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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
憑依の儀式編
7/441

第七章 根本的にゲームの本筋は一つとは限らない

三角関係どころか、四角関係みたいになってしまいました(>_<)

『挑戦者が現れました!』

「あっ…‥…‥」

テレビ画面に響き渡ったシステム音声に、コントローラーをじっと凝視していた綾花の声が震えた。

期待に満ちた表情で、綾花はなりふりかまっていられなくなったように思わず身を乗り出す。

隣で同じくコントローラーを持ち、今か今かと待ち構えていた昂も、今ばかりは目を見開いて事の成り行きを見据えていた。

『チェイン・リンケージ』

今や予約しなければ手に入らないというほど有名なオンラインバトルゲームだ。

典型的な対戦格闘ゲームに過ぎなかったチェイン・リンケージが、社会現象になるまでヒットしたのは二つの特徴的で斬新な宣伝とシステムによる。

一つは本作が有名なゲーム会社同士のタッグでの合同開発だったということだ。また、斬新なテレビCMと相まって今や空前絶後の大ヒットゲームとなっている。

そしてもう一つが、従来の格闘ゲームとは一線を画す独特なシステムだった。最先端のモーションランキングシステムに、プレイヤーは仲間とともに爽快感抜群の連携技を繰り出せることで臨場感溢れるバトルを楽しむことができる。

「ーー退くとでも思ったか?進」

「そんなはずないでしょう!昂」

交わした言葉は一瞬。

挑発的な言葉のはずなのに、綾花と昂は少しも笑っていない。

隠しようもない余裕のなさに、拓也は軽く首を傾げるとため息をつく。


ーーバトル開始。

「…‥…‥おいおい」

対戦開始とともにぴりっと張り詰めた緊張感が溢れる中、対戦相手達の体力ゲージをいともあっさりと削り、容赦なく相手を追い詰めていく綾花と昂に、拓也は愕然とした表情でつぶやいた。

大技を食らったわけではないし、とてつもない連携技を披露されたわけでもない。なんということもなく基本技のみで相手を撃ちくだしていく姿に、拓也は呆気に取られてしまう。

舞波は綾花とーー上岡とゲームがしたくて綾花を家に呼んだのか?

拓也は二人を見ているうちに何となくそんな勘繰りをしてしまいたくなり、思わず眉をひそめる。

しばらくして、システム音声があっさりと綾花達の勝利を通告する。

拓也はそれらを無視し、やがて決意したように昂を睨みつけた。

「どういう風の吹き回しだ?」

「…‥…‥むっ?進と久しぶりにゲームをしたかっただけだ」

拓也の方を振り向きもせずに言ってから、昂はこうつけ足した。

「無論、綾花ちゃんを我の家に呼びたかったというのもあるがな」

「おい!」

「そんなことよりも、貴様は先程から魔術書を探していたのではないのか?」

強い口調でそう言い放つ拓也に、昂は軽口を叩き、愉快そうに笑ってみせた。

「…‥…‥っ」

その最もな昂の指摘に、拓也は苦虫を噛み潰したような顔で辟易する。

舞波の父親のお土産である魔術書の中には、綾花と上岡を元に戻す手がかりがあるかもしれない。

拓也自身そう思って、綾花達がゲームをしている最中に手探りながら本棚をしらみつぶしに調べ尽くしていたのだが、結局、何の手がかりもつかめなかったのだ。

「その様子では何も見つからなかったようだな。当然だ。そんなもの、始めから存在しないのだからな」

「くっ…‥…‥」

昂がきっぱりとそう告げると、拓也は悔しそうにうめく。

「…‥…‥そ、そういえば、今日はおまえの両親は留守なのか?」

「…‥…‥うっ、それは内緒だ」

話題を変えるように声を抑えて言う拓也に、秘密を口にするように昂は焦ったように人差し指を立てる。

拓也が何かを言う前に、綾花がほんわかとした笑みを浮かべて拓也と昂の会話に割って入ってきた。

「あのね、たっくん。今日は昂のお父さんがお仕事だから、きっと昂のお母さんは昂のお父さんを迎えに行っているんだと思うよ」

「はあっ?」

その思いもよらない言葉は、幼なじみであり彼女でもある綾花から当たり前のように発せられた。

何というか、凄いというかバカバカしいというべきか、迷ってしまうような話だった。

何故か不本意そうに頷き、わざとらしく咳払いして、昂は苦悶の表情を浮かべながら決まり悪そうに叫んだ。

「なんだ、その目はっ!!誤解するな!我の父上はよく海外出張をしているゆえ、我の母上とはなかなか会えぬのだ!下種の勘ぐりはよせ!」

「…‥…‥いや、何も言っていないだろう」

不愉快そうに言うと、それから拓也はちらりと昂を見て、そして綾花に視線を移した。

「…‥…‥そろそろ帰るぞ、綾花」

「えっ?」

「ーーなっ!?」

きょとんとする綾花を尻目に、昂はそれまでの余裕綽々な態度を一変させて表情を凍らせた。

「何故だ!?」

昂が非難の眼差しを向けると、拓也はきっぱりと言い放った。

「決まっているだろう!今日は平日だし明日から学校もある!」

「まだ良いではーー」

ないか。そう続くのだと予想して、拓也は昂の台詞を先回りするように言う。

「行くぞ、綾花」

「…‥…‥あっ、うん」

「あっーー!!待て!!」

後から追ってきた昂を振り払うかのようにして、拓也は綾花の手を取って昂の家から出て行ったのだった。






「ごめんね、たっくん」

時刻はもう夜だった。帰りの列車の中で開口一番、小声で謝ってきた綾花に、拓也はわずかに眉を寄せた。

「何がだ?」

列車の座席で膝の上に置いた手を握りしめていた綾花が、隣に座る拓也の言葉でさらに縮こまる。

綾花は躊躇うように不安げな顔で言葉を続けた。

「今日、ずっとゲームばかりしていてごめんね」

「ああ、何だ。そのことか」

一点の曇りもなくぽつぽつとつぶやく綾花に、合点がいったようにまるで頓着せずに拓也は言った。

「気にするな。上岡がゲームに夢中になってしまうことは以前、聞いていたからな」

進の持つ悪癖ーーゲームに集中しずぎて周囲の声が聞こえなくなることーーについて述べながら、拓也はあくまでも真剣な表情で頷いた。

以前、綾花に上岡のことについて尋ねた時に、その話題も出てきていたので今更、驚くことでもない。

「それにしても、上岡はゲームが得意なんだな」

「そ、そうかな?」

話題を変えるように一転して拓也が明るい表情で言うと、綾花は目をぱちくりと瞬いた。

照れくさそうに視線を俯かせる綾花に、拓也は意図的に笑顔を浮かべて言う。

「俺はゲームとかはあまりしたことはないけれど、凄いなと思った」

「…‥…‥ありがとう、たっくん」

穏やかな表情で胸を撫で下ろす綾花を見て、拓也も胸に滲みるように安堵の表情を浮かべる。

すると両手を広げ、生き生きとした表情で綾花はさらにこう言った。

「今度はたっくんも一緒にしようね!」

「ああ」

拓也が頷くと、綾花は嬉しそうに顔を輝かせた。

「ーーなあ、綾花」

一旦、言葉を途切ると横に流れ始めた話の手綱をとって、拓也が鋭く目を細めて告げた。

「上岡の両親には、近いうちに二人でちゃんと話そう」

核心を突く拓也の言葉に、綾花は思わず目を見開く。

恐らくそれが、この場で最も重要なことだろう。

舞波が憑依の儀式に使用したとされる魔術書は、今現在は消滅しており存在しない。

舞波の家に置かれてある魔術書の中には、綾花を元に戻す手がかりはなかった。

そして以前、舞波が告げたとおり、一度、この憑依の儀式をしてしまえば、もう二度と元には戻せないという事実がはっきりと判明してしまっただけだった。

八方塞がりな状況に悩みに悩んだ拓也が導き出した結論は、現状維持という儚きものだった。

しかし、この結論さえも何の根拠もないものだと分かり得ている。

だが今、目の前にいるのが、今まで拓也が知っていた綾花ではなくても、それでも綾花は確かにここにいると拓也は思った。

もし舞波が最初に目論んだように、綾花が完全に上岡になってしまっていたら、綾花はもう俺のそばからいなくなっていたのだろう。

綾花は複雑そうな表情で視線を落とすと熟考するように口を閉じる。

だが、その問いに答えたのは綾花ではなかった。

「何だ、拓也達も今、帰りか?」

「元樹!」

「布施くん?」

聞き覚えのある意外な声に、拓也と綾花が振り返って相次いで言う。

拓也と綾花が座っていた座席から反射的に立ち上がると、元樹は興味深そうに爽やかな笑みを浮かべながら拓也に訊ねてきた。

「何の話をしていたんだ?」

「あっ、いや、こっちの話だ。元樹こそ、今日は列車なのか?」

元樹の家は学校の近くにあり、拓也達の住む場所からは離れた場所にある。少なくとも、彼が列車に乗る必要はないはずだ。

だけど、元樹は列車を背景に視線をそらすと不満そうに肩をすくめて言う。

「ああ。部活の帰りにいろいろとあってな。部長の指示で、これから寿司を食いに行くことになったんだよ」

元樹は不服そうな表情を浮かべながら、人指し指でとある方向を指差した。

元樹の視線を追った先には、元樹と同じ陸上部の生徒達が何人か戯れていた。

それで説明は終わりだとばかりに拓也の方へ向き直った元樹は、何かを吹っ切るようにこう口にした。

「なあ、せっかくだし拓也達も来ないか?」

有無を言わさず、にんまりとした笑みを浮かべてくる元樹の姿に、拓也は苦々しく眉を寄せる。

拓也は首を振ると、申し訳なさそうに手を掲げて謝罪した。

「悪いな、こっちにもいろいろとあってな」

「あっ、さては瀬生と痴話喧嘩でもしていたのか?」

困り顔の拓也にそう言われても、元樹は気にすることもなく思ったことを口にする。

拓也が内心いぶかしんでいると、元樹は今度は綾花に話の矛先を向けてきた。

「なあ、瀬生は拓也のどこが好きになったんだ?」

「もちろん、全部だよ!」

間一髪入れずにそう答えた綾花に、元樹は一瞬だけ逡巡した後、今度は声を立てて笑った。

そのまま笑い出したい自分を抑えながら、元樹は言う。

「ははっ、凄いな、拓也。すげえ愛されているじゃんか!」

「ーーなあ、元樹」

そう切り出して、拓也は元樹に向き直ると、ずっと思考していた疑問をストレートに言葉に乗せた。

「もしもだ。今までおまえが知っていた奴が突然、性格が変わってしまったとしたら、おまえならどうする?」

「あっ…‥…‥」

綾花はその言葉を聞いた瞬間、はっとした表情で目を見開き、戸惑うように拓也を見遣る。

「うーん、どうもしないな」

だが、拓也の質問に、元樹は何のてらいもなくあっさりとそう答えてみせた。

「はあっ?」

「性格が変わっても、そいつはそいつなんだろう。だったら、別にどうってこともないしな」

あっけらかんとした表情を浮かべた拓也に対して、元樹は至って真面目にそう言ってのけた。

不意に、元樹はある事に気づき、少し声を落として聞いた。

「あっ、もしかして瀬生が最近、少し活発になってきたことを気にしているのか?」

意表を突かれて、拓也は思わず言葉を詰まらせる。

あえて意味を図りかねて拓也が元樹を見ると、元樹はなし崩し的に言葉を続けた。

「なら、気にすることないだろう。引っ込み思案な瀬生もようやく少し前向きになってきたってことだ」

「そ、そうだな」

動揺を隠すかのように、拓也は手を伸ばすと綾花の頭をそっと撫でた。

再び座席に座り、手持ちぶさに鞄につけたペンギンのアクセサリーをぽふぽふといじっていた綾花は、やがて元樹の台詞にほんの少しむくれた表情でつぶやく。

「…‥…‥うっ、そんなことないもの」

「そうか?でもまあ、俺は今の瀬生の方が好きだな」

顔を俯かせて表情を曇らせる綾花に、元樹は屈託なく笑った。

「ええっ?」

「なっ!?」

突然の元樹の告白に、綾花が輪をかけて動揺し、拓也は目を見開いて狼狽する。

「おーい、元樹、部長がここで降りるってさ!」

とその時、陸上部の生徒の一人が手を振って元樹に呼びかけた。

「ああ!それじゃあ、また明日な!」

拓也が何かを言う前に目的の駅に着いたのか、元樹は陸上部の仲間達のもとに駆け寄るとそのまま列車を降りていく。降りた先で、陸上部の仲間達と楽しそうに話をしていた。その姿からは、先程の言葉などないがしろにされているようだった。

座席に座り直し、無意識に表情を険しくした拓也に、綾花は幾分、真剣な表情で声をかけた。

「…‥…‥あのね、たっくん。さっきの話だけど、私、父さんと母さんに進としてちゃんと話してみる」

「…‥…‥綾花」

聞いた瞬間、思わず心臓が跳ねるのを拓也は感じた。知らず知らずのうちに、拳を強く握りしめてしまう。

「いつまでも、父さんと母さんに心配させちゃダメだよね」

うつむきがちにそう言った綾花だったが、しかし、言葉を継ぐために顔を上げた。

「うまく伝わらないかもしれないけれど、一生懸命、話してみるね」

「ああ、俺も手伝うな」

拓也のその言葉を聞いて、綾花は嬉しそうに柔らかな笑みをこぼした。

だが、拓也は綾花と同様の嬉しさを感じつつも、ある疑問を感じていた。

綾花が明るくなったことに、元樹は何故か好印象だった。それは今まで引っ込み思案だった綾花がようやく少し積極的になってきたから、友人として一緒に喜んでくれたのかもしれない。

でも、先程の元樹の言葉を聞いて、嫌な予感が拓也の胸をよぎった。

それはやっぱりおかしいのではないかーーと。

この上なく嬉しそうに笑う綾花を見つめながら、拓也は漠然と消しようもない不安を感じていたのだった。

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[良い点] ゲーマーたちのシリアスさがとても面白かったです。ガチ勢でしたね。元樹君の介入でさらなるカオスになりそうですが、タイミングが(笑)彼の方は進君を受け入れられるでしょうか。そこも楽しみに思いま…
[一言] 八方塞がり、正にそのとおりですね。 ずっと一緒にいたたっくんだからこその悩みですね、彼よりも接する機会が少ない人からすれば性格の変化は差して大した事では無いと。そう言う事でしょうか。だから…
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