第四十八章 根本的に現実に向き合う時⑧
「…………」
玄の父親は動きを止めた。
本当にこのままでいいのか、自問自答したからだ。
何時からだろう。
雨が嫌いになったのは。
何時からだろう。
雨を見て、娘の死を思い出すようになったのは。
今日は、雨など降っていない。
それなのに、そのことを思い出してしまうのは、目の前にいるカケル達の言葉に揺り動かされたことがきっかけだろうか。
その様子を見守っていた輝明の母親が確信を込めてつぶやいた。
「黒峯蓮馬。あなたはもしかして、三崎カケルに黒峯麻白を救ってほしいと思っているのではないのですか?」
「なっ!」
想定外な推測を聞いたように、玄の父親の背中を冷たい焦燥が伝う。
その玄の父親の反応が、輝明の母親の言動を裏付ける。
「そんなはずはない! 彼の父親が麻白の命を奪ったんだ! 彼は憎む相手で、麻白を救う存在ではない!」
輝明の母親の決死の言葉を打ち消すように、玄の父親はきっぱりとそう言い放った。
だが……。
「お願い……。もう一人で泣かないで……」
「…………っ」
輝明の母親の痛みをこらえた表情に、玄の父親は思わず動揺する。
「あなた達を苦しめているのは、あなた達自身です」
「僕達自身……?」
陽向は、輝明の母親の言葉を反芻する。
『陽向くん』
陽向の胸を打つのは、幼い頃の麻白の笑顔だった。
僕は変われなかったーー。
幼い頃の玄と麻白と大輝の姿が子守唄のように陽向の心を揺り動かす。
ずっとその手を掴めないのが麻白達だった。
そう、陽向は思っていた。
そして、それは正しくて、同時に間違いでもあった。
陽向が今掴んだものは過去ではなかった。
明日という光だ。
何時か来る明日を信じて待つために、陽向は今の麻白ーー綾花達と向き合った。
「もうあの頃には戻れない。麻白は、もう『麻白』としてしか生きられないから」
陽向はただ、弱音を吐いたように顔を俯かせて悲痛な声を漏らす。
あの頃に戻りたい、和解したい。
でも、魔導書の力をーー魔術の力を手放したくない。
叶うはずもないと、諦めた方が楽なことを知りながら。
それでも、或いはという、砂粒にも満たぬ可能性を胸に抱きしめて。
「あの頃……か」
輝明は陽向のその気概に促されて、自分のするべき事を理解する。
輝明は目を伏せて、声を掛けるべきの相手に神経を集中する。
もう一度、戦いへと意識を向ける。
だが、これは逃げる為の戦いではない。
自分の過去に向き合う為の戦いだ。
「何故、変われてないと思った? 今一番、変わるべきはその思考だな……」
「輝明くん。僕も変わっているのかな……」
輝明を一瞥した陽向はゆっくりと笑みを作り上げてからーー表情を消した。




