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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
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番外編第三十一章 根本的にこの胸に響く声

拓也達は、黒峯玄の父親の策略によって、ドームの大会会場から連れさらわれた綾花を救うため、昂の母親が待っているワゴン車へと向かっていた。

拓也はドームの会場がある方向に一旦、視線を向けると、顔を曇らせて言った。

「黒峯玄の父親は、今回も容赦ない方法を用いてきたな」

「ああ。まさか、こういう手段でくるとはな」

元樹の言葉に、拓也はほんの数十分前にドームの大会会場でかわした綾花との会話を思い出す。


『ねえ、たっくん、友樹。玄と大輝が、あたしに渡したいものがあるって言っていたから、ちょっと行ってくる』


綾花が口にしたその言葉は、今、思い返すと、綾花を別行動にさせるという考えられる限り、最悪に近い内容だった。

だが、拓也と元樹はこの時、そのことに対して、全く気にも留めなかった。

それだけ、玄と大輝のことを信頼していたということなのだろう。

元樹は昂の母親が待っていたワゴン車の前までたどり着くと、不満そうに肩をすくめて言う。

「綾がーー綾の中に宿る麻白の心がもっとも信頼を寄せている玄と大輝に協力を求めて、綾を別行動にさせるというシンプルだが、辛辣な作戦だ」

「元樹、これからどうするつもりだ?」

「そのことなんだが」

拓也の疑問を受けて、感情を抑えた声で、元樹は淡々と続ける。

「玄と大輝は、これからドームの大会会場で、ゲーム関係の取材を受けることになっている。だから、姿を消す魔術を使って、取材を終えた玄達の後を追うつもりだ」

「つまり、玄達を尾行して、綾花の行方を探ろうっていうことか?」

呆気に取られた拓也にそう言われても、元樹は気にすることもなくあっさりとした表情で言葉を続けた。

「ああ。『対象の相手の元に移動できる魔術』が近距離しか使えない上に、綾の行方がつかめない以上、この方法しかないと思う」

元樹は拓也達の方へ視線だけ向けて、世間話でもするような口調で言った。

「だが、恐らく、黒峯玄の父親はありとあらゆる手段を用いて、麻白の姿をした綾を自身のもとに留めようとしてくるだろう。まさに、俺達の思いもよらない方法でな」

「うむ、確かにな」

元樹の言葉に、昂は納得したように頷いてみせる。

呆気に取られている拓也に目配りしてみせると、元樹はさらに続けた。

「だからこそ、舞波、おまえには俺達の連絡が来るまで、舞波のおばさんと一緒にワゴン車に留まって、魔術の力を高めてほしい。綾を助けるためには、おまえの魔術が必要不可欠になる。恐らく、おまえの魔術がさらなる真価を発揮しないと、綾を助けられそうもないからな」

「なるほどな。ついに我の魔術の真価が、問われる時が来たというわけだな」

真剣な眼差しで視線を床に降ろしながら懇願してきた元樹に、昂は腕を組むとこの上なく不敵な笑みを浮かべながら答えた。

「よかろう!我が必ず、綾花ちゃんを黒峯蓮馬の魔の手から救ってみせるのだ!」

「ありがとうな、舞波。俺達も必ず、綾の行方をつかんでみせるな」

昂の自信に満ちた言葉に対して屈託なく笑う元樹に、拓也は訝しげに眉をひそめる。

「おい、元樹。どうする気だ?」

「これから、俺達は、玄と大輝を尾行しないといけない。だが、舞波がいると、少し厄介なことになる」

「舞波がいると?」

予想外の元樹の言葉に、拓也は少し意表を突かれる。

元樹はつかつかと近寄ってきて、拓也の隣に立つと、ぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で言った。

「下手をしたら、舞波は、ゲーム関係の取材を受けている玄と大輝の前で、綾の行方を聞き出そうと騒ぎ始めるかもしれない」

「…‥…‥そういうことか」

苦々しい表情で、拓也は昂の方を見遣る。

目下、一番重要になるのは、綾花の行方だ。

姿を消す魔術を使うとはいえ、俺達がゲーム関係の取材を受けている玄達を尾行していることがバレれば、黒峯玄の父親はさらに用心深くなるかもしれない。

そうなれば、綾花を助けるどころではなくなるだろう。

黒峯玄の父親の目的は、綾花を黒峯麻白にすることだ。

綾花を『黒峯麻白』として振る舞わせることを発端として、このまま、綾花を自分のもとに留めておくつもりかもしれない。

それだけは、何としても防がなければならない。

だが、相手はあの魔術書の持ち主だ。

俺達のことがバレれば、さらに予想外の行動を取られてしまう可能性があるだろう。

「おのれ~、黒峯蓮馬め!一度ならず、二度までも、ここまで我を翻弄しようとは!」

そんな彼らの様子など露知らず、昂はすでに黒峯蓮馬を出し抜く方法を模索してひたすら頭を抱えて悩み始めていた。

「うむ。こうなったら、我は綾花ちゃん、あかりちゃん、そして麻白ちゃんとも、すぐに婚約せねばならぬのだ!」

「昂、さっさと乗りなさい!」

至福の表情で意気揚々にそう語り出す昂の言葉を打ち消すように、昂の母親はワゴン車のクラクションを鳴らすと、きっぱりとそう言い放ったのだった。






「麻白!」

「麻白、大丈夫か?」

「ーーっ」

聞き覚えのある二人の声が、綾花の意識を覚醒させた。

唐突な意識の覚醒に、綾花は勢いよく身体を起こす。

周囲を見渡すと、先程まで乗せられていた車とは別のーーだけど、豪華な車の後部座席に眠らされていたらしく、隣に座っていた玄と大輝が心配そうに綾花を見つめている。

綾花は眠気を振り払うようにふるふると首を振った後、前方の大型のテレビがある助手席に視線を向けると、玄の父親が確信に満ちた顔で笑みを深めていた。

ーーあっ!

私、黒峯くん達と一緒に車から逃げ出した際に、黒峯くんのお父さん達に見つかったんだった。

そのことに気づいて、綾花は先程、玄と大輝から渡された麻白の携帯を取り出す。

だが、綾花が拓也達に連絡を取ろうとしても、何故か、携帯の電波が繋がらなかった。

そんな中、車内の窓から見える夕焼けに染まる空をぼんやりと眺めながら、玄と大輝の瞳には、複雑な感情が渦巻いていた。

「麻白、すまない」

「拓達のところに連れていってやりたかったんだけど、これじゃな」

「ううん、玄、大輝、ありがとう」

玄と大輝の謝罪に、綾花は嬉しそうに小首を横に振る。

綾花は瞬きを繰り返しながら、直前までの出来事を思い出してつぶやいた。

「拓達はまだ、ドームにいるのかな?」

「…‥…‥分からない。ただ、ドームの会場の入口にはいなかったようだ」

「…‥…‥そうなんだ」

玄の説明を聞きながら、綾花は不安そうに言う。

「拓達に会いたいな」

綾花は複雑そうな表情で視線を落とすと、熟考するように口を閉じる。

大輝はできるだけ適当さを感じさせない声で答えた。

「麻白、心配するなって。今は無理でも、玄のおじさんのことだ。すぐに会わせてくれるだろう」

「…‥…‥でも」

「…‥…‥でも?」

両手をぎゅっと握りしめていた綾花が、隣に座っている玄の言葉でさらに縮こまる。

綾花は躊躇うように不安げな顔で言葉を続けた。

「父さんはきっと、あたしを拓達に会わせてくれないと思う」

「…‥…‥そうか」

綾花の言葉に、玄は不意打ちを食らったように悲しみで胸が張り裂ける思いになる。

今までのように、麻白と拓達を会わせてやりたいーー。

そう恋い焦がれても、その代償はあまりにも大きすぎて間の当てられない現実を前に、玄は静かに目をつむった、ーーその時だった。


「助けにきたのだ、 麻白ちゃんーー!! 」


不意に、聞き覚えのある甲高い声が響き渡った。

「なっーー」

その声に意表を突かれて、玄の父親は思わず、声が聞こえてきた隣を走っているワゴン車へと視線を向ける。

そこには、昂の母親が運転しているワゴン車の助手席の窓から、こちらの様子を窺っている黒コートに身を包んだ、怪しげな格好をした少年ーー昂の姿があった。

車を走らせながらも、両者の声がはっきりと伝わるのは、魔術で互いに通話ができるようにしているためだろう。

頭を悩ませながらも、玄の父親はとっさに浮かんだ疑問を口にする。

「何故、ここが分かった?」

「我の偉大なる魔術をもってすれば、黒峯蓮馬、貴様の動向は全てお見通しだーー!」

「…‥…‥こーー魔王、車の窓に顔をくっつけない!」

ワゴン車の窓に顔を当てて、居丈高な態度で大口を叩く昂に、昂の母親は低くうめくように注意する。

「ううっ、魔王…‥…‥」

困惑したように助けを求める綾花の姿を見て、玄の父親はさも意外そうに言った。

「麻白、危ないから、玄と大輝くんと一緒に車の窓から離れていなさい」

「…‥…‥麻白」

「ほら、麻白」

「…‥…‥父さん、玄、大輝」

心配そうな玄と大輝の様子を見て、窓からそっと離れた綾花のその反応に、玄の父親は満足そうに頷くと淡々と言う。

「…‥…‥麻白に、手を出さないでもらおうか?」

「否、断る!」

予測できていた昂の即答には気を払わず、玄の父親は本命の問いを口にする。

「麻白を私達に返してくれるというのなら、麻白を君達に会わせてもいい」

「むっ?どういう意味なのだ?」

意外な提案に、昂の鋭い目が細められる。

昂が先を促すと、玄の父親は神妙な面持ちでこう言葉を続けた。

「麻白にはこのまま、私達とともに暮らしてほしい」

一呼吸おいて、玄の父親は異様に強い眼光を綾花に向ける。

「それが、私自身の身勝手な願いだということは分かっている。だが、それでも、私は麻白に戻ってきてほしい。誰かに迷惑をかけることになっても、麻白がーー家族が笑っていたあの時を取り戻したい。例え、それが君達にとって、非道な手段だったとしてもーー」

「それでは意味がないのだ!」

その昂の言葉が合図だったように、今まで玄の父親の車の後部座席に隠れていた、目深まで帽子を被った二人組の少年達ーー拓也と元樹が、焦ったように玄達に護られていた綾花の腕を掴む。

「麻白!」

「おい、拓、友樹!」

玄と大輝が驚愕の表情を浮かべているのを目にして、拓也は少し躊躇うようにため息を吐くと、複雑な想いをにじませる。

「…‥…‥玄、大輝。驚かせてごめん。だけど、麻白は魔術で生き返っていられる時間が延びたとはいえ、ずっと生き返ってはいられないんだ」

拓也はそこまで告げると、視線を床に落としながら請う。

「だけど、これからも、麻白に会わせることは約束する!だから、頼む!麻白が、俺達と一緒に行くことを許してくれないか?」

「お願い、玄、大輝!」

「どうかお願いします!」

拓也に相次いで、綾花と元樹も粛々と頭を下げる。

「拓、友樹、本当に、麻白はずっと生き返れないーー」

「麻白お嬢様!」

だが、玄が何かを告げる前に、玄の父親の車の警備をしていた警備員の一人が、麻白を玄達の方へと連れ戻そうとした。

「ーーっ、麻白、行くぞ!」

「魔王、頼む!」

警備員の追手を振り払った拓也と元樹の声に応えるように、ワゴン車に乗っている昂は魔術を使うために片手を掲げる。

「むっ!」

「ふわわっ!」

そして、咄嗟に使われた昂の魔術によって、拓也達は驚きの声を上げる綾花とともに、玄の父親の車から逃げるようにして消えていった。

「「ーーなっ?」」

「麻白!」

「麻白が消えた?」

不可解な現象と不自然な少年達の行動に、玄の父親達、そして玄と大輝は思わず目を見開く。

「黒峯蓮馬、麻白ちゃんは返してもらったのだ!」

その隙を突いて、昂はワゴン車の窓から顔を離すと、玄の父親の車から救い出したばかりの綾花を見遣る。

ハンドルを握りしめた昂の母親が、綾花達に言い聞かせるようにして告げた。

「行くよ、みんな!しっかりつかまっているんだよ!」

「はい」

「お願いします」

昂の母親がそこまで告げると、拓也と元樹は視線を床に落としながら請う。そして、突然の出来事だったため、まだ、進として振る舞えていない綾花へと視線を向ける。

「綾!」

「うんーーいや、ああ」

元樹の指摘に、咄嗟に口振りを変えた綾花は俯き、一度、言葉を切った。

だけど、すぐに顔を上げると、拓也と元樹に相次いで、綾花も粛々と頭を下げる。

「お願いします!」

「ーーじゃあ、行くよ!」

その言葉が合図だったように、昂の母親がアクセルを踏み込む。

「なっ!」

猛然と走り出したワゴン車に翻弄される玄の父親の車を尻目に、ワゴン車は颯爽と迂回してその場を後にする。

「…‥…‥『姿を消す魔術』と『対象の相手の元に移動できる魔術』か」

昂の母親の運転するワゴン車が、本来の大通りの道ではなく、迂回の道から立ち去っていくのを見遣ると、玄の父親は車の防犯カメラにさえ映っていなかった拓也達が突如、姿を現した現象と、綾花と拓也達が消えた事情を察して忌々しそうにつぶやいた。

玄の父親は携帯を取り出すと、あらかじめ包囲網を配置していた周囲の警備員数名と連絡を取り合う。

「 黒コートの少年達が、麻白を誘拐した。即急に、取り押さえていてくれないか」

周囲に目を配りつつ、玄の父親は厳かな口調で指示を続ける。

「私も、玄と大輝くんを送った後に、麻白をさらった者達を追う」

あまりに自然かつ素早い反応をした玄の父親は一度、目を閉じると、速やかに携帯を切ったのだった。

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― 新着の感想 ―
綾花をめぐる戦いはある意味、精神面をどのように、どこへ縛り付けるかという様相を呈していますね。そこに物理的側面、駆け引きも加わって、今回もとても、読み応えがありました。今回もとても面白かったです。
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