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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
71/446

番外編第十八章 根本的に彼女にコネクトする

「元樹、どういうことだ?」

「ーーああ。だけど、それを説明する前に、綾」

拓也の疑問に、一旦、言葉を途切ると横に流れ始めた話の手綱をとって、元樹が鋭く目を細めて告げた。

「試しに、上岡として振る舞ってくれないか?今のーー黒峯麻白の姿の綾が、上岡として振る舞えるのか、確認しておきたいんだ」

核心を突く元樹の言葉に、綾花は思わず目を見開く。

今の綾が、いつものように上岡として振る舞えるのかーー。

恐らくそれが、この作戦で最も重要なことだろう。

今の綾が、上岡として振る舞えなければ、間接的とはいえ、黒峯麻白の姿をした宮迫琴音として、黒峯玄の父親との交渉の場に姿を見せるのは危険だからだ。

元樹の言葉に、綾花は複雑そうな表情で視線を落とすと熟考するように口を閉じる。

少し間を置いた後、綾花は顔を上げると真剣な眼差しでこう言った。

「うん、やってみる」

「なっ、綾花、上岡として振る舞えるのか?」

「今はあかりに憑依していないから、多分、大丈夫だと思うのーー」

拓也の言葉に綾花がそう答えた途端、麻白の姿をした綾花の表情は先程までのほんわかとした綾花の表情とはうって変わって、進のそれへと変わっていた。

「黒峯麻白の姿でも、上岡として振る舞えるんだな」

「ああ、大丈夫みたいだ」

元樹があっけらかんとした口調で言ってのけると、綾花はてらいもなく頷いてみせた。

「元樹、何をするつもりだ?」

拓也が意味を計りかねて元樹を見ると、元樹は眉を寄せて腕を頭の後ろに組んでから言った。

「…‥…‥黒峯玄の父親は、俺達の予想以上に一筋縄ではいかない相手だ。下手をすると、また、俺達の裏をかかれることになるかもしれない」

「うむ、確かにな」

元樹がふてぶてしい態度でそう答えると、昂は納得したように頷いてみせる。

呆気に取られている拓也に目配りしてみせると、元樹はさらに続けた。

「だからこそ、今回は間接的に協議交渉をしようと思う。そしてその際、黒峯麻白の姿をした綾を再び、黒峯玄の父親に会わせるつもりだ」

「「ーーっ」」

「むっ?」

元樹が再び、客観的方法を提案してきた事実よりも、その方法を提案してきたということに、拓也と綾花はーーそして隣で二人の会話を聞いていた昂は衝撃を受けた。

黒峯麻白の姿をした綾花と黒峯玄の父親を対面させるということは、黒峯玄の父親が再び、綾花に危害を加える可能性が増すことに繋がる。

間接的とはいえ、舞波さえも知らない魔術の知識を持っている黒峯玄の父親に、いきなり、今の綾花を会わせるのは危険ではないだろうかーー。

拓也の思考を読み取ったように、元樹は静かに続けた。

「…‥…‥俺は、黒峯玄の父親との協議交渉には、黒峯麻白の姿をした綾を立ち会わせるべきだと思う」

「なっーー」

断固とした意思を強い眼差しにこめて、はっきりと言い切った元樹に、拓也は今度こそ目を見開いた。

咄嗟に、拓也が焦ったように言う。

「はあ?元樹、なに言っているんだ?」

「拓也も分かっているだろう?」

元樹の即座の切り返しに、拓也は元樹が何を告げようとしているのか悟ったように、ぐっと悔しそうに言葉を詰まらせる。

「今回の交渉次第では、黒峯麻白が退院した後も、黒峯麻白の姿をした綾を黒峯玄の父親達に会わせることになるかもしれない。ならば、今のうちに綾に会わせて、相手の手の内を少しでも知る必要があるんじゃないのか」

それにさ、と元樹は言葉を探しながら続けた。

「綾をもとに戻すための交渉をするのに、綾が立ち会わなかったら、それを理由に交渉自体を断られそうだからな」

何のひねりもてらいもない。

そう思ったから口にしただけの言葉。

目を丸くし、驚きの表情を浮かべた拓也を見て、元樹は意味ありげに綾花に視線を向ける。

「…‥…‥布施」

綾花は、予想もしていなかった元樹の言葉に呆然としていた。

元樹は軽く息を吐くと、気まずそうに小首を傾げている綾花の前に立った。

「…‥…‥綾、今回も、すげえ不安にさせることを言ってしまってごめんな。だけど、俺も拓也と舞波と同じで、綾がこれ以上、黒峯玄の父親の策略で傷つくのを見たくない」

「…‥…‥っ」

元樹の強い言葉に、綾花が断ち切れそうな声でつぶやく。

そんな綾花に、元樹は真剣な表情を収めて屈託なく笑うと意味ありげに続ける。

「心配するなよ、綾。今回の作戦では、綾は記憶操作のリボンで黒峯麻白にされていることにする」

「麻白に?」

意外な提案に少し困惑気味な綾花に対して、元樹はあくまでも真剣な表情で頷いた。

「ああ。そうすれば、黒峯玄の父親もこれ以上、綾に記憶操作を施そうとはしてこないだろうしな」

「なるほどな。再び、相手の作戦を逆手に取るわけか」

苦々しい表情で、拓也は隣に立っている綾花の方を見遣る。

確かに、綾花が完全に『黒峯麻白』になったと知れば、黒峯玄の父親がこれ以上、綾花に危害を加えてくる可能性は減るかもしれない。

だが、しかし、今度は黒峯麻白になった綾花を手に入れようとしてくるのではないだろうかーー。

「なあ、元樹ーー」

「うむ。心配するな、綾花ちゃん」

拓也がそのことを元樹に伝えようとした矢先、不意に昂の声が聞こえた。

拓也が昂がいる方向に振り向くと、昂は一呼吸置いてから意気揚々にこう告げた。

「今度こそ、我の魔術で黒峯蓮馬を返り討ちにしてくれよう。そして、綾花ちゃんを護ってみせるのだ!」

「…‥…‥昂、ありがとうな」

きっぱりと告げられた昂の言葉に、綾花はほっとしたように安堵の表情を浮かべると微かに笑ってみせる。

昂の言葉に綾花が輝くような笑顔を浮かべるのを目撃して、拓也は何かを決意するように、そして付け加えるように言った。

「綾花、何か困ったことがあったら、今度は必ず、駆けつけるからな。黒峯玄の父親には、綾花を渡さない」

「俺も、出来る限りの対策を練ってみるな」

「ああ。ありがとうな、井上、布施」

拓也と元樹の何気ない励ましの言葉に、綾花は嬉しそうに笑ってみせるのだった。






黒峯玄の父親との協議交渉に、黒峯麻白の姿をした綾を立ち会わせるーー。

しかし、それは想像していた以上に難解で困難極まりないことなのだと、拓也は痛感させられていた。

なにしろ、記憶操作のリボンの影響で、綾花は完全に黒峯麻白になったように振る舞わなければならない。

そして、黒峯玄の父親は舞波さえも知らない魔術の知識やあらゆる情報操作を用いることによって、巧みに自分の都合よく状況を変革することができる。

綾花が黒峯麻白の姿から戻れなくなってしまった翌日、拓也はそれを嫌というほど実感することになった。

「おまえは一体、何がしたいんだ?」

翌日、みんなで学校を休み、綾花をもとに戻すための協議交渉をするために、拓也と綾花は列車で目的の場所へと向かっていた。

元樹はワゴン車の運転を頼んだ昂の母親と、今回の作戦の段取りを済ましてから来ることになっている。

かたことと揺れる列車の車内で窓の外を通り過ぎる住宅地やショッピングモールなどの景色を眺めながら、拓也は拳を強く握りしめて唸った。

「ううっ~」

その後ろで、目深まで帽子を被り、眼鏡をかけた黒峯麻白の姿をした綾花は列車の中で身を縮め、何とか拓也と同じ手すりに掴まりながらも不安そうにーーだけどそれに触りたそうにじっと見つめている。

拓也は不満そうに額に手を当てると、薄くため息をついてその人物の方へと振り返った。

「何故、そんな格好でここにいる?」

拓也の問いかけに、その人物ーー昂はこの上なく不敵な笑みを浮かべながら答えた。

「前に告げたであろう!綾花ちゃんが行くのなら、どこにでも我は行くと!綾花ちゃんの行動パターンは前もって、全て下調べ済みだ!」

「…‥…‥そういうことじゃない」

居丈高な態度で大口を叩く昂に、拓也は低くうめくようにつぶやいた。

「何故、また、そんな格好で列車に乗っているんだ!」

拓也の目の前で腕を組んでいる昂は、何故かペンギンの着ぐるみを被っていた。

「決まっているではないか!昨日の件で落ち込んでいる綾花ちゃんに元気を取り戻してもらうために、綾花ちゃんの好きなペンギンの格好をしているだけだ!」

昂は綾花に向かって、無造作に片手を伸ばすとそう叫んだ。

二人と対峙する昂の物言いは相変わらず、尊大不遜な態度が際立っている。

それを聞いてげんなりとする拓也をよそに、昂はますます誇らしげに胸を張って、得意げに言葉を続ける。

「それに我は、黒峯蓮馬に顔が知れておるからな。既に、我や綾花ちゃん達を特定できないように魔術で小細工しているが、黒峯蓮馬との協議交渉をおこなうまでの、念のためのカモフラージュというものだ」

「つまり、おまえは黒峯玄の父親との協議交渉まで、その姿でいるつもりなのか?」

「もちろんだ!」

「…‥…‥おい」

昂が己を奮い立たせるように自分自身に対してそう叫ぶと、拓也は頭を抱えてうめいた。

黒峯玄の父親との協議交渉は、黒峯玄の父親に顔が知れている昂と黒峯麻白の姿をした綾花がおこなうことになっていた。

確かに、元樹が告げたとおり、綾花をもとに戻すための重大な役目を舞波が握っているかもしれないが、もう少し危機感を持ってほしい。

しみじみと感慨深く拓也が物思いに耽っていると、不意に綾花が少し真剣な顔で声をかけてきた。

「…‥…‥ごめんね、たっくん、舞波くん」

「何がだ?」

前に立っている拓也が怪訝そうに首を傾げると、綾花は躊躇うように不安げな顔で言葉を続けた。

「…‥…‥今日、学校だったのに、こんなことに巻き込んじゃってごめんね」

「ああ、何だ。そのことか」

一点の曇りもなくぽつぽつとつぶやく綾花に、拓也は一瞬、先程の問題のことを忘れて思わず、ふっと息を抜くように笑う。

「気にするな。俺も元樹も舞波も、それに綾花の両親、上岡の両親、舞波の両親も、綾花が無事にもとに戻れることを望んでいる。それになにより、大好きな綾花のーー」

ためだ、そこまで言う前に。

突然、綾花は今にも泣き出してしまいそうな表情で、拓也に勢いよく抱きついてきた。

反射的に、綾花を抱きとめた拓也は、思わず目を白黒させる。

「…‥…‥綾花?」

いつもどおりの花咲くようなーーだけど、少し泣き出してしまいそうな笑みを浮かべる綾花に戸惑いとほんの少しの安堵感を感じながら、拓也は訊いた。

いろんな意味で混乱する拓也の耳元で、綾花は躊躇うようにそっとささやいた。


「ううっ…‥…‥、たっくん、ありがとう」


ぽつりぽつりと紡がれる綾花の言葉に、拓也の顔が目に見えて強ばった。綾花の瞳からは、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

「わ、私もね、早く、もとに戻りたい」

「…‥…‥ああ、絶対に、もとの姿に戻してやるからな」

泣きじゃくる綾花の頭を、拓也は穏やかな表情で優しく撫でてやった。

「うむ、心配するな、綾花ちゃん。我が綾花ちゃんのことを護ってみせるのだ!」

「…‥…‥ま、舞波くん!」

そう言うと同時に、ペンギンの着ぐるみ姿の昂が綾花の背中に抱きついてきた。

「おい、舞波!どさくさに紛れて、綾花に抱きつくな!」

「否、我は黒峯蓮馬の魔の手から、綾花ちゃんを護らなければならぬ!」

ぎこちない態度で拓也と昂を交互に見つめる綾花を尻目に、拓也は綾花から昂を引き離そうと試みる。

いつもなら、絶対に綾花から離れない昂だが、ペンギンの着ぐるみが影響したのか、拓也にあっさりと押し出されてしまう。

そんな中、激しい剣幕で言い争う拓也と昂の場違いな必死さと妙な気迫に押されるかたちで、綾花はぎこちなく目を瞬かせていたのだった。

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― 新着の感想 ―
拓也が本命で正当な恋人のはずが、意外と空気になりがちなところが御作は面白いですね。今回も元樹と昴にすっかり持っていかれていますが、綾花ちゃんの支持だけは揺るがないという。今回もとても面白かったです。
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