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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
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番外編第七章 根本的に変わる変わりゆく彼女

「何故だーー!何故、こんなことになったのだ!!」

春休み初日、以前からの無断欠席、深夜徘徊、中間、期末試験での度重なる単位不足、そして今回の停学処分を受けて、ついに留年へと追い込まれてしまった昂は、頭を抱えて虚を突かれたように絶叫していた。

まさに、昂の心中は穏やかではない状況だった。

床には、奇妙な絵柄が描きこまれた魔法陣。

手には、魔術書と聖水の入ったガラスの小瓶。そして周囲には乱立する蝋燭が置かれてある。

都市部から外れた場所に立つ一軒家。

全ての灯りを消したその薄暗い部屋の中で、怪しげな雰囲気を漂わせる小道具に囲まれながら、昂は心底困惑しながらも一心不乱に呪文を唱え続けていた。

このまま、留年になってしまえば、確実に綾花達の後輩ということになってしまう。

恐らくそれが、これから最も起こり得る危機的な状況だろう。

もし高校一年をやり直すことになってしまったら、今みたいに彼女に会うことさえもままならなくなってしまうかもしれない。

まさしくそれは、彼にとって避けねばならない最悪の事態であった。

「待っているのだ、綾花ちゃん!この魔術を使えば、我は『井上拓也』の姿になることができる。そうすれば、今までどおり、我は綾花ちゃんと気兼ねなく会うことができ、そして我は綾花ちゃんの彼氏になることができるのだ!」

自分自身に言い聞かせるように、昂はにんまりとほくそ笑みながら詠唱をし終える。

だが、昂は魔術書をめくると不満そうに眉をひそめてみせた。

「しかし、一つしか産み出せなかった上に、新たには産み出せず、しかも一日、四時間だけしか効果はないようだ。姿を変える魔術道具を産み出すのは、いささか難しいな」

「…‥…‥ほう、それで」

昂が不服そうに機嫌を損ねていると、唐突に誰かが大した問題ではないように至って真面目にそう言ってのける。

聞き覚えのある声に、昂はおそるおそる声がした方を振り返った。

「…‥…‥は、母上」

「…‥…‥昂、魔術書は全て没取したような気がするんだけど、また、どこから魔術書を手に入れてきたんだい。まさか、旅行の時に没取した、分魂の儀式における『補足魔術』とかが載っている魔術書を探し出してきたとは言わないだろうね」

全身から怒気を放ちながら、昂の母親は昂を睨みすえる。その声はいっそ優しく響いた。

「ひいっ!は、母上、話を聞いてほしいのだ!我は、その、綾花ちゃんと同じクラスになりたくて仕方なくーー」

昂は恐怖のあまり、総毛立った。ふるふると恐ろしげに首を振る。

「これは没取!もちろん、春休みは先生から頂いた学校の課題集、それが終わるまでは外出禁止だよ!」

「母上、あんまりではないか~!」

昂の母親が確定事項として淡々と告げると、昂が悲愴な表情で訴えかけるように昂の母親を見る。

だが、昂の悲痛な訴えも虚しく、家中を探しに探しまくってようやく見つけた魔術書はあっさりと没取され、昂は昂の母親に引き連れられながら部屋を後にすることになったのだった。






「はあ…‥…‥」

翌日、進の家の二階にある進の部屋で、拓也は元樹とともにテーブルの上に置かれたーー昂の母親からお詫びとして送られてきたというシフォンケーキを見つめながら、綾花を待っていた。

床には、長方形のおぼんの上に拓也と元樹と綾花の分のポットとティーカップが置かれてある。

いそいそと昂の家から送られてきた荷物に歩み寄り、目当ての魔術道具を探しながら綾花が申し訳なさそうに言う。

「井上、布施、今日、付き合ってくれてありがとうな」

「いや…‥…‥まあ、その、俺の姿の舞波が、綾花に変なことをしてくる前にその魔術道具が見つかって本当によかった」

「それにしても、舞波の魔術は相変わらず強引だな」

ティーカップを手にしながら、拓也がげんなりとした顔で辟易するように滔々とそう語るのに対して、元樹は呆気に取られたようにため息を吐く。

「でも、これでようやく、雅山がどんな人物なのか分かるな。今回の魔術道具の発動条件は直接、会ったことがある人物か、または実際に目の前にある写真を見ながらか。同じ性別の人物のみしか姿を変えることができないみたいだが、どちらも上岡として振る舞っている綾なら、条件的に何の問題もないしな」

「ああ」

あえて軽く言ってのける元樹に、拓也もこともなげに頷いてみせた。

あの分魂の儀式における『補足魔術』の影響で、これから綾花は綾花と上岡だけではなく、雅山としても生きていくことになるのだろう。

雅山のことを全く知らない状態のままでは、いずれ、ショッピングモールの時のように綾花を傷つけてしまうことになりかねない。

それに、雅山の姿の綾花と一度、面と向かって話してみれば、自分の中で雅山に対する態度が少しは変わるのかもしれない。

荷物の中のものを取る際に乱れてしまったサイドテールを柔らかに撫でつけながら、綾花が拓也達の方を振り返り、てらいもなく言った。

「井上、布施、この飴みたいだ」

「これが、『対象の相手の姿を変えられる』という魔術道具なのか?」

「ああ。恐らくな」

怪訝そうな顔をする拓也に、元樹はきっぱりとこう答えた。

「なあ、綾花。この魔術を使う際の必須条件と書かれたメモに載っている、『あかりちゃんに姿を変えて、我にチョコレートクッキーを持ってきてほしいのだ』って…‥…‥?」

「ああ、何でも、昂は先生から春休みの課題集をたくさんもらったみたいで、それをするためには、どうしても俺ーーいや、綾花バージョンのあかりが持ってくるチョコレートクッキーが必要だって言ってきたんだよな」

状況説明を欲する拓也の言葉を受けて、綾花は人差し指を立てると困ったようにそう答えた。

「綾花バージョンの雅山?」

テーブルに置いたメモを見ながら、拓也が顎に手を当てて真剣な表情で首を傾げていると、メモを拾い上げた元樹がざっくりと付け加えるように言う。

「まあ、簡単に言うと、雅山の姿をした綾ってことだな。雅山達が、綾がーー宮迫が憑依した雅山のことをよく『宮迫さんバージョンのあかり』と呼んでいるみたいだ」

元樹自身はあくまでもそれで説明責任を果たしたと言わんばかりの顔をしていたが、拓也は不服そうに顔をしかめてみせる。

「はあ…‥…‥」

呆れたようにため息をついた拓也に、元樹はこともなげに言う。

「まあ、いいじゃんか!これなら雅山に会えなくても、雅山がどんな人物なのか知ることができるしな。心配なら、とりあえず姿を変えるのは、この家の中だけに留めておけばいいしさ」

「ーーうん!私、あかりになってみたい!」

元樹が大した問題ではないように至って真面目にそう言ってのけると、口振りを戻した綾花は両拳を前に出して話に飛びついた。

わくわくと間一髪入れずに答える綾花に、拓也は困惑した表情でおもむろに口を開く。

「綾花が、雅山か」

「うん」

「まあ、試しにやってみるだけなら、問題はなさそうだしな」

綾花と元樹がほぼ同時にそう答えると、拓也はもはや諦めたようにこう言った。

「…‥…‥分かった」

「えっ?」

その言葉に、綾花は驚いたように目を見開いた。

拓也は綾花の両手を取ると、淡々としかし、はっきりと言葉を続ける。

「だけど、あくまでも上岡の家の中だけだ。元に戻るまで、絶対に外に出ないようにすること。そして、これからもこの魔術を使う時は、俺達の了承を得てからだ。いいな?」

「…‥…‥うん、ありがとう、たっくん」

綾花がぱあっと顔を輝かせるのを見て、拓也は思わず苦笑してしまう。

「ーーじゃあ、やってみるな」

進の部屋のベットに座ると、再び、口振りを変えた綾花は魔術道具である飴を呑み込むと、導かれるかのように宙に両手を伸ばす。

するとその瞬間、綾花の姿は蒼い光に縁どられていた。呼吸するように揺れるその蒼は煌めく海のような色だった。

「ーーっ」

その光に宿るものに、拓也は思わず刮目してしまう。

蒼い光が消えると、そこには綾花ではなく、別の幼い少女の姿があった。

海のように明るく輝く瞳をした少女は、きょとんとした顔で拓也達のことを見つめている。

「綾花、なのか?」

「ああ」

拓也の言葉に、少女はーーあかりの姿をした綾花はてらいもなく頷いてみせた。

「なんていうか、その、すごい魔術だな」

「井上らしいな」

拓也がたじろぎながらも率直な感想を述べると、綾花は楽しそうに小さな笑い声を漏らした。

そうして笑っている姿は、いつもの綾花そっくりで妙な感慨がわいてしまう。

複雑な心境を抱く拓也とは裏腹に、綾花はひとしきり笑い終えると真剣な眼差しでこう言った。

「井上、布施、試しに綾花に戻ってみてもいいか?」

「なっ、戻れるのか?」

「多分、大丈夫だと思うけどーー」

拓也の言葉に綾花がそう答えた途端、あかりの姿をした綾花の表情は先程までの進の表情とはうって変わって、いつもの柔らかな綾花のそれへと戻っていた。

「へえー、魔術を使った後なら問題はないんだな」

「うん、大丈夫みたい」

元樹があっけらかんとした口調で言ってのけると、綾花はいつものようにほんわかと笑ってみせた。

綾花…‥…‥。

そんな中、拓也は綾花のその姿を見て、いつもの進として振る舞っている時の綾花を重ね合わせていた。

確かに、姿は声音は別人のそれでも、口調はその言動は本当に綾花と同じだった。

それは、いつもと真逆の光景だ。

拓也の脳裏に、初めて進の両親と旅行に行った時の言葉が蘇る。


『たとえ、外見は変わっても、進は進ですから』


拓也は綾花の方へ視線だけ向けて、世間話でもするような口調で言った。

「どんな姿になっても、綾花は綾花だな」

「えっ…‥…‥?」

その言葉に、綾花は口に手を当てて思わず動揺した。

指先をごにょごにょと重ね合わせ、たまらず視線をそらした綾花に、拓也は真剣な眼差しで叱咤激励するかのように、そして叩きつけるように言った。

「気にするな。綾花は綾花であり、上岡であり、そして雅山だろう」

「…‥…‥う、うん」

「本物の雅山には、いつかみんなで会いに行こう」

「…‥…‥うん。ありがとう、たっくん」

文字どおり、あらゆる魔術騒動で生活が一変してしまった拓也は疲れたようにため息をつく。

しかし、穏やかな表情で胸を撫で下ろすいつもどおりの綾花を見て、拓也は胸に滲みるように温かな表情を浮かべていたのだった。

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