第四十二章 根本的に現実に向き合う時②
「……井上達は何とかなりそうだな」
その間にあかりはーー進は車椅子を動かしながら輝明と視線を合わせた。
「阿南、俺はみんなと一緒に、井上達のサポートに回るな」
「ああ、頼む」
ツインテールを揺らした進の呼びかけに、輝明は目を伏せて自身が使役する自動人形に目を向ける。
これは麻白を護るためだけの戦いではない。
魔術の妨害に屈せず、未来に羽ばたくための戦いだ。
「輝明。俺は……黒峯麻白さんを救いたい!」
たとえ想いが届かないとしても、カケルは麻白のために足掻きたい。
立ち止まって、後ろを向いて、『これまで』を積み重ねて。
でも、それは全部『これから』のためだから。停滞することとは絶対に違うからーー。
大事な何かをなくした心の闇は、いつまでたっても明けない。
そこにあるのは無くした過去に縋り、未来を閉ざす停滞。
だけど、個人の事情なんて置き去りにして、世界はいつもと変わらず明日がやってくる。
カケルはこれまでは、それはひどく悲しいことだと思っていた。
自分の存在に価値などないと証明しているように感じていた。
でも、それは残酷なことなんかじゃなくて、前に進むための道標。
進むはずだった未来に戻るための基準点。
時間は、独りでは受け入れられない悲しみを癒やすために流れていく。
そう思うことができるようになったのは、輝明達に出会えたおかげだった。
「だから、俺は黒峯麻白さんのお父さん達を止めたい!」
「……分かった。カケル…‥、僕達はおまえを信じている…‥。おまえなら、この状況を覆すことができるはずだ」
瞬間的な輝明の言葉に、花菜は一瞬、表情を緩ませたように見えた。
無表情に走った、わずかな揺らぎ。
その揺らぎが、輝明の戦意を感じ取って。
そして、無言の時間をたゆたわせた後で、花菜はゆっくりと頷いた。
「……黒峯麻白を救うことはカケルに任せる。私も信じているから……」
それとなく、視線をそらした花菜は、まるで照れているかのようにうつむいてみせる。
「カケル、僕達はおまえのサポートに回る。全力で想いをぶつければいい」
意思を固めた輝明は、その顔に確かな決意の色を乗せた。
「魔術の知識の使い手と魔術の使い手。母さんと黒峯玄達の身内であっても関係ない。そしてーー」
輝明の真剣な表情が、一瞬で漲る闘志に変わる。
「黒峯文哉。僕達を甘くみたこと、今すぐ後悔させてやる」
「ああ、そうだな。黒峯蓮馬さんの心を今度こそ、救ってみせる」
そう告げる輝明の口調に、進が抱いていたような逡巡や不安の揺れはない。
輝明の振る舞いに、進は心から安堵し、意思を固めた。
麻白の行く末をかけて、敵味方に分かれた綾花達が互いの信念を貫いて対峙する。
今、ここに玄の父親の心を救うための綾花達の総力戦が始まろうとしていた。




