第三十一章 根本的にさよならの心⑦
重い沈黙。戦慄にも近い。
だが、すぐに状況を理解し、元樹は手筈どおりに動き始めようとする。
「黒峯蓮馬さんの目的は、あくまでも綾を完全に麻白にすることができる魔術を行使することだ。だけど、今の綾には輝明さんの加護がある。綾の心を弱くされても対処できるかもしれない。だけどーー」
元樹はその後に続く言葉を口にすることを躊躇う。
だが、それでも形にする。
「もし、あの時のように、魔術を無理やり行おうとすれば、綾や上岡の心だけではなく、麻白の心そのものが麻白ではなくなるかもしれないな」
元樹はあの時、陽向達が使っていた『綾花を完全に麻白にする魔術』を警戒する。
綾花達がいまだに周知することができない謎の数々は、今も彼女達の心を燻り続けていた。
「たっくん、元樹くん……」
「井上、布施……」
拓也が滑らせる視線の果てには、綾花とあかりーー進が不安を滲ませている。
拓也は切羽詰まった表情で疑問を口にした。
「なあ、元樹。綾花を完全に麻白にする魔術は、危険な代物なんだよな。それなのに何故、その魔術を用いて、黒峯蓮馬さんは綾花をーー麻白にしようとしているんだ?」
「魔術の知識が使える黒峯蓮馬さんだったからこそ、不可能を可能にできると思っているのかもしれないな」
状況は思っていたよりも複雑で混線しているのだと拓也と元樹は頭を抱えた。
そして以前、起きた出来事を呼び起こす。
あの時、あの瞬間。
玄の父親達は無理やり、綾花に麻白としての自覚を持たせようとしたのだ。
混迷した状況の中で、拓也達は身体を張って綾花を玄の父親達の手から護り抜いた。
「黒峯蓮馬、貴様の目的はなんだ? あの魔術を使えば、黒峯麻白を生き返らせるどころか、消滅させることになる。闇雲に力を行使しようとしているのなら、必ず後悔することになるわけだが」
「ーーっ」
文哉の鋭い指摘に、玄の父親は思わず、息を呑む。
茨のそれにも見えた玄の父親の道程は未だ、その終わりを見せてはいなかった。
「黒峯蓮馬。貴様は想像以上に厄介極まりないな。もっとも、貴様の意思が変わらないのは、既に理解している。私が、舞波昂くんの力を知りたいと思うように」
この場で、何が起ころうとしているのか。
文哉は這い寄る魔術の気配に耳をそばだてていた。
「さて、私達もいい加減、『極大魔術をもとにした大がかりな魔術』を使う必要があるな」
魔力を励起した文哉は行く手を阻む玄達をねじ伏せる覚悟を固める。
「出来るのならな」
玄は静かな闘志を纏って大剣を手に地を蹴る。
『ーー焔華・鳳凰翔!!』
『ラグナロック』のチームリーダーである玄が、ここぞという時に放った土壇場での必殺の連携技を前にして、文哉は完全に虚を突かれた。




