張宝様は地公将軍。張梁様は人公将軍となられ、
また、各地の方も信徒達を率い、続々とこれに呼応しておる。蒼天は既に死した。今こそ黄天が
起たねばならぬ。我々も続くのだ。皆、武器を取れ。決起せよ。歳甲子にあれば、天下大吉」
騎馬武者はそう言って皆を奮い立たせ、これを聞いた信者もまた、ある者は歓喜し、ある者は涙を流し、拳を振り上げ、大声を上げ、この呼び掛けに応えた。周平、干禁もついにこのときが来たと、喜びを爆発させた。最早何者にもこの流れを止めることはできない。皆に黄色の布が配られ、思い思いにそれを身に付けた。干禁は鉢巻にして、周平は奇をてらって腕に巻いた。泥棒の頬かむりのようにしておどける者、黄色の衣服で全身黄色にする者など、この武装蜂起に参加するには兎に角、太平道の信者であること、それを示す黄色を身に付けていればそれでよかった。こうして彼らは太平道の信者である、なしに関わらず、こう呼ばれるようになった。
黄巾党。
と。
周平達はその地で挙兵することになり、干毒の指揮下に入った。だが、当の干毒はいつもと変わらず、ただ淡々と、与えられた仕事でもこなすかのように粛々と皆を纏め上げ、挙兵の軍を進発させた。そして十日も経たぬ内にやはり別の地で挙兵した軍団と合流。三千もの軍となり、それを率いる将は、
卜己。
という男である。卜己は手始めに手近な城邑を攻めることにした。彼らにとっては初めての実戦である。だが、この日に備えて訓練を受けてきた者にはそれを現実に試す機会でもあった。今まで民を虐げていた地方の役人共がどれほどのものか、それを白日の元に晒せるときがきたのだ。
戦いの太鼓がなり、皆が一斉に城邑に攻撃を仕掛ける。最初の内こそ抵抗を見せたものの、暫く攻めればすぐに城門は開かれた。内部で呼応した者がいたのだ。が、戦いに夢中な者はそこまで考えは至らない。自分達に恐れをなしたと、一気呵成に攻め立て、城内に雪崩れ込んだ。そこには既に呼応した黄巾党もいた。城内の民は彼らを喜んで出迎えた。城の官府に向かうと武装した県令の私兵団が必死の抵抗を見せたが多勢に無勢。干禁、周平ら少年部隊も見事な連携で敵兵を打ち倒した。部隊を指揮する牛且は進め進めと絶叫するばかりでなんの役にも立たなかったが。
やがて官府も落ち、県令も黄巾党の前に引き摺り出され、戦いは黄巾党の圧勝に終わった。生け捕りにされた県令、その配下、その一族郎党は黄巾党の前に引き出され、裁判が行われた。罪状は民を虐げ私腹を肥やした罪。判決は勿論、全員死刑であった。なんの力もない女、子供、老人までがその対象となり、阿鼻叫喚の地獄絵図が目の前に繰り広げられた。その光景に目を背ける者も多くいた。が、干禁と周平はその光景にじっと目を凝らしていた。そしてやがて口の端が上がり、いつの間にか笑みを浮かべていた。自分達は世の中を変えられる。時代の節目に生を受けた。天が自分達を選んだのだ。目の前で死んでいった者達は紙一重で自分達に取って代わられた。酸鼻を極めるその光景は生き延びた者に生を再認識させる演出として絶大な効果をもたらした。少年達はその体内に毒を注入され、拒絶反応を起こす者もまた多かったが、干禁、周平のように精神のどこかが麻痺し、中毒を起こし、黄巾党の忠実な下僕にされていったのだ。だが、本人達にそんな自覚はなく、自らが覚醒したような高揚感を覚えたことだろう。
戦いの勝利に歓喜の声が上がり、黄巾党だけでなく、戦いに参加した城の民や遊侠の徒、悪少年達も一緒になって勝鬨を上げた。周平達も喜びを爆発させた。まさに天と地が引っ繰り返ったような大勝利だった。