第二十六章 根本的にさよならの心②
「なるほどな」
二人の会話を聞いた元樹は、状況を改善するために思考を走らせる。
玄の父親の旧知の仲で、彼と同じ魔術に関わる家系の人間。
綾を完全に麻白にする魔術。
それを無理やり行えば、麻白の心に異変が生じる。
それってどういう意味なんだろうか?
元樹のその疑問は論理を促進し、思考を加速させる。
そうして、導き出された結論は、元樹が今の今まで考えもしない形をとった。
「もしかしたら、綾を完全に麻白にする魔術。
それを無理やり行えば、綾や上岡の心だけではなく、麻白の心そのものが麻白ではなくなる危険性があるのかもしれないな」
「なっ!」
「ううっ……」
予想外な真実を突き付けられて、拓也と綾花が目を見開く。
「でも、元樹。それだと綾花を完全に麻白にする魔術の意味合いが異なるだろう」
「そ、それって、最終的にどうなるのかな」
拓也と綾花が抱いた疑問に応えるように、元樹は推測を確信に変える。
「最終的に、麻白は別人の心になると思う」
確信を込めて静かに告げられた元樹の問いは、驚愕する玄の父親へと向けられていた。
「なっ……!」
想定外な推測を聞いたように、玄の父親の背中を冷たい焦燥が伝う。
その玄の父親の反応が、元樹の言動を裏付ける。
「そんなはずはない! 私はこれまで、この魔術書に書かれている手順どおりに事を進めてきた。麻白の人格断片をーー麻白の心と記憶を完全に受け継いだ瀬生綾花さんは、もはや麻白だ! 後一歩なんだ!」
元樹の決死の言葉を打ち消すように、玄の父親はきっぱりとそう言い放った。
「……叔父さん」
その鋭い声に、陽向は弾かれたように顔を上げる。
「私はーー私達はただ、麻白に帰ってきてほしい。帰ってきてほしいんだ……」
拳を握りしめ、苦悩の表情を晒す玄の父親は、明らかに戸惑っていた。
元樹達が綾花を守りたいと願っているように、玄の父親達もまた、麻白に戻ってきてほしいと焦がれている。
すれ違う想いは、元樹達と玄の父親達の間に確かな亀裂を生じさせていた。
「父さん」
玄の父親の嘆き悲しむ姿に、玄は躊躇うように俯いた。
「だが、今のままでは、麻白として生きていることにはならない。だからこそ、私はあの魔術を用いようとした」
「叔父さん、どういうこと? あの魔術は、麻白が本当の意味で麻白になる魔術じゃなかったの?」
困惑した陽向が先を促すと、玄の父親は大げさに肩をすくめてみせる。
「そんなはずはない。私はこれまで、この魔術書に書かれている手順どおりに事を進めてきた。少なくとも、魔術書に書かれている内容に間違いはないはずだ」
「ーーっ」
その玄の父親の言葉を聞いた瞬間、陽向は息を呑んだ。
確かに、今まで魔術書に書かれている内容と異なった結果が生じたことはなかったからだ。




