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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
72/446

番外編第十九章 根本的にどうしてこうなった

ーーその瞬間、彼女は、彼の目の前から消えた。


「ーーっ」

突如、起こった不可解な現象に、黒峯玄の父親は眉をひそめる。

玄の父親は書斎のドアの鍵が完全に閉まっていることを確認すると、先程まで麻白がいた方へと視線を向けた。

一瞬前まで確かにそこに立っていたはずの麻白は、影も形もなくなっていた。

「…‥…‥魔術、か」

麻白が消えた事情を察して、玄の父親は忌々しそうにつぶやいた。

事情を察すると同時に、玄の父親は書斎を出る。そして、リビングに入ると、自身の家族と息子のチームメイトである、浅野大輝に事の次第を説明し始めた。

「…‥…‥みんな、すまない。私は失われた麻白の記憶を取り戻そうとしたのだが、麻白は記憶を取り戻すのを怖がって、家から飛び出していってしまった。そして、魔術の効果がきれて、そのまま消えてしまったらしい」

「麻白が!」

「なっ!」

その矛盾した事実、真実のような嘘を紡ぐ玄の父親に、玄達は驚愕してしまう。

玄の父親から、麻白が消えてしまった理由を聞かされた玄と大輝は、動揺したようにリビングを右往左往する。

玄の父親は説明を終えると、一人、口元を押さえ、今にも泣き出しそうに悲愴な表情を浮かべている玄の母親と向き合った。

「あ、あなた、何故、そんなことを麻白にしたの?」

「…‥…‥すまない」

玄の母親は玄の父親に視線を向けると、悲しげにぽつりとつぶやいた。

玄の父親は、そんな彼女を自身のもとへとそっと抱き寄せる。

「…‥…‥予定どおりだ」

困惑する家族と大輝をよそに、外見どおりの透徹した空気をまとった玄の父親は、冷たい声でそうつぶやく。

「後は、麻白がここに戻ってくるように仕向ければいい」

玄の父親は、どうしようもなく期待に満ちた表情で、ただ事実だけを口にした。


そして、それは翌日、実際に現実へとなり得たーー。






『麻白ちゃんの身柄は我が預かった!返してほしければ、今すぐ麻白ちゃんが入院していた総合病院まで来るのだな!』

それは何の前触れもなく、唐突に黒峯玄の家族に布告された。

彼が発した強烈な檄は、少なくとも黒峯玄達家族と、そしてーー黒峯玄のチームメイトである、浅野大輝をも震撼させるに至ったのである。

『ちなみに言っておくが、警察に今回のことを知らせてはならぬ。もし、我が警察に捕まるなどということが起これば、我の魔術で生き返させている麻白ちゃんとは今後一切、会えなくなるのだからな!』

『ーーげ、玄、大輝、父さん、母さん!』

それを聞いて悲鳴を上げる麻白をよそに、黒コートの少年は不遜な態度で腕を組むと不適に笑う。

「「ーーま、麻白!!」」

「あ、あなた、麻白が!」

「…‥…‥ああ」

映像に映し出された内容を見て、黒峯玄と浅野大輝が取り乱し、玄の父親が狼狽える玄の母親を慰める。

先程、送られてきたという、玄の父親の携帯の動画メールに映し出されていたのは、黒コートに身を包んだ、怪しげな格好をした少年と、ひもで手足を結ばれて捕らえられている様子の黒峯麻白の姿だった。

ーー麻白が誘拐された。

学校から大輝とともに帰宅した後、その報が父親よりもたらされた時、玄は文字どおり、愕然とした。

麻白と会えるのは、父親が告げた特定の日ーーしかも、ほんの少しの間だけだ。

そして、麻白は俺達家族と大輝以外の記憶が欠落している。

だが、それでも、これからは度々、麻白に会うことができるはずだった。

このような出来事さえ、起こらなければーー。

「…‥…‥麻白」

「玄、行こうぜ!」

玄がそう口にした途端、大輝の表情が明確な怒りに引きつった。

「…‥…‥大輝?」

怪訝そうな顔をする玄に、大輝はソファーから立ち上がると、意識して表情をさらに険しくする。

「麻白がせっかく生き返って戻ってきたっていうのに、魔術で生き返させたか知らないが、あんな怪しい奴に麻白を奪われてたまるかよ!」

「…‥…‥ああ、そうだな」

大輝が不服そうに投げやりな言葉を返すと、ようやく玄は決意の意思を如実にこめて、拳を強く握りしめてみせたのだった。






元樹が提案した間接的な協議交渉とは、どういったものなのかーー。


綾花と昂の偽の誘拐騒動が始まってすぐに、拓也は元樹が口にした言葉の意味を理解した。

間接的な協議交渉という名の一環ーーそれは、偽りの『黒峯麻白の誘拐』だった。

古びた物置小屋の前で、ワゴン車を止めておこなわれた、とっておきのイリュージョンーー。

あえて誘拐を装うことによって、黒峯玄の父親に綾花のーー宮迫琴音の記憶操作が完了しているように錯覚させる。

その上で、綾花を黒峯麻白の姿からもとに戻すように仕向けるのが、今回の作戦の大まかな流れなのだろう。

だが、まるで本当に誘拐したような演技を繰り広げている二人を見て、拓也は思わず頭を抱えたくなってしまう。

「…‥…‥ハメを外しすぎだ」

押し殺すような拓也の声に応えるように、元樹はやれやれと呆れたように眉根を寄せた。

「相変わらず、舞波の演技はすげえ強引だな」

「我なりのやり方だ」

呆れた大胆さに嘆息する元樹に、動画の収録を終えた昂は大げさに肩をすくめてみせる。

「後は、こちらの作戦に乗って、 黒峯玄の父親のみがマンションに留まってくれていたらいいんだけどな」

「…‥…‥そうだな」

まるで苛立つように意識して表情を険しくした元樹を尻目に、拓也は顎に手を当て思案し始める。

前回、黒峯玄の父親は徹頭徹尾、黒峯麻白のために行動を起こしていた。

恐らく今回も、黒峯玄の父親はありとあらゆる手段を用いて、黒峯麻白の姿をした綾花を自身のもとに留めようとしてくるだろう。

まさに、俺達の思いもよらない方法ーー舞波さえも知らない魔術の知識やあらゆる情報操作を用いてかーー。

「なあ、綾花ーー」

「うむ。心配するな、綾花ちゃん」

拓也が不安そうな表情を浮かべている綾花に声をかけようとした矢先、不意に昂の声が聞こえた。

拓也が昂がいる方向に振り向くと、昂は一呼吸置いてから意気揚々にこう告げた。

「我がセッティングした素晴らしい作戦で必ず、もとの姿に戻してあげるのだ!」

「…‥…‥あのな、元樹の作戦だろう」

刺すような拓也の言葉に、昂は薄く目を細める。

「否、我の作戦だ!」

「…‥…‥おい」

「…‥…‥白々しいにもほどがあるな」

大言壮語な昂に対して、拓也と元樹は露骨に嫌そうな顔をする。

そこから、しばし拓也達と昂の視線での攻防戦が続いた。

「ううっ~」

睨み合う三人をよそに、黒峯麻白の姿をした綾花は困り果てたように、ワゴン車の前で立ち往生していた。頭を悩ませるように、ワゴン車の後部座席に置いていたペンギンのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

「ペンギンさん、きっと大丈夫だよね」

独り言のようにぽつりとつぶやくと、綾花は後部座席に座り、ペンギンのぬいぐるみを抱きかかえたまま、どこか切なげな表情で窓の外を眺めていた。

そうしてようやく、何度目かの躊躇いの後、綾花は立ち上がり、ペンギンのぬいぐるみを後部座席に置くと、ワゴン車の前で大きく深呼吸する。そして、次の行動を間違えないように復唱し始めた。

「父さん、お願いしたいことがあるの…‥…‥ってなんか、誘拐されたのとは違う感じだよね」

小さな呟きは、誰にも聞こえない。

ほんの少しの焦燥感を抱えたまま、綾花は遠い目をする。

これから、黒峯麻白の姿で玄の家に行くとあって、綾花は若干、緊張感をみなぎらせていた。

間接的とはいえ、今回の協議交渉で、玄の父親から、もとに戻る方法を聞き出さないといけない。

後に、進としてーー宮迫琴音として振る舞うことになるのだが、それまでは綾花が玄の父親と話すことになる。

綾花としては、これからも自分が黒峯麻白として振る舞うことで、少しでも玄の家族が元気になればいいなと思っている。

しかし、前回の作戦では、玄の父親と話し合うことさえも出来ず、綾花は黒峯麻白の姿から、もとに戻れなくなってしまったのだ。

どうして、こんなことになっちゃったんだろう。

一転として混沌と化す現実を前に、綾花は顔を曇らせて俯くと、ぽつりとそう思った。

そんな中、今にも泣き出しそうな綾花の頭を、拓也はため息を吐きながらも、いつものように優しく撫でてやった。

「綾花、絶対に、もとの姿に戻してやるからな」

「心配するなよ、綾。何か困ったことがあったら、すぐに俺達が助けるからさ」

「綾花ちゃん、大船に乗ったつもりで、我に全てを任せるべきだ!」

「…‥…‥うん。ありがとう、たっくん、元樹くん、舞波くん」

拓也と元樹と昂の何気ない励ましの言葉に、綾花はようやく顔を上げると嬉しそうに笑ってみせる。

「さあ、黒峯玄の父親との協議交渉に行くか」

「…‥…‥うん」

綾花の花咲くようなその笑みに、拓也は吹っ切れた表情を浮かべて一息に言い切った。

「瀬生さん、そして進くん」

「…‥…‥えっ?」

そんな中、近くの自動販売機で、みんなの飲み物を買っていた昂の母親は意を決したように綾花の方を振り向くと、神妙な面持ちで話し始めた。

「本当に、いろいろなことに巻き込んじゃってごめんね」

突如、昂の母親が丁重に頭を下げてきたので、綾花は虚を突かれたように瞬いてしまう。

困惑する綾花に対して、昂の母親は唇を強く噛みしめると、立て続けに言葉を連ねた。

「勝手なお願いかもしれないけど、黒峯さんを恨まないであげてほしい。黒峯さんは今はただ、娘さんのことしか見えていないだけだろうから」

昂の母親が、黒峯麻白の姿をした綾花に黒峯玄の父親のことで頼んでくる図は、端から見たら、なにかしら奇妙な光景ではあった。

しかし、そうしたことは全く気に留めずに、綾花は頷いてみせた。

「うん、もちろんだよ!」

「ありがとうね」

あくまでも進らしい綾花の言葉に、昂の母親はほっと安堵の息を吐くと優しく話しかける。

「それじゃ、そろそろ、黒峯さんの家に行こうかね」

「うん」

こうして、自動販売機で購入した飲み物を気にしながら、綾花は昂の母親に連れられて、ワゴン車の前で待ち構えていた拓也達とともに黒峯玄が住んでいるマンションへと向かったのだった。

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― 新着の感想 ―
黒峯さんはどこか憎めませんものね。それでいて、昴の憎たらしさといったら、堂に入っていてさすがでした。本当に誘拐されたようにしか見えませんし、事の全ての発端は昴であることは揺らがないですものね。横恋慕し…
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