第五章 根本的に誰も知らない極大魔術⑤
「ただ、問題はまた、舞波が暴走して羽目を外さないかだな。まあ、あいつのことだから、例え、暴走しても、うまいこと立ち回ってくるだろう」
「……うん、そうだね。どんな時も、舞波くんは無類の力を発揮するもの」
拓也の苦笑に、綾花は思い出したように笑みを綻ばせる。
「綾花、大丈夫だからな。元樹と舞波、そして先生達のコンビネーションは抜群だ。それに魔術の本家の人達が一目置くほど、輝明さん達は強いからな」
拓也はそっと、綾花と視線を合わせるように語り掛ける。
それは、綾花の頭を撫でるように優しい声音だった。
「俺達は、黒峯文哉さん達が使おうとしている『極大魔術をもとにした大がかりな魔術』を阻止しよう」
「うん」
拓也の戦意に、綾花は戦う意思を固めるように持っている鞄に視線を投じる。
そんな二人の様子を、文哉は値踏みするように見ていた。
「私の相手は井上拓也くんと瀬生綾花さんか。相手としてはいささか不足ではあるがーー」
脅威ではないが、厄介。
それを理解した文哉は思考を走らせる。
魔術を使うことはできないが、今までの経験を生かした発想力と柔軟性で攻めてくる拓也。
強力な魔術ではなく、複数の分身体を生み出して翻弄してくる綾花。
一撃で仕留められるほど、簡単な相手ではない。
しかし、昂達のように脅威というほどではなかった。
強力な魔術を放ち続ければ、拓也達はいつかは倒れる。
「それこそ、愚かな行為だ」
文哉は自身の浅はかな考えを否定する。
いつかとは『いつ』だ。
自問自答して導き出されたのは、拓也達が意識を失うまでという不明瞭な答え。
そんな不透明なタイムリミットを待ってやれるほど、現在の文哉に余裕はない。
早期の撃破が求められるのは必定と言えた。
だが、文哉がこの場にいる以上、立ち塞がる拓也達との戦闘は不可逆のものになっていた。
「相手を甘くみるのは早計だったな。彼らはあの黒峯蓮馬と黒峯陽向が手強いと認める存在だ」
文哉は事前に昂の今までの行動の足取りを調査していた。
だからこそ、拓也達が玄の父親達を何度も追いつめてきたことを知っている。
昂達と同様に、決して甘くみてはいけない相手だということを。
舞波昂ーー。
嫌悪感を覚える相手に、興味を示している。
一見すると脈絡が見えない。
誰かにそれを問われたら、文哉が返答に窮する存在ーーそれが昂だ。
だが、それでも文哉は昂の魔力の源を知りたかった。
「黒峯蓮馬。舞波昂くんの力を見極めるために、貴様の魔術の知識、利用させてもらおう」
魔術の知識の使い手、黒峯蓮馬。
魔術の知識という特異な力を持つ彼は、黒峯家の中でも特筆した存在だった。
文哉がいずれ乗り越えなくては存在。
だがそんな玄の父親を利用しても、文哉は昂の魔術の根元を解明したいと願っていた。
魔術の家系ではない昂が魔術を行使する理由。
何度熟慮しても答えを見いだせない存在。
ならばそれで良いと、文哉は再度、拓也達に目を向ける。
今こうして向き合う己の果てが無残なものとなることを覚悟しながらも。
ーーいくら近くで嫌悪感を覚える者と劣等感を抱く者が交戦して居ようとも。
それを『障害』として断じることが出来る自分こそが、黒峯家の重鎮として在るべき存在なのだとそう信じていた。
「舞波昂くんという不明瞭な者の存在理由を見極めるために、私は成すべきことをしよう」
「……っ」
魔力を励起した文哉は行く手を阻む拓也達をねじ伏せる覚悟を固める。
「行くぞ、綾花」
「うん」
文哉の魔術が放たれる前に、拓也と綾花は疾走した。
「井上拓也くん、瀬生綾花さん。やはり、君達の存在は興味深い」
文哉が呟くその声音は、誰にも聞こえぬように魔術を伴う歌声となった。
それは彼にとって、一つの決意の表れであった。
「ーーっ」
拓也は大会会場の各々から響いてくる魔術の音に緊張を走らせる。
一種の芸術作品のようなまばゆい光芒。
立て続けに聞こえたのは連続性のある数発の破裂音と、何かが爆発したような黒い煙。
魅力されるような文哉の魔術ーーだが、それと同時に強大な魔力が大会会場を蹂躙していた。
まともに当たったら動けなくなるな。
拓也は相手が魔術の手練である事は理解している。
だからこそ、自身が持てる力を出し切って立ち向かうだけだ。
動けなくなるほどのダメージを受けてもいけない。
文哉の意識をこちらに向けさせるために出来る限りの力を振り絞る。
拓也の強さは綾花達とともに紡いだ絆。
愛しい綾花のために疾走し、大切な友人である進の力になりたいと願った。
そして、麻白がこれからも笑顔でいられるようにーー。
綾花達とともに結んだ繋がり。
その絆があれば、希望はいくらでも生み出すことができるはずだと信じているから。
そしてーー。
「麻白」
「ここは任せろ!」
新たに文哉の前に立ち塞がったのは玄と大輝だった。
「私の魔術を前にしても怯まないとは……。黒峯玄くん、浅野大輝くん、素晴らしい」
昂達のように魔術を行使するわけではない。
元樹のように魔術道具を持っているわけではない。
生身の状態で文哉を翻弄してくる存在。
文哉は玄達の意思の強さに感嘆の吐息を零す。
「な、何だよ、それ?」
大輝は思わず、唇を噛みしめると、やり場のない苛立ちを少しでも発散させるために拳を強く握りしめる。
「怯むわけないだろう! 俺達は先程までの俺達じゃない。極大魔術の効果が……戦う手段があるからな!」
如何に不明瞭な発言でも、大輝にとって答えはそれだけで事足りた。




