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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
憑依の儀式編
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第八章 根本的に彼が持っている魔術書はあてにならない

2月に入ってすぐの投稿です(*^^*)

今回はpixivの方の小説と一緒に投稿しています。

「拓也って、瀬生と付き合い始めたのか?」

「ああ」

腕を頭の後ろに組んで昇降口の壁にもたれかかっていた元樹の問いかけに、拓也はあっけらかんと答えてみせる。

「相変わらず、仲がいいよな、おまえら。まあ、俺は瀬生みたいなおとなしいタイプはあまり好きじゃないけどな」

「おまえの好みなんか、俺は聞いていない」

しれっとした元樹のその口振りに、拓也は過剰なまでに反応した。

語気を荒げてそう叫んだ拓也に、元樹は軽く肩をすくめると手のひらを返したようにこう言った。

「分かった、分かった」

白々しく軽い口調で言う元樹に、拓也は呆れたようにため息をついた。

燦々と降り注ぐ陽の光。歌うように身をすり寄せては奏でられる葉の音色。透き通った空からは夏の訪れを感じさせられた。

それは中学に入ってまだ間もない頃の話だ。拓也は友人の元樹と、綾花と付き合い始めたことを語り合ったことがあった。


決して、変わらない関係だと思っていた。

そして、それはこれからも変わることはないと思っていたーー。






ーーその日は、何かしら不穏な空気に満ちていた。

いつもと同じように、拓也と綾花は駅で待ち合わせて学校近くの駅で降り、ホームを通って改札口を出る。

そして、学校に着くと正門から校舎まで歩き、昇降口から教室へと向かう。

だが、今日はその間、昂が一度も綾花の前に姿を現わさなかった。

必ずといっていいほど、綾花と強引に登校しようとして、昂はいつも拓也からたしなめられていたはずだ。

その昂が今日はまだ、姿を現わさない。

「昂、どうしたのかな?」

「不吉だな」

戸惑うような綾花の言葉に、拓也は緊張で顔を引き締めた。

舞波のことだ。

綾花に上岡を憑依させた時のように、また、ろくでもないことを考えているのかもしれない。

悶々と苦悩していると、そんな不安さえ拓也の頭をもたげてくる。

舞波はいたらいたらで困るのだが、姿を現わさないとさすがに嫌な予感しかしない。

「すまぬ、綾花ちゃん~!」

また良からぬことを考えているのではないか、と思案に暮れる拓也の耳に勘の障る声が遠くから聞こえてきた。

突如、聞こえてきたその声に苦虫を噛み潰したような顔をして、拓也は声がした方向を振り向く。案の定、綾花めがけて廊下を走ってくる昂の姿があった。

躊躇なく思いきり綾花に抱きつこうとしていた昂に、拓也は綾花を守るようにして昂の前に立ち塞がった。

抱きつくのを阻止されて、昂は一瞬、顔を歪ませる。

だがすぐに、昂はそれらのことを全く気にせずに話をひたすら捲し立てまくった。

「昨夜、遅くまで魔術書を読み耽っていて遅くなってしまったのだ!だが、何とか遅刻せずにすんだ!」

「…‥…‥ねえ、昂」

両手をぱんと合わせて謝罪の言葉を述べる昂に、綾花は魔術書と聞くと心配そうに小首を傾げてみせる。

そして、さらに表情を曇らせると、綾花は沈痛な思いで昂に訊ねた。

「…‥…‥また、昂のことだから、変なこと、企んでない?」

「無論だ!…‥…‥まあ、いささか、我の諸事情で言えぬことはあるがな!」

「…‥…‥うっ、あるんだ」

昂が己を奮い立たせるように自分自身に対してそう叫ぶと 、綾花は躊躇うように不安げな顔でつぶやいた。

綾花と昂のやり取りにやれやれと首を振った後、気を取り直したように拓也は鋭い眼差しで昂を見ると話を切り出した。

「舞波。今度の休みに、上岡の家に行こうと思っている。おまえも来るか?」

「我は行かん!!」

拓也の言葉を打ち消すように、昂はきっぱりとそう言い放った。

「行けば、魔術書を没収されてしまうかもしれんではないか!」

「当たり前だ」

昂が心底困惑して叫ぶと、拓也はさも当然のことのように頷いてみせた。

動揺したようにひたすら頭を抱えて悩む昂に、綾花は幾分、真剣な表情で声をかけた。

「…‥…‥あのね、昂。昨日、たっくんと話し合ったんだけど、私、父さんと母さんに進としてちゃんと話をしてみる」

「ほ、本気なのか?進」

「…‥…‥うん」

昂が浮き足立ったように言い募ると、綾花は指先をごにょごにょと重ね合わせるようにして俯くように答える。

愕然とした顔で綾花をまじまじと見つめ直すと、昂は綾花の決断への批判の姿勢を再度、示した。

「進、考えなおすべきだ!そんなことをすれば、間違いなく我が責められることになる!」

「えっと…‥…‥」

気圧される綾花を尻目に、興奮冷めやらぬ昂を押しのけるようにして拓也は言った。

「おい、舞波、もうすぐ授業が始まるみたいだぞ」

「…‥…‥むっ?仕方ない。綾花ちゃん、昼休みにもう一度、話し合おう!」

綾花をかばうようにして立った拓也を見て、昂は不服そうに捨て台詞を吐くと、手を振りながらしぶしぶと自分のクラスへと引き上げていった。

「…‥…‥昂はやっぱり、反対だったね」

そう言う綾花は浮かない顔をしていた。所在なさげに鞄につけたペンギンのアクセサリーをいじっている。

拓也は昂が引き上げていった隣のクラスに視線を向けると、はっきりと言った。

「なあ、綾花。元々、二人で行くつもりだったんだから、舞波には話さなくてもよかったんじゃないのか?」

「…‥…‥でも、昂に話さなかったら、きっと行くのを邪魔してくると思うよ」

どちらにしても妨害しそうだけどな、という言葉は、あえて拓也は呑み込んだ。

代わりにこう告げる。

「まあ、あいつが反対することは、前々から分かっていたことだ。今はそれよりも、上岡の両親にどうやって事の顛末を説明するか考えよう」

「…‥…‥うん。ありがとう、たっくん」

ほんわかな笑みを浮かべて言う綾花を見て、拓也も笑顔を返す。

綾花と拓也も自分のクラスに入ろうとして教室のドアを開けた瞬間、茉莉が突然、綾花にだきついてきた。

「おはよう、綾花」

「ふわっ、ちょ、ちょっと茉莉」

「あっ、井上くんもおはよう」

言いながら、茉莉は軽い調子で右手を軽く上げて拓也に挨拶する。

「俺は相変わらず、綾花のついでか?」

不服そうな拓也の言葉にもさして気にした様子もなく、茉莉は興奮気味に話し始めた。

「ねえ、綾花。昨日はどうしたの?舞波くんに何か弱みでも握られた?」

「えっ?どうして?」

「だって、あんなに嫌悪感を抱いていた舞波くんのこと、呼び捨てにしたり、親しげに話しかけたりしていたら、誰だって何かあったんじゃないかなって思うわよ!」

「あっ!亜夢もそう思った!」

茉莉の疑問にかぶせるように、ひょっこりと綾花の前に姿を現した亜夢が陽気な声で言う。

核心をついてくる鋭い茉莉に、綾花は少し困った顔をして背後の拓也と顔を見合わせた。

茉莉は得意げに人差し指を立てると、さらに言葉を続ける。

「上岡くんの失踪の件といい、舞波くんには絶対、近寄らない方がいいって!」

「でも…‥…‥」

「ほら、星原、霧城、もうすぐ先生が来るぞ」

両拳を突き出して言い募る茉莉に、拓也は呆れたようにため息をつく。

「はいはい」

「むうっ」

拓也の言葉にふて腐れたようにぼやきながらもそそくさと自分の席に戻る茉莉と亜夢に倣って、綾花と拓也も自分の席に座る。

先生が来て始業のホームルームが始まると、綾花は先生によってホワイトボードに書き込まれる懇談会の知らせなどをぼんやりと眺めながら先程の拓也の言葉を思い出していた。

父さんと母さんに、私のことをちゃんと説明しなくちゃいけない。

でも、こんなこと、なんて説明すれば分かってもらえるのかな?

私の中にーー俺がいるってことを。

思考は堂々巡りで、一向に一つの意見にまとまってくれなかった。

どうしたらーー、どう言ったら、分かってもらえるんだろう。

綾花は顔を曇らせて俯くと、ぽつりとそう思った。

「綾花」

左後ろの席に座る拓也が、そんな綾花に対して小声で呼びかけた。

「後で一緒に考えような」

「あっ…‥…‥」

その言葉に、綾花は口に手を当てると思わず唖然として拓也の方を振り返った。

気まずそうに視線をそらした拓也に、不意をつかれたような顔をした後、綾花は穏やかに微笑んだ。

「ありがとう、たっくん」

「ああ」

独り言のようにつぶやいた拓也に、綾花ははにかむように微笑んでそっと俯く。

とその時、不意に感じた横からの視線ーー。

振り返った拓也は、そこで元樹と目が合ってしまう。

途端に元樹はすぐに視線をそらし、一度だけ綾花をちらりと見てから、まるで顔を覆い隠すかのように机に突っ伏した。ふと、綾花を見つめていた時に一瞬だけだが、ほのかに頬を赤く染めていたような気がする。

元樹の一連の行動に一瞬、呆気に取られた拓也だったが、そこで昨日の列車での元樹とのやり取りを連想する。

『俺は今の瀬生の方が好きだな』

昨日から、いやきっとずっと前ーー綾花に上岡が憑依してしまってから、元樹の様子はおかしかったに違いない。

どうしようもなく不安を煽る元樹の態度に、拓也は焦りと焦燥感を抑えることができずにいた。






「綾花ちゃん、お待たせなのだ。それとこれは昨日、忘れていったゲームだ」

「ありがとう、昂」

昼休みーー、今朝とは打って変わってご機嫌な様子でゲームソフトを綾花に手渡した昂を見遣ると、拓也は警戒心をあらわにして訊いた。

「何を企んでいる?」

「何も企んでおらん。何もな」

訝しげな拓也の問いかけにも、昂はなんでもないことのようにさらりと答えてみせた。

拓也はさらに怪訝そうに眉を寄せると、立て続けに言葉を連ねてみせる。

「なら、おまえが機嫌がいいのは昨夜、読んだという魔術書の関係か?」

再び質問を浴びせてきた拓也に対して、何を言われるのかある程度は予測できたのか、昂は素知らぬ顔と声で応じた。

「もちろんだ。『対象の相手の元に移動できる』という魔術を見つけたのでな。それを今朝、早速、実行に移してみたというわけだ。そのおかげで、遅刻せずにすんだ」

「なるほどな。つまり、いつでも上岡の家に行くのを邪魔ができると踏んだから、機嫌がいいわけだ」

「うむ」

苦虫を噛み潰したような拓也の声に、不遜な態度で昂は不適に笑う。

「ーーむっ?」

そこでようやく、昂は自ら自白していたことに気づく。

混乱しきっていた思考がどうにか収まり、昂は素っ頓狂な声を上げた。

「おのれ~!井上拓也!貴様、我に自白させるのが目的だったのだな!」

「おまえが勝手に話しただけだろう!」

昂が罵るように声を張り上げると、拓也は不愉快そうにそう告げた。

「ねえ、昂」

しばらく考えた後、綾花は俯いていた顔を上げると昂に言った。

「どうかしたのか?綾花ちゃん」

「もう一つ、たっくんと話し合ったことがあるんだけど、昂のこと、これからは綾花の時と同じように『舞波くん』って呼ぼうと思うの」

「な、何故だ!?」

予想もしていなかった衝撃的な言葉に、昂は絶句する。

彼女が発したその言葉は、昂にとって到底受け入れがたきものであった。

「…‥…‥だって、茉莉も亜夢もみんな、昂に弱みでも握られているんじゃないかって心配している…‥もの…‥…‥」

言葉に詰まった綾花は顔を真っ赤に染め、もういっそ泣き出しそうだった。

綾花の決意の固さに、一瞬、昂がたじろいた。

それでも必死に、昂は理由をひねり出そうとする。

「よ、弱みなど、握られてはいないではないか。綾花ちゃん、そんなこと、気にせず堂々としていれば…‥…‥」

説得を試みようとして、だが、その声は昂の喉の奥で尻すぼみに消えてしまった。それは綾花の表情を見たからだ。綾花が涙を潤ませているのを、確かに昂は目撃したのだ。

昂は焦ったように言った。

「…‥…‥むむっ、わ、分かったのだ、綾花ちゃん。ただし、条件がある」

「条件?」

戸惑った顔で、綾花は昂の顔を見た。

昂は頷くと、綾花にこう告げる。

「水族館のデートの時、綾花ちゃんは我に言っていたな。進としては振る舞えないと」

「うん」

眉根を寄せて、綾花は視線を手元に落とす。くるんと巻かれたサイドテールが、ふるふると首を振った動作に合わせて揺れる。

「我とてもう、あの時、綾花ちゃんが告げたとおり、綾花ちゃんも進もどちらも綾花ちゃんだと思っている。だが、やはり、たまには進として振る舞ってほしいと思う時があるのだ」

「…‥…‥昂」

「もちろん、綾花ちゃんが進として振る舞ってくれるというのなら、進の家に行くこともまあ、善処してやってもよい」

綾花は即答できなかった。

進として振る舞ってほしいと言われても、どうしたらいいんだろう?

また、あの時のように、たっくんを悲しませてしまうかもしれない。

切羽詰まったような表情で、綾花が拓也に視線を向ける。

すると拓也は綾花から顔を背けて、沈痛な面持ちで言った。

「…‥…‥俺は嫌だ。綾花には…‥…‥綾花のままでいてほしい」

「…‥…‥うん」

拓也の嘆き悲しむ姿に、綾花はどうしようもない気持ちになって言葉を濁らした。

そんな綾花に、拓也は綾花の手をつかむとはっきりと言った。

「だけど、綾花がこれから進として上岡の家に行くというのなら、俺はできる限りの協力をする。たとえ、その時にーーいや、それ以外の時でも進として振る舞ってしまったとしても、俺が何度でも元の綾花に戻してやる!だから、これからもずっとそばにいてほしい。ーー綾花のことが好きだから! 」

拓也がそう告げるや否や、綾花は拓也にしがみついてこう言ってくれた。

「うん、たっくん、ありがとう!」

「うむ。綾花ちゃん、我にも感謝するべきだ」

「ふわっ、ちょ、ちょっと昂」

それだけ言い終えると、ついでのように昂が綾花の背中に抱きついてきた。

「おい、舞波!綾花から離れろ!」

「我は綾花ちゃんから離れぬ!」

ぎこちない態度で拓也と昂を交互に見つめる綾花を尻目に、拓也は綾花から昂を引き離そうと必死になる。だが、昂は綾花にぎゅっとしがみついて離れようとしない。

激しい剣幕で言い争う拓也と昂に、綾花は身動きが取れず、窮地に立たされた気分で息を詰めていたのだった。


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[良い点] どこまでも迷惑な昴君ですが、さらなる迷惑な方向に努力し、パワーアップしているのが凄いですね。リアルに生きていても、考え方がまるで理解出来ない相手もいますから。昴君のような子に振り回されるの…
[一言] 昴は欲望に真っ直ぐなところがある意味で魅力でしたけど、ここまで来ると別の感情が芽生えてきますね。子供を失った親友の両親の事を何も考えていないというか、高校生だかは責任感が薄いのでしょうか。 …
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