第四章 根本的に誰も知らない極大魔術④
「なっ!」
玄の父親は阻止しようと動くがもう遅い。
魔術道具の放つ光は、周囲の闇を払うように輝く。
光が消えると、まるで何かが変わったように静かな佇まいの拓也達がいた。
見た目は変わらない。
しかし、拓也達は随分と『嫌な気配』が充満していると、玄の父親は即座に気づいた。
だが、明らかに纏っている魔力の質が違う。
「これが舞波昂くんが行使した極大魔術……」
文哉は昂が用いた極大魔術に驚愕する。
どのような効果の極大魔術が使われたのかは分からない。
されど、魂が警鐘を鳴らしているのだ。
それでも永遠に枯れることのない想いを込めて。
文哉は自身の矜持を貫いた。
「ならば、私達も速やかに大がかりな魔術を使わなければならないな」
「……文哉。まさか、この場で極大魔術をもとにした大がかりな魔術を使うつもりなのか……!」
玄の父親が先程から感じていた言い知れないその予感は、今はもはや確信に近い。
だが、文哉達が大がかりな魔術を使うその前に……昂が動いた。
「黒峯蓮馬と黒峯陽向! 今から思う存分、我の極大魔術の凄さを知らしめてやるのだ! 素晴らしい効果が生じているはずだからな!」
事情を察すると同時に、玄の父親は薄く目を細める。
まさに点と点が繋がったとばかりにーー。
「昂くん、素晴らしい効果が生じているとはどういうことだ?」
「むっ! ど、どういうことだ、だとーー!!」
玄の父親の懸念に、昂は拒絶するように両手を前に突き出す。
「そ、それは当然、我にとって有利なーー否、我が言うはずがなかろう」
昂のたどたどしい答え方に、拓也は呆れた声でつぶやいた。
「何でそうなるんだ……」
「舞波は、どんな状況に追い込まれても変わらないな」
どこまでも前向きな昂の発想に、拓也と元樹は思わず辟易する。
「舞波昂くん、想像以上に難解な思考の持ち主のようだな」
状況は思っていたよりも複雑で混線しているのだと文哉は頭を抱えた。
どれが真実で、どれが虚実なのか。
昂の行動理念に解を示してくれる人がこの場に一人でも居てくれれば、と文哉はそう願わずにはいられなかった。
だが、もちろんそんな人物が存在するはずもなく、昂の行動理念の謎解きは平行線を辿った。
「昂くん達も、文哉達も相変わらず厄介だな」
昂達との戦いを念頭に置きながらも、玄の父親は最優先事項である愛娘ーー麻白への想いを募らせていた。
文哉は昂くんに興味を抱いている。
本来なら昂くんが使った極大魔術の力を見極めたいのだろうな。
「……違うな」
玄の父親は見るに堪えないほどに下手な嘘に嘆息した。
黒峯家の重鎮である文哉が何を求めているのか。
その答えを自分達は知っている。
先程抱いた確かなる本音ーーそれは自身が抱いた渇望そのものだから。
玄の父親もまた、昂が用いた極大魔術の真価を知りたいと思っていた。
「文哉も麻白達と対峙することで導き出そうとしているはずだ。私達と同じように、自身が求める答えを追求するためにな」
玄の父親は極大魔術をもとにした大がかりな魔術をこの場で使おうとする文哉の真意を汲む。
舞波昂。
魔術の家系ではないのに魔術を行使する存在。
文哉は嫌悪感を覚える相手に興味を示している。
一見すると脈絡が見えない。
誰かにそれを問われたら、文哉が返答に窮する存在ーーそれが昂だ。
だが、それでも文哉は昂の魔力の源を知りたかったのだ。
「私と文哉は相容れない存在だが、互いに似た性格かもしれないな」
玄の父親は意図的に笑みを浮かべる。
自分さえ騙し得ない欺瞞に何の意味があろうというものなのか。
幾つかの局面において後悔が、あるいは失意が皆無であったとは言えない。
だからこそ、幾つもの局面において、この最悪は常に最愛だった。
麻白に麻白としての自覚を持たせる。
そして、麻白に自分達のもとに戻ってきてほしい。
玄の父親にとって、それは変わらない概念であり、何処までも繊細な色彩だった。
愛娘を失って変化の無い世界に訪れた色褪せない福音であるかのようだったからーー。
そんな玄の父親を見かねたように、文哉は拓也達に足を向けた。
「さて、舞波昂くんが行使した極大魔術。どんな効果があるのか。そして、私達に立ち向かう君達の覚悟を確かめる必要があるな」
文哉は言を紡ぎ、魔術を展開する。
それは『魔術』というよりも一種の『芸術』だった。
「黒峯文哉さんの魔術……」
「…‥たっくん」
思わず、身構えてしまった拓也の張り詰めた心持ちに呼応するように、綾花が不安を滲ませる。
拓也は出来るだけ適当さを感じさせない声で応えた。
「心配するな、綾花。俺達には、舞波の行使した極大魔術の効果が生じている。あの極大魔術の効果なら、俺達もみんなの力になれるはずだ」
「……うん」
拓也の説明を聞きながら、綾花は想いを噛みしめるように頷いた。




