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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
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番外編第二十七章 根本的に彼女の望む世界

それは夢だった。

彼はーー黒峯蓮馬は、そのことをよく知っていた。

自然公園のアスレチック広場で、幼い息子と娘が遊んでいる。

息子は、母親譲りの濃く綺麗な黒い髪が 太陽の光によって煌めいていた。

息子はーー玄は、幼い娘のーー麻白の手を取ると、麻白を守るように率先して前を歩いている。

玄の後をトコトコとついてきている、赤みがかかった髪の少女、麻白は一見、どこにでもいるような普通の少女だ。彼女はこちらを見て、嬉しそうに笑っている。それは、見ている方も自然と笑顔になってしまうような可憐な顔立ちだった。開き始めたつぼみのようにほんわかとした可愛らしさがある。

その温かな光景を、玄の父親と玄の母親はお互い心配しながらも、穏やかな表情で彼らを見守っていた。

それは、彼がいつまでも見ていたいと望んでしまうような、美しい幻想だった。

そして夢は、彼らがーー玄と玄の父親が嘆き悲しんでいる光景に変わった。

『車に跳ねられそうになった兄をかばった少女の事故死』。

娘を目の前で失った息子は、苦しそうに顔を歪める。

「麻白!麻白!」

玄は麻白の頬に手を触れると、もう二度と目覚めることのない彼女の意識に何度も呼びかけた。

「…‥…‥ま、麻白」

一転として混沌と化す現実に、彼らとともに歩道を歩いていた玄の父親が呆然と立ち尽くす。

娘が帰らぬ人になったのは、つい先程のことだった。

「あああああああああああああああっ!!誰か、誰か、麻白を助けてくれ!!」

それを息子とともに、見届けることになってしまった黒峯蓮馬が発した叫びにーー嘆きに、応えてくれる者は誰もいないはずだった。

魔術を使える少年と、『対象の相手の姿を変えられる』という魔術を使うことができる少女と、彼らの付き添いの少年達を除いてはーー。

だけど、彼らは少女の存在を肯定し、少女が麻白になることを許さなかった。

「なら、麻白が望む未来をーー私達が望む未来を必ず、私は手にしてみせる」

仮眠室のベットから起き上がると、玄の父親は乱れた心を落ち着かせるようにそっと胸を押さえる。そして、社長室に入ると、机に飾っている家族の写真立てを見ながら、彼らから少女をーー麻白を取り戻すことを誓った。






「想定外だな」

「ああ。まさか、黒峯玄達が大会に復帰する時と同じ日に、雅山達が別の公式の大会に出場するとはな」

拓也の言葉を受けて、元樹は静かにそう告げると、放課後、学校近くの公園に訪れた綾花達を見渡した。

お昼休みのボヤ騒ぎの件で、校舎裏が使用禁止になったため、綾花達は学校近くの公園に集まることにしたのだ。

綾花と拓也と元樹と、つい先日、黒峯麻白の姿からもとに戻れなくなってしまった綾花を、もとの姿に戻すために協力し合った彼らが、そろいもそろって神妙な顔で立っている。

綾花をめぐっての奇妙な四角関係の彼らが、お昼休みのボヤ騒ぎの件で先生から呼び出しを受けている昂を除いて、公園にいるのはどこか異質な感じがした。

だが、そうならざるを得ない出来事が、この短い期間に立て続けに起こっていた。

拓也と元樹の言葉に、綾花は人差し指を立てるときょとんとした表情で首を傾げてみせる。

「たっくん、元樹くん。春斗くん達に、別の日に変えてもらった方がいいのかな?」

「それはダメだ」

綾花の当然の疑問に、拓也はきっぱりとそう言ってのけた。

うーん。

麻白としてドームの公式の大会に出場するから、別の日の公式の大会に出場した方がいいんじゃないのかな?

ますます困惑して、綾花は不思議そうに聞き返す。

「えっ、なんで?」

「憑依の間隔のサイクルによると、この日の大会の時は、上岡は雅山に憑依しているみたいだし、それにーー」

「うむ!ならば、綾花ちゃんが麻白ちゃんとして大会に出場するべきだ!」

雅山達は既に、大会のエントリーを済ましているみたいだからなーー。

そう告げる前に先じんで言葉が飛んできて、拓也は口にしかけた言葉を呑み込む。

「…‥…‥何故、ここにいる?」

突如聞こえてきたその声に、拓也は自分でもわかるほど不機嫌な顔を浮かべて振り返った。

その理由は、至極単純なことだった。

拓也達のすぐ後ろで、1年C組の担任の呼び出しを受けていたはずの昂が腕を組みながら、さらりと綾花に声をかけているのが、 拓也の目に入ったからだ。

しかも、今までの状況を把握しているかのような言い回しに、拓也は不満そうに眉を寄せる。

また、『対象の相手の元に移動できる』という魔術を使ってきたのか?

見れば、元樹もいきなり現れた神出鬼没な舞波に虚を突かれたように目を白黒させていた。

「おまえ、先程、お昼休みの件で、先生から呼び出しを受けていたんじゃなかったのか?」

拓也からの当然の疑問に、昂は人差し指を拓也に突き出すと不敵な笑みを浮かべて言い切った。

「何を言っている?そんなもの、我が綾花ちゃんに重大な用事があるから少しの間だけ待ってほしい、と先生に土下座して頼み込んだからに決まっているではないか!」

「…‥…‥それは、自慢することじゃないだろう」

昂の言葉に、拓也は呆れたように眉根を寄せる。

「そんなことよりも、綾花ちゃん。我はあの後、麻白ちゃんのリボンを再度、調べてみたのだが、とんでもないことが分かったのだ!」

「…‥…‥うっ、とんでもないこと?」

昂が己を奮い立たせるように自分自身に対してそう叫ぶと 、綾花は躊躇うように不安げな顔でつぶやいた。

「今回、麻白ちゃんのリボンに施されていたのは、姿を一定に保つという魔術の知識によるものだけだ。しかも、前のように、リボンをつけても取れなくなることはなく、じ、ぴ…‥…‥なんとかというリボンの位置が分かるものもない」

「記憶操作は施されていないのか?」

昂のその言葉に、拓也はあっけらかんとした様子でつぶやく。

「妙だな。黒峯玄の父親の目的は、綾を黒峯麻白にすることだ。それなのに、リボンに施されているのが、姿を一定に保つという魔術の知識のみなんて変だよな」

探りを入れるような元樹の言葉に、拓也の顔が強張った。

「もしかして、舞波が黒峯玄の父親からもらったという、あの奇妙な杖の方に何かが施されているんじゃないのか?」

「むっ、否、我がもらったこの杖には、我の魔術の効果を上げる効力だけで、それ以外は何も施されておらぬ」

その最もな拓也の指摘に、昂は苦虫を噛み潰したような顔で辟易する。

「なら、何故、黒峯玄の父親は、綾花に麻白のリボンをつけさせようとするんだ?」

「何か、別の意図があるのかもしれないな」

拓也が戸惑ったように訊くと、元樹は静かにそう告げて、顎に手を当てて真剣な表情で思案し始める。

「舞波、おまえは杖をもらう代わりに、麻白のリボンを受け取ったんだよな」

「き、貴様、まさか、我が黒峯蓮馬と取引をした際に手を組んだとでも思っているのではなかろうな!」

元樹の言葉に、昂は地団駄を踏んで激怒した。

「我は、黒峯蓮馬から綾花ちゃんを護らねばならぬ、ーー護らねばならぬのだ!その我が、何故、黒峯蓮馬と取引をした際に手を組まねばならぬというのだ!」

憤慨に任せて、昂はひとしきり黒峯蓮馬のことを罵った。ひたすら考えつく限りの罵詈雑言を口にし続ける。

「おのれ~、黒峯蓮馬!我に素晴らしい杖を渡すことで、逆に我を陥れようとするとは!やはり、黒峯蓮馬は侮れないのだ!」

「…‥…‥なら、変な杖をもらってくるな」

ところ構わず当たり散らす昂に、拓也は呆れたように軽く肩をすくめてみせる。

しかし、元樹は顎に手を当てると、きっぱりと告げた。

「…‥…‥いや、それはないだろう。黒峯玄の父親と手を組んだ場合、おまえはリボンの効果を打ち消そうとはせずに、俺達の邪魔をしてくるだろうからな」

「うむ、確かにな」

元樹がふてぶてしい態度でそう答えると、昂は納得したように頷いてみせる。

呆気に取られている拓也に目配りしてみせると、元樹はさらに続けた。

「麻白のリボン、奇妙な杖、そして、舞波との取引か。まるで、別の思惑を隠すために、それらを俺達に注目させているみたいだな」

「そうなのか?」

困惑したように驚きの表情を浮かべる拓也に、元樹は軽く肩をすくめると手のひらを返したようにこう言った。

「まあ、実際のところ、俺もどういうことなのか分からないけどな」

「…‥…‥そうか。やっぱり、このまま、綾花が麻白のリボンを使うのは危険な気がするな」

拓也が顎に手を当てて真剣な表情で悩み始めると、不意に元樹は綾花達が予想だにしなかったことを言い出してきた。

「なあ、舞波。大会までの間に、綾が麻白のリボンを使わずに、姿を一定に保つことができる方法を考え出してくれないか?そして、綾を黒峯玄の父親から徹底的に護ってほしい。それこそ、おまえの魔術がさらなる真価を発揮するくらいにな」

「なるほどな。ついに、我の魔術の真価が問われる時が到来したというわけだな」

真剣な眼差しで視線を床に降ろしながら懇願してきた元樹に、昂は腕を組むとこの上なく不敵な笑みを浮かべながら答えた。

「よかろう!我が必ず、綾花ちゃんを黒峯蓮馬の魔の手から護ってみせるのだ!」

「ありがとうな、舞波。俺達も大会の時に、うまく綾をサポートできるように、いろいろと試行錯誤してみるな」

昂の自信に満ちた言葉に対して屈託なく笑う元樹に、拓也は訝しげに眉をひそめる。

「おい、元樹。どうする気だ?」

「黒峯玄の父親が、何かを企んでいることは間違いない。だから、こちらも、できる限りの手を打っておこうと思う」

「手を打つ?」

予想外の元樹の言葉に、拓也は少し意表を突かれる。

元樹はつかつかと近寄ってきて、拓也の隣に座ると、ぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で言った。

「下手をしたら、黒峯玄の父親の策略で、綾はずっと『黒峯麻白』として振る舞い続けないといけなくなるかもしれない」

「…‥…‥そういうことか」

苦々しい表情で、拓也は綾花の方を見遣る。

目下、一番重要になるのは、黒峯玄の父親の行動だ。

黒峯玄の父親の目的は、綾花を黒峯麻白にすることだ。

綾花を『黒峯麻白』として大会に出場させることを発端として、このまま、綾花を自分のもとに留めておくつもりかもしれない。

それだけは、何としても防がなければならない。

だが、黒峯玄の父親は、魔術の知識やあらゆる情報操作を用いることによって、巧みに自分の都合よく状況を変革することができる。

そんな相手に、元樹はどんな対抗策があるというのだろうか。

「どうすれば、麻白ちゃんの姿を一定に保つことができるというのだ!おのれ~!たかだか、リボンの分際で、ここまで我を翻弄しようとは!」

「ふわわっ、舞波くん。そんなに強く引っ張ったら、麻白のリボンが切れるよ!」

そんな彼らの様子など露知らず、昂はすでに黒峯蓮馬を出し抜く方法を模索してひたすら頭を抱えて悩み始めていた。

姿を一定に保つ方法が思いつかず、リボンに当たり散らす昂に、綾花が少し困り顔でたしなめているのを見ながら、拓也と元樹は二者二様で呆れ果てたようにため息をつくのだった。



こうして、大会前から波瀾の予感を醸しつつ、綾花が黒峯麻白として公式の大会に出場する日は着々と近づいていたのであった。

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― 新着の感想 ―
愛娘を失えば父たるモノ狂いたくもなるものです。致し方ないですかね。冒頭の感じ、目に入れても痛くないというところでしょうか。それはそれとして、拓也や元樹たちも必死です。どうなるのか、続きを楽しみにしてい…
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