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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
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番外編第九章 根本的にこの手を離さない

「…‥…‥何故、ここにいる?」

春休み最後の日曜日に、綾花と、進の父親が勤めている会社が主催する創立記念パーティーに行く約束をし、駅前広場の待ち合わせ場所に立った拓也は自分でもわかるほど不機嫌な顔を浮かべていた。

その理由は、至極単純なことだった。

「やっぱ、春休みはどこも混んでいるな」

「何故、綾花ちゃんに口づけをしてのけた、不届き千万な貴様までここにいるのだ!」

すぐ後ろで黒を基調したモーニングコートを身に纏った元樹が辺りを見回し、同じくスーツ姿の昂が腕を組みながら隣の元樹に食ってかかっているのが、拓也の目に入ったからだ。

「何故、ここに元樹と舞波までいるんだ?」

涼しげな表情が腹立たしくて、拓也はもう一度、同じ台詞を口にした。

元樹は春休みにかけて陸上部の強化合宿があるために出席できるか分からず、昂は先生から渡された春休みの課題集がまだ終わっていなかったはずだ。

にもかかわらず、元樹と昂は当然のようにここにいる。

確かに、どちらも出席というかたちにはしていたがーー。

悩む拓也の問いかけに、昂はこの上なく不敵な笑みを浮かべながら答えた。

「前に告げたであろう!綾花ちゃんが行くのなら、どこにでも我は行くと!春休みの課題集のほとんどを『我は分からぬ』と埋めたことにより、ようやく春休みの課題集が終わったのだ。しかし、それをすればいいことに気がつき、課題集を終えたのが春休み最後の日の三日前だったというのは、いささか心苦しいが致しかたない」

「…‥…‥おい」

居丈高な態度で大口を叩く昂に、拓也は低くうめくようにつぶやいた。

そんな中、元樹がざっくりと付け加えるように言う。

「一応、上岡のところには伝えたんだけど、拓也達の方には事前連絡が間に合わなくてごめんな。実は、俺が綾のことを好きだっていうことを、陸上部の仲間達に勘づかれてさ。本当は今日まで春休みの強化合宿だったんだけど、その陸上部の仲間達に後押しされて、今日のパーティーのために少し早めに帰らされてしまったんだよな」

元樹自身はそれで説明責任を果たしたと言わんばかりの顔をしていたが、拓也は不服そうに顔をしかめてみせる。

「はあ…‥…‥」

呆れたようにため息をついた拓也に、元樹はこともなげに言う。

「まあ、いいじゃんか!拓也はあの後、何度か、綾と会っていたかもしれないが、俺は『対象の相手の姿を変えられる』という魔術道具の件以来、綾とは会っていないしな」

「あのな、元樹」

「たっくん、元樹くん、舞波くん」

拓也がそう言って元樹に声をかけようとした矢先、不意に綾花の声が聞こえた。

声がした方向に振り向くと、少しばかり離れた時計台に綾花が拓也達の姿を見とめて何気なく手を振っている。

鞄を二つ握りしめて拓也達の元へと慌てて駆けよってきた綾花は、少し不安そうにはにかんでみせた。

「遅くなってごめんね」

「気にするな、俺達も今、来たところだ」

「心配するなよ、綾」

「うむ、問題なかろう」

拓也達がそれぞれの言葉でそう答えると、綾花は花咲くようににっこりと笑ってみせた。そして、嬉しさを噛みしめるように持っている鞄をぎゅっと握りしめる。

「綾花ちゃん、すごく可愛いのだ!」

綾花の姿をまじまじと眺めていた昂が、拓也と元樹が先に告げようとしていた言葉をあっさりと口にして目を輝かせた。

駅前広場に駆け寄ってきた綾花は、プリンセスワンピースを着ていた。 両肩がリボンで留められたそのワンピースは、セレスタイトのような透明感のある淡い青色だった。斜めにフリルが走るスカートは、レースも交互に縫い付けられてふわふわと愛らしい。

「ありがとう、舞波くん」

花咲くようににっこりと笑う綾花は、どこかの国の姫君のようだった。

そわそわとサイドテールを揺らす綾花に、拓也は胸中に渦巻く色々な思いを総合してただ一言だけ言った。

「ああ、よく似合っている」

「綾、様になっているな」

「ありがとう、たっくん、元樹くん」

拓也と元樹がそう告げた瞬間、綾花はぱあっと顔を輝かせた。頬をふわりと上気させて嬉しそうに笑う。

昂はおそるおそる、人差し指を綾花が持っている鞄の一つーー見覚えのある鞄に向けて差し示すとぽつりぽつりとつぶやいた。

「あ、綾花ちゃん…‥…‥。そ、それはまさか、我の母上から、た、た、たーー」

「…‥…‥う、うん。ここに来る少し前に、舞波くんのお母さんと会って、みんながそろったら車で迎えにいくので、携帯から電話してほしいって頼まれたんだけど、その時に舞波くんが忘れていった鞄を手渡されたの」

昂の問いかけに、綾花は持っている鞄に視線を向けると、恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「綾花ちゃんと一緒に、このまま、パーティー会場に向かうだと!」

綾花の何気ない言葉に、昂は両拳を握りしめて歓喜の声を上げた。

「ならば、綾花ちゃん。井上拓也、そして布施元樹などほっといて、今すぐ電話して我と綾花ちゃんと母上の三人きりでパーティー会場に向かうべきだ!」

「勝手に決めるな!」

「ああ」

露骨な昂の挑発に、拓也と元樹は不愉快そうにそう告げた。

「勝手ではない。『我と綾花ちゃんによる、楽しいパーティー』。すでにこれは、我によって定められた確定事項だ」

「なんだ、それは」

「おい」

いつもの傲岸不遜な昂の言葉に、拓也と元樹はむっと顔を曇らせる。

ことあるごとにぶつかる三人をよそに、綾花は持っていた鞄の一つを昂に手渡すと両手を広げ、生き生きとした表情でこう言ってきた。

「みんなで一緒に行こう」

「…‥…‥あ、ああ」

拓也が少し不満そうに渋々といった様子で頷くと、綾花は嬉しそうに顔を輝かせた。

そんな中、感慨深げに昔を懐かしむように、昂は不遜な態度で腕を組むと、さもありなんといった表情を浮かべて言った。

「…‥…‥うむ。しかし、さすがは我の母上だ。我ではなく、綾花ちゃんにーー進に、電話を頼んでくるとは」

「うん、そうだったね。舞波くんに携帯を使わせるといろいろと問題があるからって、いつも何かあると、私がーー進が、舞波くんのお母さんに頼まれて電話していたね」

憂いの帯びた昂の声に、綾花もわずかに真剣さを含んだ調子で穏やかに言葉を紡ぐ。

綾花と昂の相変わらずのやり取りにやれやれと首を振った後、気を取り直したように拓也は綾花に言った。

「…‥…‥そろそろ電話するか、綾花」

「…‥…‥あっ、うん」

「あっーー!!我が母上にするべきだ!!」

拓也は綾花からアドレスを聞き出し、自身の携帯を取り出すと、後から携帯を奪おうとしてきた昂を振り払うようにして、 早速、昂の母親に電話するのだった。






「うわぁっ!父さんが勤めている会社、相変わらず、すごいね!」

感慨深げに、綾花は周りを見渡しながらそう言った。

「本当に、すごいな」

綾花の言葉に拓也は頷き、こともなげに言う。

昂の母親の車に乗って訪れたのは、まさに壮麗のホテルのような会社だった。

何でも進の父親が勤めている会社内で創立記念パーティーを行うという話だったので、もっと小規模なパーティーなのかと拓也は思っていたのだが、一般の会社という雰囲気は微塵もない。ただただ、ホテルのような豪華さを備えているのみである。

その肝心の進の父親は、進の母親とともに遅れてやってくる綾花の両親の迎えに行っていた。

「うむ。進の父上が勤めている会社だからな。すごいのは当然だ」

「…‥…‥すげえ、屁理屈だな」

「事実を言ったまでだ」

昂が至極真面目な表情でそう言ってのけると、元樹は思わず呆気に取られてしまう。

拓也達と一旦、会社の入口で別れた綾花は、昂の母親に連れられて控え室へと入った。

綾花が控え室へと入ると、昂の母親は意を決したように綾花の方を振り向くと、神妙な面持ちで話し始めた。

「瀬生さん、今日は来てくれてありがとうね」

「い、いえ、こちらこそ、父さんの会社の創立記念パーティーに来て頂き、ありがとうございます」

焦ったように綾花が両手を横に振るのをじっと見て、昂の母親は懐かしむような、でもそのことが申し訳なさそうな、複雑そうな表情を浮かべる。

「父さん…‥…‥って、瀬生さんは本当に進くんでもあるんだね」

「うん、私、進だよ」

その、まるで当たり前のように飛び出してきた発言に、昂の母親はわずかに眉を寄せた。

「瀬生さん、そして進くん。本当に、昂のわがままでいろいろなことに巻き込んじゃってごめんね」

突如、昂の母親が丁重に頭を下げてきたので、綾花は虚を突かれたように瞬いてしまう。

困惑する綾花に対して、昂の母親は唇を強く噛みしめると、立て続けに言葉を連ねた。

「勝手なお願いかもしれないけど、これからも昂の友達でいてあげてほしい。進くんはあの子にとって、唯一、あの子自身が認めた友達だろうから」

昂の母親が綾花に進のことで頼んでくる図は、端から見たら、なにかしら奇妙な光景ではあった。

しかし、そうしたことは全く気に留めずに、綾花は頷いてみせた。

「うん、もちろんだよ!」

「ありがとうね」

あくまでも進らしい綾花の言葉に、昂の母親はほっと安堵の息を吐くと優しく話しかける。

「それじゃ、そろそろ、パーティー会場に行こうかね」

「うん」

こうして淡い青色のプリンセスワンピースを気にしながら、綾花は昂の母親に連れられて、部屋の外で待ち構えていた拓也達とともにパーティー会場である広間へと向かったのだった。







「あっ…‥…‥」

豪華なシャンデリアの輝く広間に足を踏み入れて、ドリンクの入ったグラスを受付で受け取った綾花の目に入ったのは、ステージ上の端に立っているモーニングコートを着た一人の男性だった。

昂の父親だ。

よく海外に出張しているため、進自身もあまり会ったことはない。

だが、仕事で海外に赴いた時には、必ずといっていいほど昂のために何かしらのお土産を購入してくる。

ただ、魔術書の購入は昂の母親から禁止され、さらに魔術書自体も入手出来なくなってしまったらしく、今は普通のお土産に変わったらしい。

「綾花、どうかしたのか?」

「綾、何かあったのか?」

「えっ?」

ぼんやりとしているところに声をかけられ振り返ると、拓也と元樹がグラスを持ちながら不思議そうに眉根を寄せていた。

「ううん、何でもないの。ただ、久しぶりに舞波くんのお父さんを見たから」

「あの人がそうなのか?」

「へえー。あの人が、舞波のおじさんなんだな」

綾花の視線を追った先には、モーニングコートを着た一人の男性の姿があった。

昂の父親らしからぬ毅然とした雰囲気を醸し出す男性に、拓也と元樹は意外そうに目を見開く。

「舞波くんは、久しぶりにお父さんに会えて嬉しそうだね」

綾花の言うとおり、昂が不遜な態度で腕を組みながら昂の父親に話しかけていた。

「綾花ちゃんは可愛いのだ」

「そうか」

「綾花ちゃんが憑依したあかりちゃんも可愛いのだ」

「そうか」

昂の父親のどこまでも打てば響くような返答に、拓也達は思わず、呆気に取られてしまう。

突然の展開についていけず、拓也達がなんとも言い難い渋い顔をしていると、昂は意を決したようにこう告げてきた。

「父上!我は、綾花ちゃんとあかりちゃん、二人と婚約したいのだ!」

「そうか。ならば、早急に手配してーー」

「ちょっと、あんた達、公共の場で何言ってんだい!」

全身から怒気を放ちながら、ステージ上まで進み出た昂の母親は、昂と昂の父親を睨みすえる。その声はいっそ優しく響いた。

「ひいっ!は、母上、話を聞いてほしいのだ!我は、その、どちらの綾花ちゃんとも結婚したくて仕方なくーー」

「いや、昂のために思って」

「…‥…‥ほう、それで」

静かに告げられた昂の母親の言葉に、昂と昂の父親は恐怖のあまり、総毛立った。ふるふると恐ろしげに首を振る。

そんな中、綾花は昂達が言い争っているステージ上に視線を向けると、躊躇うように不安げな顔でつぶやいた。

「でも、舞波くんのお父さんは舞波くんにすごく甘いから、舞波くんのお母さんは困っているの」

「…‥…‥まあ、舞波のために魔術書という怪しいお土産を買ってくる辺り、見た目どおりのまともな人じゃないとは思っていたが」

「…‥…‥すげえな」

予想以上の溺愛ぶりを目の当たりにして、拓也と元樹は呆れたように眉根を寄せる。


こうして、不穏な空気を醸し出しながら、進の父親が勤めている会社の創立記念パーティーは始まったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「勝手に」の解釈のところで、幾度となく、見ていたやり取りですが。つくづく昴君は、日本語の解釈がまさに勝手で、話が伝わらないので困るなぁとおもいました。リアルで仕事なら絶対に会いたくない(笑…
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