第九章 根本的に星の向こう側には①
「……全てを覆すか」
陽向と同じく、輝明もまた常に抱いている疑問があった。
これから先、何を成せばいいのかーー。
その答えは未だ、見出だせてはいない。
だが、輝明は答えなど不要とばかりに、心中で唾棄して陽向達と対峙する。
身体を打つ魔力の流れが熱を引かせ、周囲を包む乱戦の音は彼の心を鎮めていく。
隠されていた真相を聞かされた時、輝明の心に迷いが生じた。
それでも輝明の胸には戦意がゆっくりと沁み出してくる。
「僕達、『クライン・ラビリンス』が、最強のチームだと言われている所以はなんだ?」
「それはーー」
「絶対的な強さと、それを補えるだけの個々の役目」
拓也が答えを発する前に、断定する形で結んだ輝明の決意。
やがて来るであろう、今後の生き方との直面。
自分の未来への選択。
魔術の分家、阿南家の家主の息子は大切な仲間とともに紡いだ絆の証を道標としていた。
「輝明……」
そんな息子の戦いの模様を、輝明の母親は魔術で垣間見ていた。
「今の私に足りないのは彼とーー黒峯蓮馬と向き合う覚悟ではなく、黒峯蓮馬に力を貸した真実を告白すること」
輝明の母親は在りし日の過去の出来事を想起していた。
「どうして黒峯蓮馬のことを知っているのかーー。いい加減、私も伝えなくてはなりませんね」
玄の父親との関係も。
玄の父親に協力するに至った過程も。
輝明達には伝える必要がある。
「……」
沈黙が場を支配した。
余韻というにはあまりに長く、それほどまでに阿南家の者達はこれから先の判断を決めかねていた。
「……お嬢様、阿南家の者の一人が、黒峯家の者達に協力しております。少なくとも、彼の処罰を決める必要があるかと」
それが破られたのは焔の祖父が決断を促した瞬間だった。
「改めて申し上げます。瀬生綾花、井上拓也、布施元樹。そして舞波昂。魔術の本家の者達が興味を注いでいるこの者達に今、この場で貸しを作っておくことは悪くない選択肢だと儂は思います」
焔の祖父は断腸の思いで座する。
「黒峯家の者達に協力しているあの者がいなくなれば、『時間を停止する』極大魔術は維持できなくなるかと」
事変を知っているのと直接、目の当たりにするのとでは訳が違う。
「……あなたが娘をーー麻白を生き返そうとしていることは、独りよがいの片思いと一緒よ」
正邪を越えて、娘の死という運命に抗い続ける玄の父親。
否定することが正義か。
肯定することが正義か。
それでも世界は冷たく、ようやく掴めたと思った娘の手は滑り落ち、温もりは消える。
綾花達との間で生じた亀裂は、玄の父親の危うさを浮き彫りにしていった。
「そう伝えたのに、私はそんな彼に手を貸してしまった」
そんな彼と相容れず、袂を断った彼女は自身が犯した罪に今も心を痛める。
過去は変えることはできない。
輝明達は輝明の母親が犯した罪を知るだろう。
いや、そうなるに至った経緯をこの場にいる阿南家の者達の内、誰が否定できようものか。
既に事態は紛糾しているのだから。
「私に足りないのは彼とーー黒峯蓮馬と向き合う覚悟ではなく、黒峯蓮馬に力を貸した真実を告白すること」
輝明の母親は玄の父親達が成そうとしていることを全て知っているわけではない。
それでも息子とその従者の決断を尊重し、輝明の母親は眸に決意を滲ませる。
「お嬢様、どうかご決断を」
「……分かりました。参りましょう」
焔の祖父の直言に応えるように、輝明の母親は前を見据えた。
玄と父親と向き合うための宣誓をした時、真実は現実になる。
告解を告げるだけでは何も変わらない。
今の自分が居るのは、焔の祖父を始めとした他の多くの人達と関われたから。
自分だけではできないことでも、誰かと関わることで突破することができると信じた。
阿南家の者達が動き出した頃。
玄の父親と同様に、文哉もまた、玄達の技に翻弄されていた。
「このままでは後手に回るばかりだ。彼らの技、それを見極める必要がある」
明確な脅威。
それを理解した文哉は思考を走らせる。
「極大魔術の影響で、ゲーム内の技が忠実に再現されているとはいえ、私達の思惑を阻止することは君達にはできないはずだ」
魔力を励起した文哉は行く手を阻む玄達をねじ伏せる覚悟を固める。
「さて、私に立ち向かう君達の覚悟を確かめる必要があるな」
文哉は言を紡ぎ、魔術を展開する。
それは『魔術』というよりも一種の『芸術』だった。
「大輝」
「ああ。行くぞ、玄」
文哉の魔術が放たれる前に、玄と大輝は疾走する。
だが、文哉の華麗な魔術が次々と撃ち込まれていく。
「君達の技が、私の魔術に打ち勝つことはできない。ここで倒れてもらおう」
文哉は断言する。
魔術による嵐。
その攻防の最中では、玄と大輝は身動きが取れなくなると判断したからだ。
しかしーー。




