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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
88/446

番外編第三十五章 根本的に未来の支配者は自らの理想を叶えようとする

「相変わらず、盛り上がっているな」

陸上部の夏合宿当日ーー。

列車を乗り継ぎ、綾花とともに合宿先のグラウンドにたどり着くと、感慨深げに拓也は周りを見渡しながら、そうつぶやいた。

綾花達の学校の陸上部はいつも全国区の大会で立て続けに入賞し、名をはせているため、合宿の見学に来ている生徒の数も半端なかった。

「本当、すごい人だね」

拓也の言葉に綾花は頷き、こともなげに言う。

綾花は、前に初めて、進の両親と旅行した時に着ていった水色のワンピースに麦わら帽子を被っている。フリルとリボンが愛らしい水色のワンピースは、その可憐な容姿によく似合っていた。

「ねえ、たっくん。元樹くん達、陸上部の人達は、先に合宿先の旅館に行っているみたいだよ」

陽光に輝く綾花の横顔は、まるで太陽のような喜びに満ちていた。

希望を溢れさせるその顔を見て、拓也はどこか切なさを感じてしまう。

そんな彼らのあちらこちらから、他の生徒達の声がひっきりなしに飛び込んでくる。

陸上部の部員達と顧問、そして、一部の関係者達のみしか送迎バスが出なかったというのに、綾花達と同じく交通機関を利用して合宿の見学に来る生徒達が後を絶たなかった。

そんな中、合宿の旅館に立ち寄っていた陸上部部員達が、遅れてユニフォーム姿でグラウンドに姿を見せた途端、応援していた女子生徒達のあちらこちらから、動揺とも感嘆ともつかない声があふれ出した。

「布施先輩~!」

「布施くん、かっこいいね~」

「ねえ、陸上部の人達が話しているのを聞いたんだけど、今日、布施くんの彼女が合宿の見学に来ているって噂、本当なのかな~」

「…‥…‥ううっ」

「なっ!?」

予想外な女子生徒達の会話に、綾花が輪をかけて動揺し、拓也は目を見開いて狼狽する。

頭を悩ませながらも、拓也は片手を掲げて元樹を呼び寄せると、とっさに浮かんだ疑問を口にした。

「…‥…‥元樹。何故、綾花が、おまえの彼女だという噂が流れているんだ?」

「悪い。前に部活に遅れることを部長に伝えに言ったら、他の陸上部の先輩達から、俺が最近、付き合い始めた彼女…‥…‥って陸上部の同じクラスの奴らがついてくれた嘘なんだけど、その彼女がどんな人なのか知りたいって突っ込まれてさ。それでうっかり、俺の彼女が今日、合宿の見学に来てくれるかもしれないって言ってしまったんだよな」

「そんなことはどうでもよい! 我はこれから婚約パーティーを兼ねて、ドレス姿の綾花ちゃんと一緒に夜空を見上げる旅に出かけようとしておったのだぞ!何故、このような場所に綾花ちゃんがいるのだ?」

元樹が頬を撫でながら決まりが悪そうに言ってのけると、憤懣やる方ないといった様子で誰かがそう吐き捨てた。

「…‥…‥何故、ここにいる?そして何故、そんな旅に出ようとする?」

突如聞こえてきたその声に、拓也は自分でもわかるほど不機嫌な顔を浮かべて振り返った。

その理由は、至極単純なことだった。

拓也達のすぐ後ろで、1年C組の教室で補習を受けているはずの昂が腕を組みながら元樹に食ってかかっているのが、拓也の目に入ったからだ。

しかも、今までの状況を把握しているかのような言い回しに、拓也は不満そうに眉を寄せる。

また、『対象の相手の元に移動できる』という魔術を使ってきたのか?

見れば、元樹もいきなり現れた神出鬼没な舞波に虚を突かれたように目を白黒させていた。

「おまえ、夏休みは、補習授業を受けることになっていたんじゃなかったのか?」

拓也からの当然の疑問に、昂は人差し指を拓也に突き出すと不敵な笑みを浮かべて言い切った。

「何を言っている?そんなもの、『我は逃げる』と告げて、『対象の相手の元に移動できる』魔術で、何とか先生の補習授業から抜け出してきたからに決まっているではないか!」

「…‥…‥それは、自慢することじゃないだろう」

昂の言葉に、拓也は呆れたように眉根を寄せる。

あまりにも怪しい登場の仕方だったからか、近くで応援していた他の生徒達から思いっきり冷めた眼差しを向けられ、自分達がいる場所自体が必然的に避けられていることにも気づかずに、昂は先を続けた。

「そんなことよりも、綾花ちゃん…‥…‥いや、進。ついに、我は我の望みを叶えられる、唯一無比の魔術を完成させるに至ったぞ!」

「…‥…‥うっ、舞波くんの望みを?」

昂が己を奮い立たせるように自分自身に対してそう叫ぶと、綾花は躊躇うように不安げな顔でつぶやいた。

「我の魔術の集大成を駆使して、ついに実現化することができたのだ!」

「ふわっ、ちょ、ちょっと、舞波くん」

それだけを言い終えると、ついでのように昂が綾花に対して金色の砂糖菓子のようなものを撒き散らしてきた。

当然のことながら、金色の砂糖菓子を撒き散らされた綾花があわてふためき、拓也と元樹は動揺をあらわにして叫んだ。

「おい、舞波!いきなり、綾花に変なものをかけるな!」

「おまえの望みを叶えられる魔術って、絶対にまた、何か企んでいるだろう」

緊迫した空気の中、拓也が牽制するように昂を睨むと、元樹もまた鋭く切り出す。

一触即発の状態にも、昂は動じなかった。

「何も企んでおらん。何もな。ただ、これからのことを考えて、綾花ちゃんに新たな魔術を授けた方が良いと考えたまでだ。ちなみに先程、綾花ちゃんに撒き散らした砂糖菓子は、その魔術を得るために必要な魔術道具だ」

その切り捨てるような鋭い言葉を前にしても、昂は不適に肩をすくめてみせるだけだった。

しかし、昂はまっすぐに綾花を見つめると、にんまりとほくそ笑む。

「それに、我が新たに産み出したこの偉大なる魔術は、綾花ちゃんがーー進が使わねば、意味をなさぬからな」

昂がぽつりとつぶやいた独り言は、誰の耳にも届くことはなかった。






陸上部の練習後、拓也は元樹の陸上部の午後からのミーティング前の合間に、綾花と元樹、そして肝心の昂を連れ添って、陸上部の合宿先である旅館の食堂で話をしていた。

旅館の食堂で話をするのもどうかと考えたが、幸い、食堂は混みあっており、拓也達の話に耳を傾ける者はいなかった。

拓也はそれでも人影がないか確認してから、昂に視線を戻す。

「今回、おまえが綾花に使わせようとしている魔術には、どんな効果があるんだ?」

「貴様らに答える必要はない」

訝しげな拓也の問いかけにも、昂はなんでもないことのようにさらりと答えてみせた。

拓也はさらに怪訝そうに眉を寄せると、立て続けに言葉を連ねてみせる。

「なら、綾花が魔術を使うのを断った場合はどうするつもりだったんだ?」

再び質問を浴びせてきた拓也に対して、何を言われるのかある程度は予測できたのか、昂は素知らぬ顔と声で応じた。

「そのようなことは一ミリたりともあり得ぬが、その時は『対象の相手の姿を変えられる』魔術のパワーアップバージョンという偉大なる魔術の素晴らしさを、綾花ちゃんに語り尽くせばいいだけの話だ」

「なるほどな。『対象の相手の姿を変えられる』魔術のパワーアップバージョン、それが今回、おまえが綾花に使わせようとしている魔術なんだな」

「うむ」

苦虫を噛み潰したような拓也の声に、不遜な態度で昂は不適に笑う。

「ーーむっ?」

そこでようやく、昂は自ら自白していたことに気づく。

混乱しきっていた思考がどうにか収まり、昂は素っ頓狂な声を上げた。

「おのれ~!井上拓也!貴様、我に自白させるのが目的だったのだな!」

「おまえが勝手に話しただけだろう!」

昂が罵るように声を張り上げると、拓也は不愉快そうにそう告げる。

しばらく思案顔で何事かを考え込んでいた元樹だったが、顔を上げるといまだに激しい剣幕で言い争う拓也と昂、そして綾花を見渡しながら自身の考えを述べた。

「『対象の相手の姿を変えられる』魔術のパワーアップバージョンか。綾の姿を変える魔術。それだと、別にわざわざ、パワーアップバージョンとかにしなくても、いいんじゃないのか?」

「むっ、否、今回のパワーアップバージョン版の魔術は、通常バージョンの時との使い分けができてな。『憑依の儀式』によって、別の者に憑依した者ーーつまり、進だけが、今回の『対象の相手の姿を変えられる』魔術のパワーアップバージョンの恩恵の効果を受けることができるのだ。憑依された側である綾花ちゃんが使っても、今までどおり、従来の効果しか発揮されぬ」

「そうなんだ」

「…‥…‥なんだ、それは」

神妙な表情でつぶやく綾花に対して、拓也は呆れたようにため息をつく。

そこで、元樹は昂の台詞の不可思議な部分に気づき、昂をまじまじと見た。

「…‥…‥つまり、綾が使うと従来どおり、姿を変えるだけだが、上岡の場合だと従来の効果ではなく、別の効果が発揮されるわけか?」

「うむ。綾花ちゃんの場合でも、進の場合でも、同じ効果が発揮されるのでは、我としてはいささかつまらぬのでな!少し改良させてもらったのだ!」

「…‥…‥そんな理由で、綾に魔術を使うなよ」

昂が至極真面目な表情でそう言ってのけると、元樹は思わず呆気に取られてしまう。

拓也は額に手を当てて呆れたように肩をすくめると、弱りきった表情で口を開いた。

「はあ…‥…‥。何度も言うが、おまえ、黒峯玄の父親関係以外では、一応、魔術は謹慎処分になっていたんじゃなかったのか?」

「何を言う?今回の魔術は、黒峯蓮馬に対抗するためにも必要なものだ。もとより、謹慎処分対象外ではないか」

苦虫を噛み潰したような拓也の声に、あくまでも不遜な態度で昂は不適に笑う。

「さあ、綾花ちゃん、刮目して使ってみてほしいのだ!これが、改良に改良を重ねて、我が産み出した偉大なる魔術ーー」

疑惑を消化できずに顔をしかめる拓也と元樹をよそに、昂はビシッと綾花を指差して言い放った。

「『対象の相手の姿を変えられる』パワーアップバージョンだ!綾花ちゃんの時は従来どおり『自分の姿を変える』効果だけだが、進として振る舞っている時は、綾花ちゃんと意識を共有させた状態で綾花ちゃんの心に宿っている麻白ちゃんを実体化させることができる。一日、一時間しか効果がないというのがいささか難点だが、これさえあれば、いつでも一日、一時間だけ、我は綾花ちゃんだけではなく、麻白ちゃんの姿をした、もう一人の綾花ちゃんと会うことができるという寸法だ!」

「…‥…‥おい」

「見事に、おまえのためにあるような魔術だな」

あまりにも意外な昂の言葉に、拓也と元樹は呆然としてうまく言葉が返せなかった。

しかし、昂は何食わぬ顔で立て続けにこう言ってのけた。

「さあ、綾花ちゃん。我の望みを叶えるためにも、早速、進として振る舞ってはくれぬか?」

「…‥…‥ううっ、でも」

綾花はそれを聞くと、少し困ったような表情を浮かべて、だけど何かを我慢するように両拳を握りしめる。

その様子を見かねたように視点を転じると、拓也は綾花に向かって声をかけた。

「綾花、絶対に上岡として振る舞うな」

「…‥…‥う、うん」

その言葉に、綾花はほんの少しふて腐れた表情でうつむき、ごにょごにょとつぶやく。

「なにぃーー!」

拓也のその何気ない言葉を聞いて、昂は大言壮語に不服そうに声を荒らげた。

「貴様、綾花ちゃんが偉大なる魔術を使うのを邪魔する気か!!」

露骨な昂の挑発に、拓也は軽く肩をすくめてみせる。

「どこが、偉大なる魔術だ!ただのご都合魔術だろう!」

「何を言う!我の素晴らしい頭脳をフル稼働してさまざまな書物を研究した結果、偉大なる我の望みを叶えるためには、この方法がもっとも最適だという結論が出たのだ!」

「…‥…‥だからそれは単に、綾花を二人にする予定だった、分魂の儀式における『補足魔術』と被るんじゃないのか?」

大げさな昂の講釈に、拓也はげんなりとした顔をする。

だけど、昂も折れなかった。

「むっ!今回の魔術は、綾花ちゃんと意識を共有した状態での、麻白ちゃんの姿をしたもう一人の綾花ちゃんだと告げておるではないか!…‥…‥まあ、魔術の心得さえも知らぬ貴様には分からぬことゆえ仕方あるまいな」

「…‥…‥おい」

昂があっけらかんとした口調で言ってのけると、憤懣やる方ないといった様子で拓也がそう吐き捨てた。

「相変わらず、取って付けたような強引なやり方だな」

「我なりのやり方だ」

呆れた大胆さに嘆息する元樹に、昂は大げさに肩をすくめてみせる。

「だけど、実体化させて、綾と意識を共有するっていうことは、綾と上岡が一心同体であるように、綾と実体化させた麻白が一心異体になるわけか?」

「…‥…‥うむ。綾花ちゃんと進が心を融合させたように、綾花ちゃんと実体化させた麻白ちゃんが心を共有することになる。まさに、我の望みそのものに応えるーー」

「なら、決まりだな。俺と拓也も、今回の魔術の披露に立ち合う」

言い淀む昂の台詞を遮って、元樹が先回りするようにさらりとした口調で言った。

その、まるで当たり前のように飛び出した意外な言葉に、さしもの昂も微かに目を見開き、ぐっと言葉に詰まらせた。

だが、次の思いもよらない元樹の言葉によって、昂とーーそして拓也はさらに不意を打たれ、驚きで目を瞬くことになる。

あっけらかんとした表情を浮かべた昂に対して、元樹は至って真面目にこう言ってのけたのだ。

「そして、もし、少しでも問題があるようだったら、舞波、おまえにはもう一度、綾にかけたパワーアップバージョンの効果を打ち消す魔術を使ってもらう」

「…‥…‥むっ!そのような口約束を、我が守るとでも思っているか?」

お互い、本気の表情で本気の口調だった。

その意味深な元樹の言葉に、昂は驚きつつも低くうめくように言って元樹を強く睨みつける。負けずに、拓也と元樹も昂を睨み返した。

いつまで経っても埒が明かない昂との折り合いの中、綾花は一人、戸惑うように目を瞬かせていたのだった。

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― 新着の感想 ―
一緒に夜空を見上げる旅に出ようとしていた昴が普通に面白かったです。一体、どんな旅なんでしょうね。たとえ一人で行っていてもそれはそれで面白そうで、とても良いと思います。昴がブレないので。悪い意味でも。元…
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