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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
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番外編第十七章 根本的に終わらないエンドロール

ーー綾をもとに戻すために、舞波の家の魔術書を片っ端から調べよう。

黒峯玄の父親の手によって、綾花が黒峯麻白の姿から戻れなくなった後、元樹が綾花達に提案したのは、なりふり構わない直接的な手段だった。

「ううっ…‥…‥」

「…‥…‥はあ。完全に、黒峯玄の父親にしてやられたな」

特急列車を乗り継ぎ、再び、車を走らせた後、とぼとぼと歩き、今にも泣きそうな表情で昂の家の前に立った綾花に対して、元樹は悔しそうにそうつぶやいた。

その言葉は、全てを物語っていた。

前持って、ある程度の下準備をして、なおかつ、舞波の魔術で綾の様子を見ていたのにも関わらず、黒峯玄の父親にあっさりと出し抜かれてしまった。

やはり、綾が黒峯玄の父親と二人きりになったあの時、すぐにでも魔術で連れ戻すべきだったのだ。

それをしなかったのは、完全に自分の判断ミスだ。

「綾、俺の考えが甘かったせいで、怖い目に遭わせてしまってごめんな」

「…‥…‥ううん、元樹くんのせいじゃないよ。私の方こそ、迷惑かけてごめんね」

真剣な眼差しで視線を床に降ろしながら謝罪してきた元樹に、綾花は元樹と視線を合わせると、顔を真っ赤にしながらおろおろとした態度で謝った。

「許せぬ! 許せぬぞ!!」

そんな中、昂が両拳を突き上げながら地団駄を踏んでわめき散らしていた。

「我は、黒峯蓮馬から綾花ちゃんを護らねばならぬ、ーー護らねばならなかったのだ!その我が、何故、黒峯蓮馬に出し抜かれて敗北を喫するというのだ!」

憤慨に任せて、昂はひとしきり黒峯蓮馬のことを罵った。ひたすら考えつく限りの罵詈雑言を口にし続ける。

「おのれ~、黒峯蓮馬!我の魔術でも、『対象の相手の姿を変えられる』魔術を再び、使っても、綾花ちゃんをもとに戻せぬとは!やはり、黒峯蓮馬は魔術を使えないが、我すらも知らない何らかの魔術の知識を持っている可能性が高いのだ!」

「…‥…‥ありがとう、舞波くん」

ところ構わず当たり散らす昂に、綾花は意味ありげな表情で昂を見遣ると優しく微笑んだ。

綾花から予想だにしない言葉が放たれて、拓也はまじまじと綾花を見つめた。

「麻白の姿から戻れなくなったのは悲しいけど、みんなで一緒に麻白を生き返させることができて嬉しかった」

「…‥…‥綾花」

どこまでもどこまでも嬉しそうに笑う綾花を胸を撫で下ろすような気持ちで見ていた拓也は、何故か、ほんわかと笑ういつも綾花を思い出した。

拓也の脳裏に、いつもの綾花と黒峯麻白の姿をした今の綾花の姿が重なり合う。

幼い頃からペンギンが大好きでーー、だけど、上岡が憑依した影響でゲームも好きになってしまった幼なじみの少女。

でも、言い表せないくらいに大好きで、誰よりも大切な女の子。

目の前で笑いかけている少女は、それ以外の何者でもなかった。

拓也が深々とため息をついていると、元樹は一度目を閉じてから、ゆっくりと開いて言った。

「記憶操作のことといい、少なくとも最初から、黒峯玄の父親は綾を黒峯麻白に仕立て上げるつもりだったんだろうな」

「…‥…‥綾花を、黒峯麻白にするつもりだったっていうのか!」

忌々しさを隠さずにつぶやいた元樹の言葉に、半ばヤケを起こしたように拓也が叫ぶ。

ぶつけようもない不安と苛立ちを吐き出そうとするも、自分に返ってきては再び、拓也の頭をもやもやさせる。


『綾花、何か困ったことがあったら、いつでも駆けつけるからな』


あの時ーー作戦実行前に、綾花にそう告げていたのにも関わらず、自分は何もすることができなかった。

綾花を助けることができなかった。

結局は、何もできないままだ。

拓也は己の無力さを噛みしめた。

「綾花、ごめん。絶対に、もとの姿に戻してやるからな」

「…‥…‥うん」

率直にそう告げると、拓也は綾花を優しく抱きしめる。

胸の中で目を見開いた綾花は、拓也の強い言葉に泣きそうに顔を歪めて力なくうなだれた。

元樹はそんな二人の様子を見て、少し複雑そうなため息をつくと同時に、ふとあることに気づいた。

「そう言えば、舞波のおばさんはどうしたんだ?」

「我の母上は今、綾花ちゃんの両親と進の両親、そして我の父上に会いに行って事の次第を話している」

話題を変えるようにそう言い放つ元樹に、昂は軽口を叩き、愉快そうに笑ってみせた。

「舞波のおじさんにも?」

「…‥…‥うっ、今のは内緒だ」

元樹が不思議そうに昂に聞き返すと、秘密を口にするように昂は焦ったように人差し指を立てる。

元樹が何かを言う前に、綾花がほんわかとした笑みを浮かべて元樹と昂の会話に割って入ってきた。

「あのね、元樹くん。今日は舞波くんのお父さんがお仕事だから、きっと舞波くんのお母さんは舞波くんのお父さんを迎えに行っているんだと思うよ」

「はあっ?迎えに行っている?」

その思いもよらない言葉は、隣に立っている綾花から当たり前のように発せられた。

何というか、凄いというかバカバカしいというべきか、迷ってしまうような話だった。

何故か不本意そうに頷き、わざとらしく咳払いして、昂は苦悶の表情を浮かべながら決まり悪そうに叫んだ。

「なんだ、その目はっ!!貴様ら、誤解するな!我の父上はよく海外出張をしているゆえ、我の母上とはなかなか会えぬのだ!下種の勘ぐりはよせ!」

「…‥…‥いや、何も言っていないだろう」

「…‥…‥すげえな」

予想以上の仲睦ましげな関係を目の当たりにして、拓也と元樹は呆れたように眉根を寄せるのだった。






「…‥…‥何も書かれていないか。元樹の方はどうだ?」

昂の部屋の魔術書の一冊を手に取ると、拓也は額に手を当てて困ったように肩をすくめてみせる。

「いや、こちらの魔術書にも、綾がもとに戻れる方法は書かれていないな」

「…‥…‥っ」

元樹がきっぱりとそう告げると、拓也は悔しそうにうめく。

「その様子では、何も見つからなかったようだな。当然だ。そんなものが、我の魔術書に書かれているのなら、我はこんなに悩んでおらぬ」

「くっ…‥…‥」

「ーーっ」

その最もな昂の指摘に、拓也と元樹は苦虫を噛み潰したような顔で辟易する。

舞波の父親のお土産である魔術書の中に、綾花を元に戻す手がかりがあるかもしれない。

拓也達はそう思って、手探りながら本棚をしらみつぶしに調べ尽くしていたのだが、結局、何の手がかりもつかめなかったのだ。

魔術書が並んでいる本棚をぼんやりと眺めながら、綾花は先程の昂の言葉を思い出していた。

お父さんとお母さん、父さんと母さんに、今回のことをちゃんと説明しなくちゃいけない。

でも、私、麻白の姿から、もとに戻れるのかな?

思考は堂々巡りで、一向に一つの意見にまとまってくれなかった。

どうしたらーー、どうすれば、もとに戻れるんだろう。

綾花は顔を曇らせて俯くと、ぽつりとそう思った。

「綾花」

左隣で魔術書を調べていた拓也が、そんな綾花に対して小声で呼びかけた。

「絶対に、もとの姿に戻してやるからな」

「あっ…‥…‥」

その言葉に、綾花は口に手を当てると思わず唖然として拓也の方を振り返った。

気まずそうに視線をそらした拓也に、不意をつかれたような顔をした後、綾花は穏やかに微笑んだ。

「ありがとう、たっくん」

「ああ」

独り言のようにつぶやいた拓也に、綾花ははにかむように微笑んでそっと俯く。

そんな二人のやり取りをよそに、昂は魔術書が並んでいる本棚を見遣ると不満そうに眉をひそめてみせた。

「ふむ。今まで、我が産み出した数々の素晴らしい魔術を持ってしても、綾花ちゃんをもとに戻すことができないとは納得いかぬな」

「…‥…‥そうなんだ」

「…‥…‥どこが、素晴らしい魔術だ」

神妙な表情でつぶやく綾花に対して、拓也は呆れたようにため息をつく。

そこで、元樹は昂の台詞の不可思議な部分に気づき、昂をまじまじと見た。

「…‥…‥今まで、舞波が産み出した魔術か。もし、黒峯麻白の姿をした綾をいつもの綾だと認識させることができれば、明日から綾が学校に行っても何の問題もないよな。なあ、舞波。綾の『生徒手帳』はまた、使うことはできないのか?」

「無論だ!なにしろ、綾花ちゃんの生徒手帳は一度、琴音ちゃんの生徒手帳として使っているからな!新たに、麻白ちゃん用に使えるはずがないではないか!」

「…‥…‥だめか」

昂が至極真面目な表情でそう言ってのけると、元樹は思わず呆気に取られてしまう。

「『禁断の魔術』だと、いろいろと条件が厳しそうだよな。他に、黒峯麻白の姿をした綾を、いつもの綾に認識させる方法はないのか?」

「むっ、否、あるのなら、既に我が実行している」

元樹から重ねて問われて、昂は意を決したように息を吐くと必死としか言えない眼差しを綾花に向ける。

その言葉が、その表情が、昂の焦燥を明らかに表現していた。

「なあ、元樹。なら、あえて発想を変えて、黒峯玄の父親が黒峯麻白の姿をした綾花を、もとに戻すように仕向けることはできないのか?」

「ーーっ」

「むっ!」

「…‥…‥あっ」

拓也の思いもよらない誘いに、元樹と昂は不意をうたれように目を瞬く。

そして、探しても探しても、もとに戻る方法が見つからず、少し涙目になっていた綾花が拓也の言葉に弾かれたように顔を上げる。

「…‥…‥なるほどな。あえて、もとに戻すように仕向けるのか」

「ああ。黒峯玄の父親も、これから先、黒峯麻白の姿をした綾花に会えなくなるのは困るだろうしな」

元樹が戸惑ったように訊くと、拓也は静かにそう告げて、顎に手を当てて真剣な表情で思案し始める。

「前に元樹が言ったとおり、退院した後も、黒峯麻白の姿をした綾花に会わせる条件として、俺達が同行できる日のみであることと、これ以上、雅山や俺達のことを詮索しないこと、そして新たに綾花達に危害を加えないことを追加したらどうだ?」

拓也の提案に、元樹は納得したように頷いてみせた。

「確かに、その手はありかもな。だけど、どうやって、あの黒峯玄の父親にその条件をのませるかだな。下手をすると、また、俺達の裏をかかれることになるかもしれない。せめて何か、俺達が優位に事を運べることがあればいいんだけどさ」

「…‥…‥むっ。ならば、今度こそ、それらは全て、我の魔術を使えばどうとでもなる。黒峯蓮馬がいくら再び、綾花ちゃんに記憶操作を施そうとも、我の魔術でならーー」

「なるほど、記憶操作か。なら、決まりだな。舞波、綾をもとに戻すための重大な役目はおまえに任せる」

言い淀む昂の台詞を遮って、元樹が先回りするようにさらりとした口調で言った。

その、まるで当たり前のように飛び出した意外な言葉に、さしもの昂も微かに目を見開き、ぐっと言葉に詰まらせた。

だが、次の思いもよらない元樹の言葉によって、昂とーーそして綾花と拓也はさらに不意を打たれ、驚きで目を瞬くことになる。

あっけらかんとした表情を浮かべていた綾花に対して、元樹は至って真面目にこう言ってのけたのだ。

「そして、綾、辛いかもしれないが、しばらく、黒峯麻白として振る舞ってくれないか?」

「…‥…‥えっ?」

その意味深な元樹の言葉に、綾花は意図が分からず、戸惑うように目を瞬かせてしまう。

綾花に対してあくまでも真剣な表情で懇願する元樹に、拓也は訝しげに眉をひそめる。

「おい、元樹。どうする気だ?」

「黒峯玄の父親に会って、綾をもとに戻すための交渉をしようと思う。黒峯麻白の姿をした綾に会わせる面接交渉権をかけてな」

「はあ?交渉?」

予想外の元樹の言葉に、拓也達は思わず、意表を突かれるのだった。

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― 新着の感想 ―
男衆3人で必死に知恵を出し合っている姿が微笑ましかったです。大人の手ごわさにさぞ、3人も混乱していることでしょう。今回もとても面白かったです。
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