第六十八章 根本的に彼女は四人分、生きている④
数多の思惑が絡み合っていたその頃。
「さあ、これより、『ラグナロック』の新たなチームメンバーの座を賭けたバトルを開始するぞ!」
実況による開幕の宣言に、観客達の熱は伝播し、万雷の歓声が巻き起こった。
そんな中、綾花達は特別に、観客席ではなく、昂達の戦いが間近で見れる場所で観戦している。
元樹は巨大モニター画面に映し出されている、これから戦うことになる二人の映像を確認した。
「まさか、本当に実現するとはな」
「ああ。これから、黒峯蓮馬さんの取り計らいで、舞波と陽向くんのバトルが行われるんだな」
その光景を見つめていた拓也が不安を吐露する。
事実を予め知っていたとはいえ、実際に目の当たりにすると重く感じた。
『黒峯陽向。チームメンバーの座をかけて、今すぐ勝負するべきだ!』
あの時、昂が口にした願いを聞き留めた玄の父親は、紆余曲折あった末に、二人が対戦できるように漕ぎ着けたのだ。
みんなに楽しいと感じてもらうために。
そして、二人にギリギリのバトルを楽しみ切ってもらうために。
「元樹、黒峯蓮馬さんはここに来ているのか?」
「ああ。黒峯蓮馬さんは、三崎カケルさん達とともに、麻白を幸せにするために模索しているみたいだ」
ふと湧いた拓也の疑問に、元樹は厳かな口調で応えた。
ありふれた日常が非日常に変わる。
その境界線となったのは魔術という存在ーー。
昂は魔術を使って、綾花に進を憑依させただけでは留まらず、『分魂の儀式』を用いてあかりに度々、進の心の一部を憑依させて生き返させるという離れ業をやってのけた。
そして、玄の父親達が行った麻白の心と記憶を綾花に宿らせるという神変。
最早、綾花達にとって、魔術とは身近なものになっていた。
魔術は存在しない。
そう一笑に付せないだけの経験を、拓也達は今も現在進行形でしている。
その証が、拓也達の視線の先にあった。
「黒峯陽向。『ラグナロック』のチームメンバーの座をかけて、勝負だ!」
「うん。昂くん、楽しみにしているよ。でも、今の昂くんはだいぶ順位が落ちているよね。僕を相手をするのは厳しいんじゃないかな」
「おのれ~。黒峯陽向、余裕綽々なのも、今のうちなのだ!」
勇み立つ昂の奮闘に応えるように、陽向は前を見据える。
「黒峯陽向。貴様は今日、ここで我が引導を渡してやるのだ! 悔い改めて、チームメンバーの座を諦めるのなら、今のうちだと考えるべきだ!」
「うーん。僕は諦めるつもりはないよ」
昂の挑発めいた発言に、陽向はきっぱりと応えた。
二人はバチバチと火花を散らす。
もはや、以前までのような、緊迫した雰囲気はない。
その光景はどこまでも穏やかだった。




