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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
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番外編第二十二章 根本的に彼女にささやくあの声は

「彼らを追わなくていい」

それは、先程まで彼らを包囲していた警備員達にとって、全く予想だにしていなかった言葉だった。

今の今まで、黒峯麻白を誘拐した人物達をどうするかに対して、ひいては彼らの行き先について、黒峯玄の父親と警備員達は意見をぶつけあっていたはずだ。

それが一体、どうしてそういう話になったのか?

全く理解できなかった警備員の一人が、率直に玄の父親に聞いた。

「よろしいのでしょうか?」

だが、玄の父親はそんな警備員の言葉にまるで頓着せずに携帯を取り出すと、社長室に残っていた秘書と連絡を取り合う。

「作戦を、第二段階に移行する。君は、彼女に宿っている、麻白の人格断片ーー麻白の心の強化を試みてくれないか。そして舞波に、例の書類を渡してほしい」

そう告げて携帯を切ると、周囲に目を配りつつ、玄の父親は厳かな口調で先程の警備員に指示を告げる。

「家に戻る。今すぐ、車を配備してほしい」

「かしこまりました」

あまりに自然かつ素早い反応をした玄の父親は一度、目を閉じると、速やかにその場を後にしたのだった。






「我の魔術で、ついに黒峯蓮馬を出し抜いたのだ!」

綾花達をワゴン車ごと救い出した昂は、誇らしげにそう言い放った。

「舞波のおばさんから聞かされた時は半信半疑だったが、まさか、本当に『対象の相手の元に移動できる魔術』でワゴン車ごと、合流場所に移動させるとはな。相変わらず、舞波の魔術はすげえ強引だよな」

「我なりのやり方だ」

呆れた大胆さに嘆息する元樹に、昂は大げさに肩をすくめてみせる。

「そんなことより、我はついにーーついに、綾花ちゃんをもとに戻す方法を見いだしてしまったのだ」

ワゴン車内で警戒するように辺りを見渡した後、ほんの少し前に、昂の父親が玄の父親の書斎で手に入れたばかりの書類を鞄から取り出すと、昂は嬉しそうに含み笑いした。

「うおおおおおおっ!」

昂は書類を超スピードでめくりながら、ひたすら絶叫する。

拓也達と合流した後、昂の父親とともワゴン車に乗り込んだ昂は、玄の父親の書斎で手に入れた書類を吟味し続けていた。

あまりにも怪しすぎて、近くにいた拓也達から思いっきり冷めた眼差しを向けられ、昂のいる場所自体が必然的に避けられていたことにも気づかずに、昂は先を続ける。

「…‥…‥ふむふむ、なるほどな。なんということだ! 我としたことが、このような重大な黙示録が書かれた魔術の知識というものを、つい最近まで知らなかったとは!」

そう語りながら、昂は隅々まで書類を凝視する。

そして最後まで読み終えると、昂は書類を見つめながら拳を震わせて興奮した口調で言った。

「うむ。これで、綾花ちゃんは今度こそ、もとの姿に戻れるはずだ!」

得意げにぐっと拳を握り、天に突き出して、昂は誰かに宣言するかのように高らかに言い放った。知らず知らずのうちに胸が湧き踊る。

「…‥…‥そ、そうなんだな」

きっぱりと告げられた昂の言葉に、綾花はようやく、ほっとしたように安堵の表情を浮かべる。

「あのな、井上、布施、昂、そして、おじさん、おばさん」

しばらく考えた後、綾花は俯いていた顔を上げると拓也達に言った。

「綾花、どうかしたのか?」

「綾?」

「どうかしたのか?綾花ちゃん」

「もとに戻れる方法を探してくれてありがとうな」

首を傾げる拓也達に対して、綾花が輝くような笑顔を浮かべる。

そんな彼女の姿を目撃して、拓也は照れくさそうに、そして付け加えるように言った。

「綾花。舞波の家にたどり着いたら、すぐにもとの姿に戻れるからな」

「ああ。ありがとうな、井上」

拓也の何気ない励ましの言葉に、綾花は嬉しそうに笑ってみせる。

そんな中、昂はまっすぐに綾花の髪に結わえられたリボンを見つめると、にんまりとほくそ笑む。

「うむ。綾花ちゃんの姿がもとに戻ったら、あのリボンは何度か、調べてみる必要がありそうだ」

昂は書類に向かって無造作に片手を伸ばすと、抑揚のない声できっぱりと告げた。

「だが、これで綾花ちゃんは今度こそ、我を見直し、惚れ直すはずだ!そして、綾花ちゃんは、偉大なる我の花嫁となりうるであろう!」

昂の視線はすでに目の前の書類を突き抜けて、教会の下、タキシード姿の自分とウェディングドレス姿の綾花との結婚式の想像図へと飛んで行ってしまっていた。

相変わらず、昂の行動原理はかくも難解で、時に過激ではあった。

だが、綾花の髪に結わえられていた、白いリボンを調べるーー。

この行動が、後にとんでもない騒動の引き金になるとは、この時の彼には知るよしもないことだった。






昂の父親が、玄の父親の書斎で発見した魔術の知識が書かれた書類のおかげで、綾花は黒峯麻白の姿からもとの姿に戻ることができた。

だが、その翌日ーー。

ーーその日は、何かしら不穏な空気に満ちていた。

いつもと同じように、拓也と綾花は駅で待ち合わせて学校近くの駅で降り、ホームを通って改札口を出る。

そして、学校に着くと正門から校舎まで歩き、昇降口から教室へと向かう。

だが、今日はその間、昂が一度も綾花の前に姿を現わさなかった。

必ずといっていいほど、綾花と強引に登校しようとして、昂はいつも拓也からたしなめられていたはずだ。

その昂が今日はまだ、姿を現わさない。

「舞波くん、どうしたのかな?」

「不吉だな」

戸惑うような綾花の言葉に、拓也は緊張で顔を引き締めた。

舞波のことだ。

綾花がもとに戻ったことをきっかけに、また、ろくでもないことを考えているのかもしれない。

悶々と苦悩していると、そんな不安さえ拓也の頭をもたげてくる。

舞波はいたらいたらで困るのだが、姿を現わさないとさすがに嫌な予感しかしない。

「すまぬ、綾花ちゃん~!」

また良からぬことを考えているのではないか、と思案に暮れる拓也の耳に勘の障る声が遠くから聞こえてきた。

突如、聞こえてきたその声に苦虫を噛み潰したような顔をして、拓也は声がした方向を振り向く。案の定、綾花めがけて廊下を走ってくる昂の姿があった。

躊躇なく思いきり綾花に抱きつこうとしていた昂に、拓也は綾花を守るようにして昂の前に立ち塞がった。

抱きつくのを阻止されて、昂は一瞬、顔を歪ませる。

だがすぐに、昂はそれらのことを全く気にせずに話をひたすら捲し立てまくった。

「昨夜、遅くまで麻白ちゃんのリボンを調べていて遅くなってしまったのだ!だが、何とか遅刻せずにすんだ!」

「…‥…‥ねえ、舞波くん」

両手をぱんと合わせて謝罪の言葉を述べる昂に、綾花は麻白のリボンと聞くと心配そうに小首を傾げてみせる。

そして、さらに表情を曇らせると、綾花は沈痛な思いで昂に訊ねた。

「…‥…‥麻白のリボンって、私が持っていたら、ダメかな?」

「む、無論だ!…‥…‥あのリボンは、黒峯蓮馬が綾花ちゃんを麻白ちゃんにするために用意したものだ。リボンを取ることができたとはいえ、麻白ちゃんの心の一部はまだ、綾花ちゃんに宿っている。綾花ちゃんが再び、リボンを持ったら、綾花ちゃんに何らかの影響を及ぼす可能性があるのだからな!」

「…‥…‥うん」

昂が己を奮い立たせるように自分自身に対してそう叫ぶと 、綾花は躊躇うように不安げな顔でつぶやいた。

綾花と昂のやり取りにやれやれと首を振った後、気を取り直したように拓也は昂を見ると話を切り出した。

「舞波。綾花を、もとに戻してくれてありがとうな」

「き、貴様、どういう風の吹き回しだーー!!」

拓也の言葉を打ち消すように、昂は拒絶するように両手を前に突き出すと、きっぱりとそう言い放った。

「貴様が、我に感謝するなど、今までほとんどと言っていいほど、なかったではないか!」

「当たり前だ」

昂が心底困惑して叫ぶと、拓也はさも当然のことのように頷いてみせた。

動揺したようにひたすら頭を抱えて悩む昂に、綾花は幾分、真剣な表情で声をかけた。

「…‥…‥あのね、舞波くん。昨日も言ったんだけど、もとの姿に戻してくれてありがとう」

「むっ、当然ではないか。我は、綾花ちゃんと約束したのだからな。綾花ちゃんを、黒峯蓮馬の魔の手から護ってみせる、と」

「…‥…‥舞波くん、ありがとう」

予想外の昂の言葉に、綾花は嬉しそうに可憐な笑みを浮かべて昂を見ていた。

「それに、いまや綾花ちゃんは我の彼女なのだからな」

「おい」

昂は腰に手を当てて、得意げに胸を反り返らせる。

その言葉にだけ抗議の視線を送る拓也に対して、不意に昂はあることに気づき、訝しげに周囲を見渡し始めた。

「そういえば、貴様とともに我を邪魔してくる、あの布施元樹という不届き千万な輩はどうしたのだ?」

「元樹なら、今日は朝練だ」

「なるほど」

得心したように頷きながら、昂は言った。

「我に恐れをなして、潔く身を引いたというわけだな」

得意絶頂で自分の妄想を語り続ける昂のその様子を、拓也は唖然とした表情のまま、じっと見つめていた。

陸上部の朝練と聞いただけで、身を引いたと結論づける昂のズレた思考回路に拓也は辟易してしまう。

「そんなわけないだろう」

突然の展開についていけず、拓也はなんとも言い難い渋い顔をした。

しかし、昂は拓也の声に耳を傾けようとはしなかった。

「綾花ちゃんは、やはり我と結ばれる運命だったのだ。ーーなにしろ、綾花ちゃんとあかりちゃんは、我の将来の結婚相手なのだからな」

「ええっ!?」

あれよあれよと進んでいく昂の話に、当事者である綾花は取り残されていた。

その後、綾花達の教室にたどり着くまで、昂は延々と一方的に口を動かし続けようとする。

そんな中、綾花は不思議そうに小首を傾げていた。

「…‥…‥うーん。朝から、麻白のリボンのことがすごく気になるんだけど、これって麻白の心の一部が宿っている影響なのかな?」

そうつぶやいた瞬間、奇妙な想いが、綾花の脳内にぽつりと流れ込んでくる。


『あたしのリボンがない』


昂の一人語りを背景に、綾花はほんの少しだけ寂しそうな笑みを浮かべると、窓に視線を向けてこう言った。

「リボンが取れて良かったはずなのに、リボンがなくなって…‥…‥悲しい」

綾花がぽつりとつぶやいた独り言は、誰の耳にも届くことはなかった。

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― 新着の感想 ―
もとに戻すというなら、本当に元通りにしてほしいはずのところ、とりあえず、一歩前くらいまでのところで満足させられている人々が面白かったです。昴の暴走に慣れてしまって、少し感覚が、なんというかそっちよりに…
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