第六十七章 根本的に彼女は四人分、生きている③
視線を向ければ、表情が乏しい女性が儚げな眼差しをゆっくりと焔へ向けている。
「また、俺のお目付け役かよ……」
焔の冷たい視線が虚ろな女性を射抜いた。
女性は人間ではない。
阿南家の魔術の使い手が用いる自動人形だ。
阿南家の魔術の家系の者は生来、魔術の影響を受け付けない。
それと同時に、魔術回路を内臓する自動人形を操る使い手という一面を持ち合わせていた。
人格も意思も持たず、阿南家の魔術の使い手の定められた指示にだけ従う存在。
彼らを使役し、阿南家の魔術の家系の者達は予見どおりに事が進めることができた。
目の前に佇む女性は焔の祖父が操る自動人形だ。
頻繁に問題を起こす焔のお目付け役として、祖父は度々、彼女を焔のもとへと向かわせている。
今回も、監視の意味を込めて焔のもとへと赴かせたのだろう。
「まあ、いいけどな。阿南家の奴らも、『エキシビションマッチ戦』の戦いを間近で見て思うところがあったのかもしれねぇな」
焔は抑えようとしても抑えることのできない情動を抱く。
「魔術の本家の奴らの虚を突くのは俺達、阿南家の役目だ! 魔術の面でも、ゲームの面でもな! 誰にも邪魔はさせねえ!」
最早、焔は寸毫として迷わなかった。
文月と夕薙。
魔術の本家としてもプロゲーマーとしても名高い二人と改めて、向き合う覚悟を決める。
「魔術の本家の者が、俺達を妨害してきたとしても関係ねえ! 俺は阿南家の存在を、魔術の本家の者ども、他の魔術の家系の者どもにーー世間に認めさせたいんだ……!」
理想を心に、けれど歩む道は実力が十分に伴っていないと進めない。
全てを成し遂げるためには、己の掌は余りにも小さ過ぎるのだと知っている。
だからこそ、焔は期待を込めた眼差しで主君である輝明を見つめた。
魔術の本家の者達。
舞波昂に関わっていけば、これからも出会えるはずだ。
そんな大層な者達、俺達で蹴散らしてやるぜ。これは俺達なりの魔術の本家の者達に対する意地だ。
憎まれ役なら買って出てやるぜ。
……なにしろ、輝明の魔力は、あの舞波昂と黒峯陽向なんかよりも上なんだからよ。
焔はあの時、輝明が大会会場で見せた魔力を思い起こして歓喜する。
まるで焔の竜が長き、永き封印から解き放たれたようにーー。
焔は確固たる意思とともに両手を広げて空を仰いだ。




