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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
54/446

番外編第一章 根本的に彼と彼女のつむぐ日々①

今回から番外編の話になります。

「ついにーーついに、我は綾花ちゃんをもう一人増やしてしまうという魔術ーー禁呪を見いだしてしまったのだ」

ホテルのラウンジの奥の席で警戒するように辺りを見渡した後、ほんの少し前に、裏ルートで新しく手に入れたばかりの魔術書を鞄から取り出すと、昂は嬉しそうに含み笑いした。

「うおおおおおおっ!」

昂は魔術書を超スピードでめくりながら、ひたすら絶叫する。

ホテルに着き、夕食を終え、先程まで綾花達と会話していたラウンジに着くなり、昂は極秘の手段でーーとある取り引きにて手に入れた魔術書を吟味し続けていた。

あまりにも怪しすぎて、近くにいた他の宿泊客達から思いっきり冷めた眼差しを向けられ、昂のいる場所自体が必然的に避けられていたことにも気づかずに、昂は先を続ける。

「…‥…‥ふむふむ、なるほどな。なんということだ! 我としたことが、このような重大な黙示録が書かれた魔術書を、つい最近まで手に入れ損ねていたとは!」

そう語りながら、昂は隅々まで本を凝視する。

そして最後まで読み終えると、昂は本の表紙を見つめながら拳を震わせて興奮した口調で言った。

「これで、綾花ちゃんは今度こそ、我を見直し、惚れ直すはずだ!」

得意げにぐっと拳を握り、天に突き出して、昂は誰かに宣言するかのように高らかに言い放った。知らず知らずのうちに胸が湧き踊る。

昂は本に向かって無造作に片手を伸ばすと、抑揚のない声できっぱりと告げた。

「そして、綾花ちゃんは我の彼女にーーそして、我は両手に花となりうるであろう!」

昂の視線はすでに目の前の本を突き抜けて、教会の下、タキシード姿の自分がウェディングドレス姿の綾花ともう一人のとある少女に囲まれた結婚式の想像図へと飛んで行ってしまっていた。

相変わらず、昂の行動原理はかくも難解で、時に過激ではあった。

だが、この行動が、後にとんでもない騒動の引き金になるとは、この時の彼には知るよしもないことだった。






綾花達の二泊三日の二家族旅行は、ひとまず休憩をかねてホテルに泊まることとなった。

バイキング形式の夕食を堪能した後、予約されている部屋の一つにて、拓也は元樹と他愛ない会話を交わしていた。

すべての元凶であり恋敵の少年と、友人ではあるが同じく恋敵の少年と同室という相も変わらずの居心地悪さに、拓也は思わず息をつく。

その時、不意に元樹の携帯が鳴った。

元樹が携帯を確認すると、先程、返事を返した茉莉からのメールの着信があった。


『ねえ、布施くん。綾花から聞いたんだけど、今回の旅行に舞波くんも同行することになったんだよね。あの神出鬼没な舞波くんから、絶対に綾花を守ってね』


そのメールの内容に一瞬、茉莉が必死に手を合わせて懇願している様子を思い浮かべてしまい、元樹は思わず苦笑する。

そして、「当たり前だ」と返信すると、

腕を頭の後ろに組んで部屋の壁にもたれかかり、元樹はゆっくりと部屋を見渡し始めた。

先程まで浮かれ気分で、綾花との将来のことを一人語り尽くしていた昂の姿が、いつの間にか見当たらない。

メールの内容を想起させるような状況に、元樹は苦々しい顔で眉をひそめる。

元樹はつかつかと近寄ってきて、拓也の隣に立つと、ぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で言った。

「拓也。先程から、舞波の姿が見当たらないよな」

「…‥…‥ああ。俺も気になっていた」

苦々しい表情で、拓也は元樹とともに部屋を見渡す。

舞波のことだ。

綾花に上岡を憑依させた時のように、また、ろくでもないことを考えているのかもしれない。

悶々と苦悩していると、そんな不安さえ拓也の頭をもたげてくる。

舞波はいたらいたらで困るのだが、姿を現わさないとさらに嫌な予感しかしない。

「もしかしたら、綾花のところにーー」

「井上、布施、大変なんだ!」

もしかしたら、綾花のところに行っているのかもしれない。

拓也がそう言いながら部屋のドアを開けて、元樹とともに綾花のいる部屋に行こうとした矢先、不意に綾花の声が聞こえた。

ホテルの通路内だというのに、あえて進として振る舞っている綾花に、拓也は不思議そうに首を傾げる。

「どうしたんだ、綾花。上岡として振る舞ったりして?」

「違うんだ、井上!元に戻らないんだ!」

「はあ?」

あまりに意味不明な言葉に、拓也は思わず唖然としてしまう。

そんな拓也を見て、綾花は必死に言い直した。

「俺、俺にーーいや、綾花に戻らないんだよ!」

「綾。それって、上岡として振る舞った状態から戻らないって言うことなのか?」

切羽詰まったような綾花の声に、元樹はあくまでも真剣な表情で聞いた。

「ああ」

「なっーー」

綾花の言葉に、拓也の顔がみるみると強張っていく。

「やっぱり、これって昂の仕業だよな」

「ああ。こんなことをするのは、舞波しかいないだろうな」

綾花が困ったような表情で一息に言い切ると、元樹は鋭く目を細めた。

「はあ~。舞波のやつ、魔術を使わないようにすると綾花の両親に告げたばかりなのに、すぐに魔術を使うんだな」

拓也は呆れたようにため息をつく。

「…‥…‥なあ、綾」

拓也が顎に手を当てて、昂の行き先を思案し始めたのと同時に、ふと思い出したように元樹は綾花の方を振り返った。

ふわりと翻るサイドテールの黒髪。

いつもの綾花によく似た顔が、不思議そうな表情で小首を傾げる。


「また、ホテルのラウンジの方を見に行ってみないか?もしかしたら、舞波もそこにいるかもしれないしな」


「なっーー」

意表を突かれて、拓也は思わず隣の元樹に視線を向ける。

「あのな、元樹。今は、それどころじゃないだろう」

有無を言わさず、にんまりとした笑みを浮かべてきた元樹の姿に、拓也は苦々しく眉を寄せる。

「心配するなよ、拓也。舞波のことだ。先程、ラウンジで見た満天の星空の余韻に再び、浸っている可能性が高いだろう」

「…‥…‥まあ、確かに、あいつのことだからその可能性はあるな。綾花、行ってみるか」

「ああ。ありがとうな、井上、布施」

いつもの二人のやり取りに、綾花は思わず、日だまりのような笑顔で笑ったのだった。






「うむ、美味いな」

昂はホテルのラウンジで、注文していた紅茶を口に運ぶとなんとも幸せそうな表情を浮かべた。

「これで、綾花ちゃんが我の隣の席にいれば言うことないではないか」

昂は夢を見るような表情を浮かべて、うっとりと言葉を続ける。

その時、やや冷めた声が背後から聞こえてきた。

「…‥…‥やっぱり、今回の件も、おまえの仕業なのか?」

「貴様ら、何の用だ。断っておくが、我は綾花ちゃんが進として振る舞ってしまう状態など知らぬぞ」

「…‥…‥おい」

拓也と綾花と元樹がラウンジに入ってくるなり、素知らぬ顔で自ら自白してきた昂に、拓也はげんなりとした顔で辟易する。

綾花は昂の顔を見るなり、切羽詰まった表情で言い募った。

「なあ、昂。さっさと元に戻せよな!」

「すまぬ、綾花ちゃん。いくら綾花ちゃんのお願いでも、こればかりは戻せぬのだ…‥…‥むっ!」

不適な笑みを浮かべてそう言い切った昂から、元樹はあっさりと魔術書を奪うとしおりが挟まれている箇所を開いてみる。

「分魂の儀式における『補足魔術』。なんだ、これ?」

「分魂の儀式における補足魔術?」

拓也が驚いて元樹に聞き返すと、元樹は軽く肩をすくめてみせた。

「これ、魔術の効果か、何かか?」

「待つのだ!それを今、この場で貴様が言ってしまっては元もこうもないのだ~!」

昂が心底困惑して訴えるのをよそに、元樹は低くうめくようにつぶやいた。

「…‥…‥なになに、『大好きなあの人をもう一人増やせる魔術』?」

「はあっ?」

その思いもよらない言葉は、友人である元樹から当たり前のように発せられた。

何というか、凄いというかバカバカしいというべきか、迷ってしまうような内容だった。

何故か不本意そうに頷き、わざとらしく咳払いして、昂は苦悶の表情を浮かべながら決まり悪そうに叫んだ。

「なんだ、その目はっ!!誤解するな!我は綾花ちゃんと既に相思相愛だが、もう一人、綾花ちゃんがいたら、さらに至福なのではと思ったまでだ!しかし、この魔術を使った途端、何故か綾花ちゃんが進として振る舞ってしまうという不可解な現象が起こってしまってな。とにかく貴様、下種の勘ぐりはよせ!」

「…‥…‥いや、何も言っていないだろう」

不愉快そうに言うと、それから拓也はちらりと昂を見て、そして綾花に視線を移した。

「どうすれば、綾花をもとに戻せるんだ?」

「うむ。半日経てば、効果が切れると魔術書には書かれておった。明日のお昼頃には効果が切れるゆえ、少なくとも学校生活には影響が出ることはないだろう」

「…‥…‥そ、そうなんだな」

きっぱりと告げられた昂の言葉に、綾花はようやく、ほっとしたように安堵の表情を浮かべる。

だが、肝心の昂は深刻そうな表情で先を続けた。

「しかし、一つ問題があるのだ」

「問題?」

「このままだと、我は綾花ちゃんのご両親と進の両親に事の次第を知られて怒られてしまうのだ!綾花ちゃんーー否、進、頼む!いつものように、我を助けてほしいのだ!」

「…‥…‥またかよ?」

両手をぱんと合わせて必死に頼み込む昂に、綾花が躊躇うように少し困り顔でつぶやいた。

あまりにも勝手極まる昂の言い草に、拓也は額に手を当てて顔をしかめてみせる。

「勝手なことを言うな!」

「勝手ではない。我が綾花ちゃんに会えなくなってしまうという重大な危機ではないか」

「自業自得なだけだろう」

「ああ」

昂が心底困惑したように声を張り上げると、拓也と元樹は不愉快そうにそう告げた。

「…‥…‥おのれ」

歯噛みする昂が次の行動を移せない間に、拓也は元樹とともに綾花の手を取ると昂の制止を振り切り、ラウンジから立ち去っていったのだった。






分魂の儀式における『補足魔術』。

この言葉の意味を、俺達はこの時、もっと真剣に考えるべきだったかもしれない。

なにしろその魔術は翌日、この計画を企んだ当の張本人である昂ですら唖然としてしまうほどの影響を及ぼしてきたのだからーー。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昴の暴走ぶりはとどまるところを知りませんね。そして、何を求めているのだか、こちらも混乱してしまいそうな言動であります。増えたって、普通ならあまり喜ばしくはなかろうに、と読みながら突っ込んで…
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