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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
83/446

番外編第三十章 根本的に彼女の幸せを願っている

妹は、俺達のそばにずっといることができない。

大輝は、大切な幼なじみの女の子にすぐに会えない。

だからこそ、父さんから、麻白がこれからはずっとそばにいてくれると聞かされて、俺と大輝は心を動かされてしまったのだろう。

麻白がいないその現実に…‥…‥きっと、俺達は耐えられなかったから。

だけど、麻白が悲しむ姿を見るのは、もっと耐えられなかったんだーー。



夕暮れ時の大会会場からの帰り道ーー。

ドームの大会会場でゲーム関係の取材に応じた後、玄と大輝は別の車で、麻白が乗せられている車が止められている駐車場へと赴いた。

麻白は体調不良で休んでいることになっているが、それは玄の父親の口実だった。

実際は、麻白を拓也達から引き離すために、玄達のゲーム関係の取材が終わるまでの間、麻白は車の中で待機させられていた。

「…‥…‥麻白」

「玄、行こうぜ!」

麻白が乗せられている車を見つめていた玄がそう口にした途端、大輝の表情が明確な怒りに引きつった。

「…‥…‥大輝?」

怪訝そうな顔をする玄に、大輝は意識して表情をさらに険しくする。

「麻白とせっかく会えたっていうのに、無理やり、あいつらと引き離したせいで、麻白が落ち込んでいる様を、このままずっと見ていられるかよ!」

「…‥…‥ああ、そうだな」

大輝が不服そうに投げやりな言葉を返すと、ようやく玄は決意の意思を如実にこめて、拳を強く握りしめてみせたのだった。






黒峯玄の父親の車は、ドームの大会会場の駐車場から、さらに離れた場所にある駐車場に止められている。

「ううっ…‥…‥」

大会が終わってから一時間後、玄の父親の車の車内で、妙に感情を込めて唸る黒峯麻白の姿をした綾花の姿があった。車のドアを開けようと恐る恐る手を伸ばすのだが、オートロックがかかっているため、開けることができない。

「…‥…‥玄、大輝」

それでも、何度か開けようと試みた後、綾花はぽつりとそう言った。

大会が終わった後、綾花は、玄と大輝から麻白に渡したいものがあるから来てほしいと言われて、会場の外まで赴いたのだが、突如、現れた玄の家にいた警備員達によって、この車の車内に閉じ込められてしまったのだ。

その際、食べ損ねてしまった昼食は、前に会った玄の父親の執事が料理を準備してくれた。

車内でテレビ番組を見たり、ゲームをしたり、車内にある固定電話で執事と連絡を取り合うことができたが、肝心の拓也達とは連絡を取ることは出来なかった。

「ううっ~」

車の座席で膝の上に置いた手を握りしめていた綾花が、さらに頭を悩ませるように縮こまる。

「たっくん、友樹、魔王、きっと心配しているよね」

独り言のようにぽつりとつぶやくと、綾花は車の窓に手を当てて、どこか切なげな表情で窓の外を眺めていた。

だが、不意に、綾花はあることに気づき、少し声を落としてつぶやいた。

「あっ…‥…‥、魔術」

玄の父親に対抗するため、綾花は元樹から一つの策を聞かされていた。

それは捕まりそうになった際、『対象の相手の姿を変えられる』魔術を使って、麻白の姿から別の姿になって逃げるというものだった。

しかし、車にはオートロックがかかっており、姿を変えても逃げ出すことはできそうもなかった。

その時、想いを巡らせていた綾花は、不意に苦しそうに頭を押さえた。

「ーーっ。ううっ…‥…‥」

座っているのも辛い頭痛の痛みに、綾花は、進のあかりへの憑依が解けたことを悟る。

そう思い至ってーーだがすぐに、綾花は幾分、真剣な表情で、さも重要そうにこう言い足した。

「そうだ。進としてなら、『対象の相手の姿を変えられる』魔術を使って、上手く逃げ出せる方法を思いつくかもしれない。絶対に私ーーいや、俺はやり遂げてみせる」

両拳を握りしめて口振りを変えた綾花は俯き、一度、言葉を切った。

だけど、すぐに顔を上げると、綾花は窓の外を見ながら苦々しい顔で吐き捨てるように言う。

「とは言っても、拓、友樹、魔王ーーって、ああっ!…‥…‥もう、どうすればいいんだよ!」

勢いよくそう叫ぶと、綾花は乱れた髪を整えながら不服そうに唇を噛みしめる。

結局、綾花でも進でも上手く逃げ出す方法が見つからず、綾花は困ったように頭を悩ませる。

「さて、どうするか?携帯を持っていない、固定電話も使えないという状況だと、拓達と連絡を取ること自体が不可能そうだ。それに姿を変えても、車から出られなかったら意味がないしなーーううっ、どうしよう?」

途中で口振りを戻した綾花が心底困惑していると、どこからともなく、綾花の虚を突く声が聞こえた。


「麻白!」

「麻白、大丈夫か?」


不意に、全く予想だにしないーーだけど、綾花に宿っている麻白にとって、待ち望んでいた声が聞こえてきて、綾花は思わず、目を見開いてしまう。

いつからいたのか、玄の父親の車の前で、玄と大輝が、車のオートロックを解除しようと試行錯誤している。

綾花が先程、進として振る舞っていたことは、どうやら、二人には見られていなかったらしい。

夕焼けに染まる空をぼんやりと眺めながら、玄と大輝の瞳には、複雑な感情が渦巻いていた。

「麻白、すまない」

「麻白、怖い目に合わせてごめんな」

「玄、大輝、どうして?」

車の窓に顔を近づけて、玄と大輝の姿を確認した瞬間、綾花は不思議そうに目をぱちくりと瞬いた。

警戒するように辺りを見渡した後、玄はばつが悪そうに言う。

「父さんから、麻白はもう魔術を使わずとも、ずっと俺達のそばにいれると聞かされた。だけど、それと同時に、父さんはもう二度と、麻白と拓達を会わせてはいけないとも言ってきたんだ」

「…‥…‥そんな」

それは綾花にとって、予想しうる最悪な答えだった。

玄はドームの方に目を向け、玄の父親達がまだ、こちらに来ていないことを確認してから続ける。

「俺達は、麻白が悲しむ想いをするくらいなら、ずっとそばにいてくれなくてもいい。ただ、麻白がーー」

「麻白が、生きていることが分かればいいんだろう」

「…‥…‥ああ」

冗談でも、虚言でもなく、ただの願望を口にした大輝に、玄は穏やかな表情で胸を撫で下ろす。

玄と大輝がオートロックを解除すると、車から降りた綾花は嬉しそうに顔を輝かせた。

「玄、大輝、ありがとう」

「麻白、ほら。俺達があの時、麻白に渡したかったものだ」

「あっ…‥…‥、あたしの携帯」

大輝が愉快そうに麻白の携帯を渡すと、綾花はきょとんと小首を傾げる。

「麻白、携帯の電源を入れたら、即行、あの残念な歌を取り下げろよな」

「あたしの歌は、残念な歌じゃない!」

そう言ってふて腐れたように唇を尖らせる綾花の頭を、玄は優しく撫でてやった。

いつものほんわかとした麻白とのやり取りに、玄は一瞬、玄の父親達によって麻白が囚われていたことなど忘れそうになってしまう。

だが、背後から聞こえてきた声が、玄達を現実へと引き戻した。

「玄様、麻白お嬢様、大輝様!」

「ううっ…‥…‥」

「麻白!」

「麻白、行くぞ!」

警備員達の呼びかけに、おろおろとあわてふためく綾花の手を取って、玄と大輝は拓也達がいると思われるドームへと走り出した。

ドームの駐車場を駆け向け、再び、ドーム会場へと向かう。

「だけど、玄。拓達と合流した後、どうする?」

「大輝くん、何も考えなくていい」

独り言じみた大輝のつぶやきにはっきりと答えたのは、綾花でもなく、玄でもなく、全くの第三者だった。


「私は、既に君達の前にいるのだからな」


驚きとともに振り返った綾花達が目にしたのは、大会会場前で待ち構えていた玄の父親と、こちらを完全に包囲している警備員達だった。

「ーーっ」

「…‥…‥父さん」

「ーーなっ!?」

「…‥…‥さあ、玄、麻白、大輝くん、帰ろうか?」

綾花達の驚愕に応えるように、玄の父親は嗜虐的に笑みを浮かべたのだった。






綾花が玄と大輝、そして、玄の父親達と遭遇する前ーーまだ、玄の父親の車に閉じ込められていた頃、玄の父親達から綾花を救うため、会場の外へと向かった拓也達は人知れず、思い悩んでいた。

何故なら、『対象の相手の元に移動できる魔術』を使おうとした瞬間、昂の持っていた杖が消滅するという緊急事態が起こってしまったからだ。

再度、『対象の相手の元に移動できる魔術』を使ってみたのだが、通常バージョンで移動できる距離には、綾花は既にいないらしく、何度も不発という昂の意に沿わない結果になっている。

「綾花が遠くに連れていかれても、絶対に大丈夫だと言っていたのは、どこのどいつだ?」

「我にも計り知れないことがあるのだ」

「それにおまえ、警察の事情聴取から逃げてきたのか?会場から出た途端、警察にいきなり、職務質問されたぞ!」

拓也が低くうめくように言うと、昂は緊張感に欠けた声で続けた。

「綾花ちゃんを救うために、抜け出してきたのだ!」

「おい!」

抗議の視線を送る拓也に、昂は得意げに腰に手を当てる。

「だけど、まずいな。このままだと、綾は黒峯玄の父親のマンションに連れていかれてしまう」

「…‥…‥くそう、俺はーー俺達はこのまま、何もできないのか!」

ドーム会場を見据え、噛みしめるように言う元樹をよそに、半ばヤケを起こしたように拓也が叫ぶ。

ぶつけようもない不安と苛立ちを吐き出そうとするも、自分に返ってきては再び、拓也の頭をもやもやさせる。

「…‥…‥いや、綾を助ける方法はある。もっとも、時間はあまり残されていないけどな」

「なっ!元樹、どういうことだ?」

ドーム会場を見据えながらも、きっぱりと断言してみせた元樹に、拓也は不意をうたれように目を瞬く。

戸惑う拓也に、元樹は焦ったように続けた。

「すぐに、舞波のおばさんのところに行こう!話はそれからだ!」

「分かった」

「綾花ちゃんは、我が必ず助けてみせるのだ!」

元樹が念を押すように告げると、拓也と昂は真剣な表情でしっかりと頷いてみせる。

そして、綾花を玄の父親達から救うために、拓也達は昂の母親が待っているワゴン車へと向かったのだった。

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― 新着の感想 ―
人の心というのは難しいですね。ただ1人大人の麻白パパの策略も、若さに翻弄されている印象でした。思ったとおりに人というのは動いてくれないものですね。なんとなくそのもどかしさを思わされました。今回もとても…
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