第七十一章 根本的に彼女は四人分、生きている⑦
「『ラグナロック』、かなり手強くなりそうだよね」
言いたかった言葉を見つけたらしいりこは、一気にそう言う。
だけどーー。
「でも、りこ達、絶対に勝つからねー!」
りこは当然というばかりにきっぱりと答える。
彼女らしい反応に、春斗はふっと息を抜くような笑みを浮かべた。
そして改めて、昂達がいるステージを見つめる。
ざわつく観客達を背景に、実況がこれから対戦することになる昂と陽向の紹介をしていく。
「黒峯陽向。今までの借り、そして我の魔術書を取り戻す時が来たのだ!」
昂はステージ上のモニター画面に視線を戻して、コントローラーを手に取った。
「うん。昂くん、期待しているよ!」
「では、レギュレーションは一本先取。最後まで残っていた方が勝者となります」
遅れて、コントローラーを手に取った陽向の声が、場を盛り上げた実況の言葉と重なる。
それと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
次の瞬間、二人のキャラは満天の星空を背景に、激しく斬り結んだ。
「昂くんはすごいね。でも、僕には勝てないよ」
陽向の自信に満ちた言葉。
しかし、肝心の昂は、それらのことを全く気にせずに話をひたすら捲し立てまくった。
「黒峯陽向! 今から思う存分、我の凄さを知らしめてやるのだ!」
「舞波くん、陽向くん、頑張って!」
昂が絶対的な勝利を確信し、断言するーーその姿を視界に収めた綾花は歓声を上げた。
その歓声に応えるように、昂は熱戦を繰り広げる。
その様子を見守っていた拓也は、不意に表情を緩めた。
「なあ、綾花。俺にもう一度、希望をくれないか?」
「希望?」
拓也が咄嗟に口にした疑問に、綾花はきょとんとする。
「辛くても悲しくても怖くても、俺がしがみつきたくなる希望がほしいんだ! ーー今後、何があっても、綾花を絶対に守りたいから!」
「ーーっ」
綾花がその言葉の意味を理解する前に、拓也はそっと、綾花の唇に口付けをした。
「今の綾花といると、初めての感情がいっぱい出てくる。だから、離れたくない。離したくないんだ。これからも、綾花にそばにいてほしいから!」
「……うん。私もね、たっくんのそばにいたい。ずっとそばにいたいの。だって、たっくんが笑ってくれると嬉しいから」
そう答えてくれた綾花の、きらきら輝く笑顔を思い出す。
明るい色をした瞳を思い出す。
何度も、一緒に歩いた。
何度も、みんなで困難に立ち向かった。
思い浮かぶのは、大好きな彼女のことばかり。
気持ちが溢れるってこと。
人を好きになるっていう気持ち。
「俺、どうしようもなく、綾花が好きだ……」
淡く微笑む彼女を思い描けば描くほど、切なく苦しくなる。
拓也にとって、今も昔もぜんぶ、ひっくるめて、綾花は特別な存在なのだから。
「今の俺がいるのは全部、今の綾花がいたからだ」
「……うん。私も、たっくんがずっとそばにいたから、今、すごくすごく幸せだよ」
賑やかな喧騒に包まれて、二人は互いの顔をいつまでもいつまでも眺めていた。
時は止まることもなく、常に未来に向かって歩いている。
それでも、この瞬間が永遠に続けばいいと、拓也は願っていた。
「おい、拓也。麻白の彼氏は俺だからな!」
「おのれ~!偉大なる我を差し置いて、綾花ちゃんに口づけをしてのけるとは不届き千万な輩だ!」
この後、元樹と魔術で察知した昂が参戦してくるまでは。
二人のその声に妙な引力を感じた。
天啓にも似た直感。
それに突き動かされるようにして、拓也と綾花は笑う。
この日の幸せ。
そのすべてが、みんなの新たな始まりになるのだから。
彼女は今日も四人分、生きているーー。
この話で完結になります。
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