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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
憑依の儀式編
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第四十三章 根本的に誰がために彼は走る

「これは、どういうことなんだ?」

あまりにも想定外なことが起こると人は唖然としてしまうものだが、綾花の父親はまさに自分の目を疑った。

自分の娘が、見知らぬ女性に抱きついて泣いているのだ。

まるでそれは一度、何かしらの事情で引き離された親子が人知れず、再会を喜び合って抱擁している光景のようでもあった。

綾花の父親は思わず、唇を噛みしめると、やり場のない苛立ちを少しでも発散させるために拳を強く握りしめた。

不意に先程、妻から聞かされていた言葉が、綾花の父親の心に重くのしかかる。

『それに前に、帰宅途中の綾花を見かけたから声をかけようと思ったんだけど、知らない人の家に入っていったのよね。しかも、その家の奧さんらしき人のことを『母さん』って呼んでいたの』

あまりにも理解不明な現象に、綾花の父親は苛立ちを隠せずに感情に任せて先程と同じ言葉を口にした。

「綾花、これはどういうことだ?」

「ーーっ。違うの、お父さん!母さんはその、お友達のお母さんでーー」

先程までの進の表情とはうって変わってほんわかな綾花の表情へと一変させると、目に涙をいっぱい浮かべながら、顔を上げた綾花はしっかりとした口調で訴えようとして、

「もう、二度とここには来るな」

と、拒絶の意思を如実に込めた綾花の父親の言葉に強く遮られた。

不意に目の前の父親から距離を感じて、綾花は傷ついた表情を浮かべて俯く。

押し黙ってしまった綾花を見かねて、拓也はきっぱりと言った。

「待って下さい、おじさん!これには事情があるんです!」

「事情?」

淡々と告げられる拓也の言葉に、綾花の父親は疑惑の表情に憂いと躊躇をよぎらせる。

すると、今まで綾花達と綾花の父親のやり取りを傍観していた元樹が、意を決したように綾花の父親の方を振り向くと、神妙な面持ちで話し始めた。

「はい。これは、綾のためでもあるんです」

元樹の言葉に、心動かされるものがあったのだろうか。

幾分、表情をゆるめて、綾花の父親が尋ね返す。

「…‥…‥綾花のため?それは、どういうことなんだ?」

「俺達の隣のクラスに、上岡っていう奴がいます。でも、上岡は今、行方不明になっているんです」

「上岡くん?」

元樹の言葉に、綾花の父親は訝しげに首を傾げてみせる。

それは以前、綾花が『宮迫琴音』として登校している間、クラスに来れなかった際の理由として、元樹が咄嗟にフォローした内容だった。

呆気に取られている拓也に目配りしてみせると、元樹はさらに続けた。

「綾は以前、上岡に助けてもらったことがあって、それ以来、上岡と仲が良かった友達や上岡の両親とも頑張って仲良くなろうと努力しています。でも、肝心の上岡は行方不明になってしまったので、こうして上岡の家に立ち寄っては、よく上岡の両親と一緒に上岡を探しているんです」

それでも腑に落ちないような様子で、綾花の父親はなおも元樹に訊いた。

「綾花が僕達に言い出せなかった、『本当のこと』というのはそれか。それなら、どうして綾花はそのことを僕達に話してくれなかったんだ?」

綾花の父親が責めるように言うと、元樹は少し声を落として告げる。

「言い出せなかっただけだと思います。言えば両親を悲しませてしまうんじゃないかと、綾は悩んでいたんだと俺は思います」

「なら何故、綾花はその人のことを『母さん』って呼んでいるんだ?」

核心に迫りそうな綾花の父親の質問に、拓也は隣に立っていた綾花に視線を向けると焦ったようにこう言った。

「あっ、その、綾花は上岡の両親のことを『父さん』、『母さん』って言うのがクセみたいで、どうしてもそう呼んでしまうんだよな?なあ、綾花」

拓也の最後の言葉は、綾花に向けられたものだった。

拓也が誤魔化すように必死に言い繕うのを見て、綾花は追随するようにこくりと首を縦に振った。

「う、うん。知らず知らずのうちに、そう呼んでしまうようになっちゃったの」

「…‥…‥まぎわらしい呼び方をするな。遥香がーー母さんが心配していたぞ」

「…‥…‥うっ、ごめっ」

言葉に詰まった綾花は顔を真っ赤に染め、もういっそ泣き出しそうだった。

そんな綾花の手を取ると、綾花の父親は淡々としかし、はっきりと告げた。

「事情は分かった。綾花、怒鳴ってしまってすまない。だが、詳しい話は帰ってからだ。遥香が、綾花の帰りを待っているからな」

「うん」

頷いて、綾花は綾花の父親とともにその場を立ちーー去れなかった。

進の母親が、綾花の右手を掴んできたからだ。

いや、それはもう掴んでいるというより、抱きしめているに近かった。

困惑する綾花と綾花の父親に、進の母親は必死の表情を浮かべて言った。

「あっ、待って、琴音ーーじゃなくて、その瀬生さん」

「母さん?」

虚を突かれたように瞬くと、綾花は振り返ってそう言う。

進の母親は驚愕する綾花の父親を見遣ると、綾花から一旦離れ、視線を床に落としながら謝ってきた。

「瀬生さんのご家族には、多大なご迷惑をおかけしてしまって誠に申し訳ありません」

綾花の父親は目を見開いて、正面の進の母親を見つめる。

進の母親は唇を強く噛みしめると、立て続けに言葉を連ねた。

「ですが、ご無礼を承知でお願い致します。瀬生さんが私達の家に来ることを許しては頂けませんでしょうか?」

「…‥…‥少し考えさせて下さい」

微妙に乱れた髪を直すこともせず、粛々と頭を下げる進の母親に、綾花の父親は頭が回らないながらも居住まいを正して真剣な表情でそう答えた。

そのいささか否定的な父親の言葉に、綾花は目を見開くとみるみるうちに表情を曇らせていく。

そんな綾花を見かねて、元樹はつかつかと綾花の隣に立つと、とりなすようにぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で言った。

「心配するなよ、綾。俺達も、綾が上岡の家に行けるように協力するからさ」

元樹の言葉を引き継いで、拓也も幾分、真剣な表情で綾花に声をかけた。

「ああ。絶対に離れ離れなんかにはさせない」

「たっくん、元樹くん、ありがとう…‥…‥」

二人の励ましの言葉に、綾花は今にも泣きそうな表情になりながらも、そっとはにかんでみせた。

「さあ、綾花、帰ろう」

「…‥…‥うん」

涙を潤ませた綾花が綾花の父親の言葉にしっかりと頷くと、拓也達とともにその場から立ち去っていく。

進の母親は結局、綾花にかける言葉さえも見つからないまま、薄暗い歩道の先へとゆっくりと遠ざかっていく綾花達の背中をじっと見つめていた。

どれだけ長い時間、見送っていただろう。

雨が止み、綾花が見えなくなった後も、進の母親はその幻影を見るかのようにずっと家の前に立ち尽くしていた。

「母さん、家の前に立ってどうしたんだ?」

「ーーあなたっ!」

進の母親は進の父親が帰ってくるの見るなり、荒れ回る気持ちを押さえきれなくなったかのように進の父親に抱きついてきた。

必死に涙をこぼすまいと堪える進の母親の姿に、進の父親は何かを察したように彼女を自身のもとへとそっと抱き寄せる。

抱き寄せたまま、進の父親は言った。

「母さん、琴音にーー進に何かあったのか?」

「進が、進がーーもう、ここには来れなくなるかもしれないの」

「ーーっ」

進の母親の言葉に、進の父親は不意打ちを食らったように悲しみで胸が張り裂ける思いになる。

進に、これからもそばにいてほしいーー。

そう恋い焦がれても、その代償はあまりにも大きすぎて間の当てられない現実を前に、進の父親は静かに目をつむった、ーーその時だった。

不意に、進の父親の携帯が鳴った。

進の父親が携帯を確認すると、先程、進の母親が会っていたと思われる綾花からのメールの着信があった。

進の父親は進の母親とともに家に入り、早速、そのメールを読み上げる。


『父さん、母さん、今日は急に押しかけてごめんなさい。だけど、たっくんと元樹くんと一緒に、お父さんとお母さんを頑張って説得して、また、ここに来れるようにするから。心配かけて、本当にごめんなさい』


そのメールの内容に一瞬、綾花がーー琴音が手を合わせて謝罪している様子を思い浮かべてしまい、進の父親は思わず苦笑する。

そして、あらゆる思いをない交ぜにしながら、進の父親は横で見つめている進の母親とともに、何気なくメールに添付されていた画像を開いた。

「「ーーっ」」

次の瞬間、進の父親と進の母親は目を見開き、思わず言葉を失う。


無邪気に笑いながら、ペンギンのぬいぐるみを掲げて喜んでいる幼き日の綾花の姿。

両手で掲げたペンギンのぬいぐるみが、とてもいじらしいと思った。

そして、その隣に写っていたのは、一見、どこにでもいるような普通の少年だ。

ペンギンのぬいぐるみを抱えた綾花の隣で、同じ年頃の少年ーー幼い頃の進が明るい顔で右手を振っている。

写真は魔術を使っての合成写真だろうか。何故か、幼い頃の綾花と進が隣同士で立っているというあり得ない光景が写っていた。


進の母親の脳裏に、あの日、旅行先の旅館の部屋で一人、アルバムをめくっていた際の真っ白な記憶が蘇る。

「進と琴音だな」

「進らしい写真ですね」

一瞬、遠い目をした進の父親の顔を見て、進の母親は頬に手を当てるとくすりと笑みをこぼした。

『父さん、母さん!』

『見て見て、ペンギンさんー!』

不意に、そこに写し出されていた最愛の息子の元気いっぱいな笑い声とーーそして隣で嬉しそうにはにかんでいる愛しい今の息子ーーいや、娘のほんわかな笑い声がこだました。


それは、気のせいだったのだろうかーー。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昴の妄想というか、理想というかが、現実を侵食してきていて、とんでもないことになりつつあるような(笑)由々しき事態ですね。とりあえず問題を、先送りというところでしょうか。今回もとても面白かっ…
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