第十二章 根本的に星の向こう側には④
「元樹。確か『時間を停止させる魔術』は、世界の概念を壊す危険性を帯びている代物だったはずだよな。魔術の本家の人達が容易に扱うことができない魔術を用いるために、阿南家の人を加担させている。そこまで、黒峯蓮馬さんは綾花をーー麻白にしようとしているのか」
「麻白を救いたいという気持ちが強すぎた黒峯蓮馬さんだったからこそ、この場で極大魔術を使うという算段を講じることができたのかもしれないな」
状況は思っていたよりも複雑で混線しているのだと拓也と元樹は頭を抱えた。
先程からの緊張感が別の意味を持つ。
一進一退の緊迫した状況ーー。
「どうやら、黒峯蓮馬さん達は舞波昂くんの極大魔術の維持を妨害するつもりみたいですね」
その様子を見つめていた夕薙が真剣な声音でつぶやく。
「文哉さんが『極大魔術をもとにした大がかりな魔術』を行使するためにも、彼らの対処は僕と文月さんがすることになりそうですね」
「そうなりますね~」
確かめるような問いをぶつけた夕薙に対して、頬に手を当てた文月が上機嫌にはにかんだ。
その時ーー
「我はそんなことはどうでもいいのだ!」
「……わぷ!?」
奇襲を仕掛けてきた第三者の声に、ようやく状況に気づいた文月は間の抜けた声を上げる。
強靭な魔術の嵐が文月を後方へと吹き飛ばす。
「我の極大魔術の維持を阻止しようとした罪は重いと知るべきだ!」
奇襲を仕掛けてきた存在ーーそれは先程まで昂の分身体達の対処に追われていた昂だった。
昂の極大魔術の維持を阻止したのは陽向達だったのだが、昂は文月達も加担していると決めつけてしまったらしい。
「素晴らしい、素晴らしいぞ、我の魔術による猛攻は!」
期せずして始まった昂の語り口。
文月は躊躇いの色を滲ませたまま、身ぶり手振りで当たり散らす昂を見つめる。
「まさに我は魔術の本家の者達をも翻弄する偉大なる未来の支配者、そして綾花ちゃん達を黒峯蓮馬と黒峯陽向の魔の手から颯爽と救う救世主ではないか!」
「……舞波はどんな状況でも相変わらずだな」
「……ああ」
昂の熱意がこもった発意に、拓也と元樹は少なからず、驚異の念を抱いていた。
「舞波の行動を読むのは、由良文月さんでも厳しいだろうな」
元樹は戸惑いを振り払うように、文月の動向に注視する。
「あのあの、いつから不意討ちを仕掛けようとしたんですか?」
「むっ、決まっているではないか。貴様が最大限に我に注目した時だ!」
文月の慌てぶりに、昂は傲岸不遜な態度で率直な意見を述べる。
「本当にそうなのか?」
拓也が抱いた疑問に応えるように、元樹は推測を確信に変えた。
「いや、舞波のことだから、出たとこ勝負だった可能性が高いな」
確信を込めて静かに告げられた元樹の問いは、驚愕する文月へと向けられていた。
「舞波昂くん、もう、不意討ちしちゃうの早すぎですよ~。私、これでも必死に周囲に目を向けていましたもん」
「面白い子ですね、舞波昂くん。あの文哉さんが興味を持つはずです」
どこか抜けている文月の賛美に続いて、夕薙からの真摯な称賛。
昂はそれを見越した上で徹頭徹尾、自分自身のためだけに行動を起こす。
「決まっているであろう。偉大なる我の実力なら、『オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』を想定した極大魔術』を維持し続けたり、貴様らが使おうとしている『極大魔術をもとにした大がかりな魔術』を行使することなど朝飯前だ!」
「なっ!」
「えっ? 昂くんは『極大魔術をもとにした大がかりな魔術』がどんなものなのか、知っているの?」
意気揚々に語る昂の発言に、玄の父親と陽向は反応する。
図らずとも、ブラフをかける昂。
だが、当の本人は虚実をない交ぜにし、ハッタリを噛ませながら語り続けていた。
「当然だ! 黒峯蓮馬と黒峯陽向! 今から思う存分、我の魔術の凄さを知らしめてやるのだ!」
事情を察すると同時に、玄の父親は薄く目を細める。
まさに点と点が繋がったとばかりにーー。
「昂くん、文哉達が使おうとしている『極大魔術をもとにした大がかりな魔術』はどんなものなのか?」
「むっ! ど、どんなもの、だとーー!!」
玄の父親の懸念に、昂は拒絶するように両手を前に突き出す。
「わ、我もそんなもの知らーー否、我が言うはずがなかろう」
昂のたどたどしい答え方に、拓也は呆れた声でつぶやいた。
「何でそうなるんだ……」
「舞波は、どんな状況に追い込まれても変わらないな」
どこまでも前向きな昂の発想に、拓也と元樹は思わず辟易する。
「舞波昂くん。私達が使おうとしている『極大魔術をもとにした大がかりな魔術』を見極めたのか。そうではないのか。判断材料が少ないな」
どれが真実で、どれが虚実なのか。
昂の行動理念に解を示してくれる人がこの場に一人でも居てくれれば、と文哉はそう願わずにはいられなかった。
だが、もちろんそんな人物が存在するはずもなく、昂の行動理念の謎解きは平行線を辿った。




