第四章 根本的に辿り着いた先は
今回も夜遅くの更新だったりします。
すみません(>_<)
「おのれ~」
休み時間ごとに来る進失踪に関する生徒達の質問攻めから逃れるため、昂が昼休みに逃げ込んだ先は校舎裏だった。
校舎の陰で陽が当たらず、昼食を摂るにも休憩を取るにも向かない暗所だ。一般生徒は用事がない限り、まず近づくことはない。
昂はそれでも人影がないか確認してから、持ち合わせていた弁当箱を開く。
「奴らは不死身のゾンビか?我を目の敵にしおって!我は進の件には関係ないと何度告げても追ってくる!」
こういう時、いつもなら昂の隣には進がいてくれた。一人で食べる昼食がこんなにも味気ないものだとは気づかなかったとばかりに昂は一人、淡々と言葉を連ね続ける。
「これでは、綾花ちゃんと下校することもままならないではないか」
胸に手を当てて深呼吸をすると、昂はどうすれば追っ手を振り払って綾花と下校できるのかを考え始めた。
だがすぐに考えるのを止め、昂は開いた弁当箱の中身を見る。
「うむ、とりあえずーー」
昼食を食べてからだな。
昂がそう続けようとしたところで、校舎裏の奥から誰かの声がした。
「いたぞ、舞波だ!」
男子生徒のかけ声に合わせて、さらに数名の生徒が校舎裏に踏み込んでくる。
あっという間に囲まれた昂は、彼らが全員『放送部』に所属していることを開口一番に聞かされた。
「1年C組の舞波昂さん、行方不明になった上岡進さんについて少しお話、いいですか?」
放送部の男子生徒の一人からマイクを突きつけられ、昂はうめくように叫んだ。
「こ、これでは昼食を食べることもできないではないかーー!!」
なおも逃走を図ろうとするが、完全に囲まれていてとても逃げられないことを悟り、昂はがっくりとうなだれるのだった。
「昂、あの後、大丈夫だったかな?」
終業のホームルームの先生の連絡事項を聞きながら、綾花は不安そうにぽつりとつぶやいた。
行方不明になった進の手がかりを、進の友人で学校一の変わり者である昂が持ち合わせているのではないかと噂が広まり、いまや全校生徒中、一番の有名人になってしまったらしい。
「あいつのことだから、うまいこと立ち回っているだろう」
左後ろの席に座る拓也が、そんな綾花の問いかけに顔を歪めて答えた。
「…‥…‥うん、そうだよね。こういう時、昂は無類の力を発揮するもの」
ほんわかな笑みを浮かべて思い出したように言う綾花を、拓也は何とも言えない顔で見つめた。
綾花の昂に向けられた笑顔ーーそれが、拓也の心に無性に勘に障るのだ。
これは綾花ではなくて、上岡の舞波に対する気遣い。
理性では分かってはいても、拓也の心は虚しさに苛まれた。
やり場のない苛立ちを少しでも発散させるために、拓也は机の上に置いた拳を強く握りしめる。
「たっくん?」
目をそらすようにそっぽを向いた拓也に、綾花は振り向いて不思議そうに小さく首を傾げた。
「…‥…‥何でもない」
押し殺すように答えた拓也の声に、綾花は戸惑ったように瞳を揺らした。
先生の話が終わり、日直の号令に合わせて挨拶を済ませると、クラスの生徒達は次々と帰宅して行く。
そんな中、拓也は鞄とサイドバックを握りしめて綾花の机の前まで行くとぽつりとこうつぶやいた。
「…‥…‥上岡は意外と人望厚い奴だったんだな」
「えっ?」
話をそらすように神妙な表情で言う拓也に、綾花は目をぱちくりと瞬いた。
視線をうろつかせる綾花に、拓也は意図的に笑顔を浮かべて言う。
「そうでなかったら、こうも騒ぎになっていないだろう?」
昂の唯一無二の友人ということで、進にとっても特別親しい友人は昂なのだと、拓也は勝手にそう思い込んでいた。
だが、進のクラスの生徒達に聞いてみると、クラスで浮いた存在である昂とは違って進の友人は数多く存在することを拓也は初めて知った。
一呼吸置いて、拓也はきっぱりと言った。
「なあ、綾花。…‥…‥帰りに、その、上岡のことを教えてくれないか?」
「わ、私のこと…‥…‥?」
「ああ」
あわてふためく綾花の頭を、拓也は穏やかな表情で優しく撫でてやった。
進が憑依したことで変わってしまった綾花と、それをいまだに受け入れられずにいる自分。
進の話を聞くことで、少しでも今の綾花を受け入れられるのかもしれない。
「聞かせてほしいんだ」
あとは無言で、拓也は綾花に話を促した。
「うーー」
「ねえねえ、綾花」
うん、と答えようとしたその時、明るく弾んだ声をかけられて、綾花は拓也からそちらへと視線を向ける。
いつからいたのか、茉莉が後ろ手に組んだまま、興味津々の様子で綾花の前に立っていた。
「さっきから、井上くんと何の話をしているの?」
「気にするな、こっちのことだ」
「もう、井上くん。それ、答えになってないってば!」
拓也がなんてことでもないように朗らかにそう答えると、茉莉は不満そうに口を尖らせた。
「悪いな、星原。行こう、綾花」
「…‥…‥あ、たっくん、待ってよ」
「あっ、ちょっと!」
呆気に取られた茉莉を尻目に、机に置かれていた綾花の鞄とサイドバックを掴むと拓也は戸惑う綾花の手を取って足早に教室を後にした。
「綾花ちゃんーー!我と一緒に、今度の日曜日に新しくできたゲームセンターに行くべきだ!」
正門前で放送部などのインタビューを受けながら、昂は拓也と一緒に下校してきた綾花を視界に収めて歓喜の声を上げた。
綾花と下校するため、昂が考え出した結論は正門前で放送部などのインタビューを受けながら綾花を待ち構えるというものだった。
これなら追っ手から逃れる必要もないし、綾花とも下校できるという寸法だ。
裏門から出るという可能性もあるが、今日は裏門の修理が行われているため、その可能性はない。
手に持ったゲーム雑誌を掲げて上機嫌でそう言い放つ昂に、うんざりとした顔を向けた後、気を取り直したように拓也は鋭い眼差しで昂を睨みつけた。
「これ以上、綾花に付きまとうなと言ったはずだが!」
「我が、そのようなことを聞くと思っているのか!」
拓也が非難の眼差しを向けると、昂はきっぱりと異を唱えてみせた。
さらに身を乗り出して前傾姿勢になり、昂は両拳を突き上げて興奮気味に言葉を続ける。
「そんなことより、 綾花ちゃん!我と一緒に、ゲームセンターに行くべきだ!」
「はあ?」
昂の思いもよらない誘いに、拓也は不意をうたれように目を瞬く。
そして目を伏せると、そこはかとなく得意げに拓也は突っ込んでみせた。
「悪いが、舞波。綾花はそういうたぐいものには興味がないんだ」
律儀にそう答えてやって、隣の綾花に視線を向けるや否や、拓也は思わず絶句してしまった。
綾花が両拳を前に出して、ぱあっと顔を輝かせていたからだ。
頭を悩ませながらも、拓也はとっさに浮かんだ疑問を口にする。
「…‥…‥上岡は、ゲームが好きなのか?」
「うん!」
わくわくと間一髪入れずに答える綾花に、拓也は容赦なく釘を刺した。
「今度の日曜日は、俺と水族館に行く約束だろう?」
「…‥…‥う、うん」
その言葉に、綾花はほんの少しふて腐れた表情でうつむき、ごにょごにょとつぶやく。
「なにぃーー!」
拓也のその何気ない言葉を聞いて、昂は大言壮語に不服そうに声を荒らげた。
「貴様は、昨日も綾花ちゃんと会っていたではないか!」
「…‥…‥おまえのせいで台無しにはなったがな」
昂が低くうめくように言うと、拓也は緊張感に欠けた声で告げた。
「綾花ちゃんはもう我の彼女になったのだから、我とデートするべきだ!」
露骨な昂の挑発に、拓也は軽く肩をすくめてみせる。
「勝手に決めるな!」
「勝手ではない。すでにこれは、我によって定められた確定事項だ」
「そうなんだ、昂らしいね」
傲岸不遜な昂の言葉に、口元に手を当ててにっこりと花咲くような笑みを浮かべた綾花に、拓也はむっと顔を曇らせた。
「おい、綾花」
言葉の応酬が途切れ、拓也の矛先が綾花へと向く。
不機嫌な拓也とは逆に、昂は両手を広げ、満面の笑みで言った。
「さすがすすーーいや綾花ちゃんだ!綾花ちゃんはもちろん、我と一緒にゲームセンターに行くのであろう!」
「いや、綾花は俺と水族館に行く!」
昂の断言に、自分に言い聞かせるような声で拓也は言い返した。
「あの…‥…‥」
ことあることにぶつかる二人に向かって、綾花はおずおずと声をかける。
そして昂の方を振り向くと、綾花は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんね、昂。私、やっぱり、たっくんと水族館に行く」
きっぱりとそう言い切った綾花に、昂は心底困惑して叫んだ。
「何故だーー!?あれだけ進がしたがっていた、あの新型ゲーム機も入っているというのに!」
「だって、ペンギンさんに会いたいもの」
どこか晴れやかな表情を浮かべて笑う綾花に、昂は頭を抱えて虚を突かれたように絶叫した。
「…‥…‥ま、まさか、進のゲーム好きが綾花ちゃんのペンギン好きに負けたというのか!!」
「確定事項ではなかったな」
拓也の揚げ足取りのような言葉に、昂は思わず鼻白む。
「…‥…‥おのれ」
歯噛みする昂が次の台詞を出せない間に、拓也は綾花の手を取ると昂の制止を振り切り、正門前から立ち去っていった。
綾花と二人きりになった拓也が向かった先は、夕暮れの学校近くの公園だった。
「…‥…‥人が少ないね」
目を細めて心細そうに辺りを見回す綾花に言われるまでもなく、公園の中は閉散としていて人気は少ない。
ここなら綾花が進の話をしても、誰かに聞かれてしまうという心配はないだろう。
拓也は近くのベンチまで歩くと、綾花とともにその上に腰かける。
夕闇に染まる空をぼんやりと眺めながら、拓也の瞳には複雑な感情が渦巻いていた。
綾花が拓也と一緒に水族館に行きたいと告げてくれたことは、もちろん嬉しかった。
でも、拓也は気づいていた。
それよりももっと嬉しかったこと、それは綾花のペンギン好きが、進のゲーム好きに勝ったという事実だった。
綾花の口調とわずかに覗いた彼女の表情が、それが彼女の純然たる本音であることを物語っていた。
進が憑依したことで変わってしまった綾花と、それをいまだに受け入れられずにいる自分。
状況は何も変わっていない。
それなのに、これから綾花の口から語られるであろう進の話に耳を傾けながら、拓也は自分の心が先程ほどには、綾花の昂に向けられた笑顔に傷ついていないことに気づいた。




