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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
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番外編第四十一章 根本的にずっとそばにいてくれた

娘はもうどこにもいない。

彼女が大切な娘の笑顔を見ることは、もう二度となかっただろう。

兄妹が仲良く歩いている姿を見ることは、もう二度と叶わない願いだった。

だが、彼女は、その現実に耐えられなかった。

だからこそ、彼はーー玄の父親は、その事実をなかったことにした。

その結果、妹を守れなかったことに対して自責の念を抱き続けていた息子は前を向き、虚ろな表情を浮かべていた彼女は以前のように笑うようになった。

玄が、大輝とともに第三回公式トーナメント大会のチーム戦の大会会場に行っている間、玄の母親はリビングで一人、アルバムをめくっていた。

記憶を辿るように、玄の母親は楽しげに思い出をめくり続ける。

幼い玄と麻白を連れて、自然公園に行った時の思い出。

玄と麻白が、大輝くんとともに第一回公式トーナメント大会のチーム戦に出場した時のこと。

第二回公式トーナメント大会のチーム戦で優勝した時に、麻白が優勝祝いにと自身の歌を収録した動画を、玄と大輝くんの携帯に送っていたこともあった。

だけど、麻白が事故にあったと聞かされた時は、胸が張り裂けそうになった。

それでも、魔術によって、麻白が無事に私達のもとに戻ってきてくれた時はすごく嬉しかった。

どれを思い出しても、すべて鮮明に思い出すことができる。

それを証明するかのように、玄の母親は楽しくてたまらないとばかりに、きゅっと目を細めて頬に手を当てた。そして、笑顔を咲き誇らせる。

その幸せでかけがえのない日々は、これからも紡がれていくことになるのだろう。

大切なあなたとーーそして、玄と麻白と一緒に。

これからも、家族と一緒にいたい。

玄の母親は切にそう願った。

だけど、その時だ。

玄の母親はあることに気づく。そして、思い出す。

麻白は魔術によって生き返っているので、ずっと私達のそばにはいられないということに。

つまり、麻白と会えるのは、決められた日の一定の時間帯のみ。

だが、それは既に分かりきっていたことだ。

玄の父親達とも話し合い、既に受け入れ、覚悟していた現実。

だけど、こうして、麻白と会うことで楽しい時間を過ごしていき、期待を膨らませたことで、玄の母親は改めて思い知らされてしまったのだ。

もう、麻白とは一緒には暮らせないのだということを。

魔術の効果が失われたら、また、私達の前から消えてしまうのだということを。

もうーー麻白のそばにいられる時間は限られているのだということを。

「…‥…‥麻白」

その名を呼ぶ玄の母親の声は硬く、どこかほんの少しだけ寂しげだった。






オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦当日ーー。

綾花達は新幹線と列車を乗り継いだ後、ひとまず準備をかねて、近くにある1年C組の担任の実家に一旦、集まることにした。

朝食を終えた後、綾花と昂の母親の準備が終わるまで、拓也は元樹と1年C組の担任と、今回の大会についての会話を交わしていた。

昂は二階で一人、夏休みの間、することが出来なかったゲームを堪能しているらしい。

これからオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会だというのにゲームを堪能するという、相も変わらずの昂のマイペースぶりに、拓也は呆れたようにため息をつく。

その時、不意に元樹の携帯が鳴った。

元樹が携帯を確認すると、先程、返事を返した元樹の兄ーー尚之からのメールの着信があった。


『元樹。今日、開催される第三回公式トーナメント大会のチーム戦を、友人達と一緒に観にいくらしいな。観戦するのはチーム戦だけなのか?』


そのメールの内容に一瞬、尚之が眉をひそめて訝しげにしている姿を思い浮かべてしまい、元樹は思わず苦笑する。

そして、「悪い。今回は、チーム戦だけにする」と返信すると、腕を頭の後ろに組んで部屋の壁にもたれかかり、元樹はゆっくりと部屋を見渡し始めた。

それにしても、『誰にも邪魔はさせない』か。

黒峯玄の父親は、今まで以上に、綾を麻白にしようと躍起になっているのかもしれない。

黒峯玄の父親の目的は、綾を麻白にすることだ。

恐らく、今回の大会では、綾を麻白にするためにあらゆる手段を用いてくるだろう。

昨日の玄の父親の言葉の内容を想起させるような状況に、元樹は苦々しい顔で眉をひそめる。

だが、そこで、元樹はあることに気づく。

つかつかと近寄ってきて、拓也の隣に立つと、ぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で言った。

「拓也。先程から、舞波の声が聞こえないよな」

「…‥…‥ああ。俺も気になっていた」

苦々しい表情で、拓也は元樹とともに天井を見上げる。

先程まで浮かれ気分で、ゲームをしていたはずの昂の声が、いつの間にか聞こえなくなっている。

舞波のことだ。

綾花に上岡を憑依させたり、綾花の分身体を産み出した時のように、また、ろくでもないことを考えているのかもしれない。

悶々と苦悩していると、そんな不安さえ拓也の頭をもたげてくる。

舞波に騒がれたり、絶叫されると、非常に困るのだが、声が聞こえないというのは、さらに嫌な予感しかしない。

「もしかしたら、綾花のところにーー」

「井上、布施、大変なんだ!」

もしかしたら、綾花のところに行っているのかもしれない。

拓也がそう言いながら部屋のドアを開けて、元樹とともに昂のいる二階の部屋に行こうとした矢先、不意に綾花の声が聞こえた。

綾花は白いブラウスに、エアリー感漂う黄緑色のワンピースを着ていた。白いブラウスに控えめにあしらわれた赤みのかかったリボンは、その可憐な容姿によく似合っていた。

これからあかり達も大会だというのに、あえて麻白の姿で、進として振る舞っている綾花に、拓也は不思議そうに首を傾げる。

「どうしたんだ、綾花。上岡として振る舞ったりして?」

「大変なんだ、井上、布施!春斗が九位になっていたんだ!」

「はあ?」

あまりに意味不明な言葉に、拓也は思わず唖然としてしまう。

そんな拓也を見て、綾花は必死に言い直した。

「俺、麻白としての準備を終えた後に、昂から進として一緒にゲームをしてほしいと誘われたんだ。だけど、対戦をする前に、モーションランキングシステムを確認してみたら、春斗がーーあかりの兄さんが、九位になっていたんだよ!」

「綾。それって、モーションランキングシステム内で、雅山の兄が舞波のランキングを越えてしまったって言うことなのか?」

切羽詰まったような綾花の声に、元樹はあくまでも真剣な表情で聞いた。

「ああ」

「なんだ、それは」

拓也は綾花からモーションランキングシステムの話を聞くと、頭を抱えてうめいた。

「舞波のやつ。大会の前に、上岡として振る舞っている綾花と対戦をしようとしていたんだな」

拓也が呆れたようにため息をつく。

そんな二人のやり取りに、元樹は自分の予測を確信へと変える。

「…‥…‥なるほどな。雅山の兄にランキングを越えられてしまったから、舞波は今、呆然自失になっているわけか」

「ああ。俺が何度、声をかけても、反応がなかったから不安なんだ」

「心配するな、綾花。あいつのことだから、今回もすぐにリベンジするとか言って立ち直っているだろう」

綾花が困ったような表情で一息に言い切ると、拓也は顔を歪めてきっぱりとそう答えた。

「…‥…‥ああ、そうだよな。こういう時、昂はいつも無類の力を発揮するしな」

「…‥…‥だから、困るんだ」

日だまりのような笑みを浮かべて思い出したように言う綾花をよそに、拓也は天井に視線を向けながら、苦々しい顔で吐き捨てるように告げる。

元樹はおもむろに携帯のメールの着信を見ると、荷物を持ち、片手を上げて屈託なく笑いながら言った。

「拓也、綾。舞波のおばさんの方も準備が終わったようだし、俺達も大会会場に向かおう」

「分かった」

「ああ、いやーーうん」

元樹が念を押すように告げると、拓也と口振りを戻した綾花は真剣な表情でしっかりと頷いてみせる。

「先生、大会が終わった後のことはお願いします。そして、舞波のこともよろしくお願いします」

「分かった。私の方もまだ、舞波とは話しておきたいことがたくさんあるからな」

元樹の言葉に、傍観していた1年C組の担任が幾分、真剣な表情で頷いた。

しかし、形の上では、互いに言葉を交わしながら、元樹と1年C組の担任は、出発すると告げているのにも関わらず、落ち込んで部屋から出てこない昂に対してそう語りかけていた。

「それじゃあ、拓也、綾、行こう!」

「ああ」

「うん」

元樹が念を押すように告げると、拓也と綾花は真剣な表情でしっかりと頷いてみせる。

「あっーー!!綾花ちゃん、待ってほしいのだ!!我も一緒に行くと告げておるではないか!!」

その言葉に露骨に反応して、慌てて、二階から駆け降りてきた昂とともに、綾花達は大会会場へと向かったのだった。

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― 新着の感想 ―
地味に昴には厳しいこととなっていたのですね。順位ばかりはどうにもなりませんから(笑)そして麻白ちゃん母のところを読むに、かえって切ないこととなっているのかもしれませんね。現実をことさらに思い知らされて…
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