第三十七章 根本的に彼の確固たる強さ⑤
「あなたがしていることは間違いよ。一番、変わるべきはあなたよ……。お願い、気づいて!」
そう訴える輝明の母親を一瞥した玄の父親は、ゆっくりと笑みを作り上げてからーー表情を消した。
「それでも、私は麻白に戻ってきてほしいんだ……」
玄の父親は悔悛の表情を浮かべながら、同じ言葉を反芻する。
それは不変の願い。
麻白を失ってから、玄の父親が抱き続けた願望だった。
「その魔術で、娘を永遠に失うとしても?」
「……っ」
輝明の母親は沈痛な面持ちで、苦悩の表情を浮かべている玄の父親を見つめる。
「改めて告げます。無理よ。あなたの娘を、黒峯麻白を魔術で生き返させることなんて」
「あの魔術を用いれば、それは可能になるはずだ」
予測できていた玄の父親の即答には気に払わず、輝明の母親は本命の問いを口にする。
「黒峯麻白を、本当の意味で救えるのは三崎カケルだけ。それは、あなたも気づいているはずです」
「なっ!」
想定外な推測を聞いたように、玄の父親の背中を冷たい焦燥が伝う。
その玄の父親の反応が、輝明の母親の言動を裏付ける。
「そんなはずはない! 彼の父親が麻白の命を奪ったんだ! 彼は憎む相手で、麻白を救う存在ではない!」
輝明の母親の決死の言葉を打ち消すように、玄の父親はきっぱりとそう言い放った。
だが……。
「お願い……。もう一人で泣かないで……」
「…………っ」
輝明の母親の痛みをこらえた表情に、玄の父親は思わず動揺する。
「あなたを苦しめているのは、あなた自身。あなたは、三崎カケルと初めて出会った日のことは覚えていますか?」
「忘れるわけもない。麻白の新しい傘を買ったーーあの雨の日のことは」
玄の父親の胸を打つのは、麻白を失った日の光景だった。
「彼の父親が、麻白の命を奪ったんだ!! 彼がどう言い繕うとも、決してそれは変わらない事実だ!!」
輝明の母親の言い分を、玄の父親は毅然とはねつける。
「……そうだ! 何も変わらない! だからこそ、私はこれまで、この魔術書に書かれている手順どおりに事を進めてきた。麻白の人格断片をーー麻白の心と記憶を完全に受け継いだ瀬生綾花さんは、もはや麻白だ! 後一歩なんだ!」
明らかな思考の飛躍があるのに、不自然な確信。
口元には笑みすら浮かべる玄の父親を見て、輝明の母親は不安を交じらせた。
「……私は、理想を求めるまっすぐなあなたに惹かれた。でも、次第に、あなたは妄執を捕らわれていることに気づきました。魔術が生み出す妄執に」
玄の父親が掲げた理想という名の妄執。
輝明の母親はその真理を知ることで、次第に畏怖を覚えていった。




