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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
憑依の儀式編
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第五十二章 根本的に星を繋ぐ銀の糸のように ☆

綾花の住むマンションは最寄りの駅から少し歩いた先にある。

「ううっ…‥…‥」

その日、自分の部屋で、妙に感情を込めて唸る綾花の姿があった。部屋のドアを開けようと恐る恐る手を伸ばすのだが、すぐに思い止まったように手を引っ込めてしまう。

起きたばかりなのか、綾花はフリルのネグリジェを着ていた。

「今日から、お父さんとお母さん、そして父さんと母さんと一緒に旅行に行くんだよね」

それを何度か繰り返した後、綾花がぽつりとそう言った。

ゲームセンターの大会の帰りに拓也達と交わした約束どおり、綾花達は連休中に二泊三日の旅行に行くことになった。

綾花に進が憑依したことを打ち明けた後も、綾花の両親はまだ戸惑いを隠せない様子で進の両親とはぎこちない関係が続いていた。

綾花としては、今回の旅行で少しでも歩み寄ることができればいいなと思っている。

「ううっ~」

頭を悩ませるように、綾花はベットに寝転ぶと枕元に置いているペンギンのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

「ペンギンさん、きっと大丈夫だよね」

独り言のようにぽつりとつぶやくと、綾花は起き上がり、ペンギンのぬいぐるみを抱きかかえたまま、どこか切なげな表情で窓の外を眺めていた。

挿絵(By みてみん)

そうしてようやく、何度目かの躊躇いの後、綾花は部屋のドアを開けて洗面所へと向かう。

綾花が廊下を歩いていると、綾花の両親が声をかけてきた。

「おはよう、綾花」

「…‥…‥綾花、おはよう。リビングに朝食を置いているから、着替えたら食べに来てね」

「…‥…‥うん」

気まずそうな綾花の父親の言葉に少し躊躇うように顔を俯かせる綾花の母親と同様に、綾花もまた、不安そうに身体を縮ませてこくりと頷く。

「綾花」

踵を返し、そのまま洗面所に向かおうとしていた綾花は、綾花の母親が発した言葉にぴたりと動きが止まる。

首を傾げて戸惑う綾花に、綾花の母親は深々とため息をつき、こう告げてきた。

「ごめんね、綾花。お母さん、やっぱり、まだ不安なの。綾花に上岡くんが憑依したなんて」

「う、うん」

綾花の母親の言葉に、綾花が少し困ったようにはにかんでそう言った。

すると、綾花の母親は言いづらそうに、おずおずと言葉を続ける。

「でも、綾花は綾花だものね」

「…‥…‥えっ?」

その言葉に、綾花は口に手を当てて思わず動揺した。

驚いた表情でじっと黙ったままの綾花に、綾花の父親はあえて軽く言った。

「ああ、そうだな。綾花は綾花だ」

「…‥…‥うん。ありがとう、お父さん、お母さん」

文字どおり一日で生活が一変した綾花の父親は疲れたようにため息をつく。

しかし、穏やかな表情で胸を撫で下ろすいつもどおりの娘の姿を見て、綾花の父親は胸に滲みるように温かな表情を浮かべていたのだった。






「綾花」

「よお、綾」

綾花達が荷物を手に待ち合わせの駅へと向かっていると、不意に拓也と元樹の声が聞こえた。

声がした方向に振り向くと、少しばかり離れた道沿いに拓也達が綾花の姿を見とめて何気なく手を振っている。

荷物を握りしめて拓也達の元へと慌てて駆けよってきた綾花は、少し不安そうにはにかんでみせた。

「たっくん、元樹くん、遅くなってごめんね」

「気にするな、俺達も今、来たところだ」

「心配するなよ、綾」

拓也達がそれぞれの言葉でそう答えると、綾花は花咲くようににっこりと笑ってみせた。そして、嬉しさを噛みしめるように持っている荷物をぎゅっと握りしめる。

「琴音!」

綾花達が楽しそうに談笑しながら歩いていると、既に駅前で待っていた進の母親が綾花に声をかけてきた。

その隣には、進の父親が荷物をまとめながらも穏やかな表情で綾花を見つめている。

「父さん!母さん!」

綾花は拓也達から離れると、進の両親の元へと駆け寄っていった。

太陽の光に輝く黒髪のサイドテールを揺らして柔らかな笑みを浮かべた綾花を目にして、進の母親は思わず進の父親と顔を見合わせて苦笑する。

だが、綾花は駅にたどり着くと不安そうにきょろきょろと辺りを見回し、何もないことに気づくとほんの少しだけ表情に寂しさを滲ませた。

「綾花、どうかしたのか?」

元樹とともに綾花の元にやって来た拓也が素直に疑問を口にすると、綾花は掠れた声で答える。

「今日は舞波くん、来ないのかなと思って…‥…‥」

「まあ、普通は来れないだろうな」

「…‥…‥普通はな」

「綾花ちゃんーー!!」

元樹が拓也の言葉を引き継いでそう言った矢先、聞き覚えのある声が遠くから聞こえてきた。

突如、聞こえてきたその声に苦虫を噛み潰したような顔をして、拓也と元樹は声がした方向を振り向く。案の定、綾花めがけて駅前通りを走ってくる昂の姿があった。

「ど、どうしたの、まいーー…‥…‥」

「お願いだ、綾花ちゃん!」

驚きににじむ表情のまま、発せられた綾花の渾身の言葉は、同時に開いた昂に先んじられて掻き消える。

「我も、旅行に連れていってほしい!一秒でも長く、綾花ちゃんのそばにいたいのだ!」

綾花が態度で疑問を表明していると、昂が手を合わせて懇願してきた。

「えっ?ええっ!?」

綾花はその言葉に愕然としたまま、目をぱちくりと瞬いた。

「綾花?」

「あら、その子って確か?」

遅れて駅前へとやってきた綾花の両親の声を聞いた瞬間、綾花は戸惑うように揺れていた瞳を大きく見開いた。

そんな綾花を放置したまま、昂は容赦なく話を進めていった。

「綾花ちゃんのお父上!お母上!どうか、我も旅行に連れていってほしいのだが!もちろん、最終警告の条件どおり、魔術は使わないようにするのだ!」

刹那、場の空気がシンと静まり返る。

土下座をして何度も請うように頼む昂に、綾花の両親は言葉を失って唖然とした。

かくして、これから二家族旅行が始まるとはとても思えない平和過ぎる昂の台詞の中、拓也はさらに気苦労が倍になった気がして少し憂鬱な気分になったのだった。





改札口を通り抜け、駅のホームに立った綾花の父親は、居住まいを正して真剣な表情で進の父親に頭を下げてきた。

「今日はお誘い頂き、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ、どうかよろしくお願い致します」

綾花の父親の言葉に、進の父親は決然とした表情で深々と頭を下げる。

その様子を、 綾花は浮かない顔をして見守っていた。所在なさげに持っている荷物をぎゅっと握りしめている。

拓也は綾花の両親と進の両親がいる方向へと視線を向けると、はっきりと言った。

「綾花、きっと大丈夫だ」

「 心配するなよ、綾。綾の両親と上岡の両親なら、うまくいくと俺は思うな」

「…‥…‥うん。ありがとう、たっくん、元樹くん」

ほんわかな笑みを浮かべて言う綾花を見て、拓也と元樹も笑顔を返す。

「なあ、綾花ーー」

「我は納得いかぬ!」

拓也が何かを言いかける前に、昂は地団駄を踏んで激怒した。

「井上拓也!何故、貴様が今回も綾花ちゃんの隣の席なのだ?貴様、今すぐ、その席を替わるべきだ!そうすれば、もれなく我は綾花ちゃんの隣で、綾花ちゃんという小さき天使を存分に見ることができるではないか! 」

「勝手なこと言うな!」

昂が罵るように声を張り上げると、拓也は不愉快そうにそう告げる。

「綾花ちゃんのご両親から旅行について来てもいいという了承を得たのだから、つまり、もう綾花ちゃんは我のものだ!」

「なっーー」

あまりにも勝手極まる昂の言い草に、拓也は思わずキレそうになったがかろうじて思い止まった。

まもなく特急列車が到着するという、駅アナウンスが流れたからだ。

そんな中、駅のホームを眺めながらこっそりとため息をつくと、元樹は吹っ切れたように綾花に話しかけてきた。

「なあ、綾。これから乗る特急列車には、軽食が食べられるビュッフェ車があるんだけど、一緒に行かないか?」

「なっーー」

その言葉に、拓也は思わず絶句する。

そして視線を転じると、元樹に向かって声をかけた。

「あのな、元樹」

そう言って拓也が非難の眼差しを向けてきても、元樹は気にせずにさらにこう口にする。

「俺、この特急列車には何回か、乗ったことがあるんだけど、ビュッフェ車車内から見る景色はすげえ絶景なんだよな!」

「そうなんだ」

感慨深げに、綾花は遠目に見える特急列車を見つめながらそうつぶやいた。

「なあ、綾。一緒に行かないか?」

有無を言わさず、にんまりとした笑みを浮かべてきた元樹の姿に、拓也は苦々しく眉を寄せる。

拓也は首を横に振ると、きっぱりとこう告げた。

「悪いな、元樹。ビュッフェ車には、俺も一緒に行く」

「もちろん、我も一緒に行くのだ!」

そう言って、座に加わってきた昂の言葉に対して、拓也は即座に不満を込めて言い返した。

「おまえは今すぐ、家に帰れ!」

「我は帰らぬ!」

「あ、その…‥…‥」

「…‥…‥行こう、綾」

綾花が窮地に立たされた気分で息を詰めていると、有無を言わせず、元樹は綾花の手を取った。そして、拓也と昂の返事を聞かずに、到着した特急列車の車内へと強引に連れだそうとする。

当然のことながら、拓也は動揺をあらわにして叫んだ。

「おい、元樹!」

「心配するなよ、拓也。特急列車の座席は、対面して座ることができる回転式だ」

「回転式?」

拓也がさらに不可解そうに疑問を口にするが、元樹は気にすることもなく言葉を続ける。

「ああ。だから俺も、ビュッフェ車で軽食を購入した後、綾と一緒に向かい合って座っても構わないだろう?」

「ーーっ」

決死の言葉を元樹にあっさりと言いくるめられて、拓也は悔しそうに唇を噛みしめた。

特急列車の車内に入ると、元樹はそのまま綾花の手を取って、前もって予約していた指定席の車両へと向かってしまった。

拓也と昂も慌てて、特急列車へと駆け込む。

ちなみに、昂が旅行について行くことを見越してか、昂の両親は前もって昂の分の旅行料金は全て支払っていたらしい。

「琴音達は相変わらずだな」

「そうですね」

遅れて車内へと入った進の父親と進の母親は、そんな彼らの様子を見てため息をつきながらも真摯な瞳でそうつぶやいた。

「…‥…‥綾花」

進のーー綾花のことを語り合う進の両親を見つめていた綾花の母親のその声は、驚いたような嬉しいような、でもどこか受け入れられないような、複雑な感情が入り交じっていた。

そのことに気がついた綾花の父親は、綾花の母親をそっと抱き寄せて言った。

「遥香、綾花は綾花だろう?」

「…‥…‥ええ」

綾花の父親の言葉に、綾花の母親が掠れた声で答える。

だが、その後、座席に座っても、綾花の母親は黙りがちだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 綾花ちゃんのためとはいえ、両家で旅行に行こうという発想がカオス過ぎて吹きました(笑)それで、親しくなってほしいというのが、健気なようでいて、それ以上に面白かったです。それは、なかなか両家ご…
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