第九十三章 根本的に夜明けにさよならを⑤
「試してみるか」
「……試す? あかり、どういうことだ?」
言葉とともに、車椅子を動かしたあかりはーー進は、怪訝な表情を浮かべる輝明達のもとへと移動した。
「陽向の魔術と魔術書の媒介。この二つがなくては、時間を停止させる極大魔術は使うことはできなかった。でも、実際は輝明達の力が必要だったんだよな。なら、今の俺達なら、極大魔術を使うことができるーー」
「むっ! あかりちゃん、それは解せぬぞ!!」
答えを察した昂は両拳を突き上げながら地団駄を踏んでわめき散らす。
「黒峯陽向が『時間を停止する魔術』という極大魔術というものを使うために、我の魔術書が消滅させられたではないか! 極大魔術を使うための代償が、我の魔術書という事実は許し難い行為なのだ!」
憤慨に任せて、昂はひとしきり魔術書を消滅させる原因になった玄の父親と陽向のことを罵った。ひたすら考えつく限りの罵詈雑言を口にし続ける。
「でも、昂くんは極大魔術を使ってみたかったんだよね?」
「貴様に答える必要はない」
疑惑の視線を送る陽向に、昂は腰に手を当てると得意げに言う。
「何度聞かれようと、偉大なる我も極大魔術というものを、今すぐ使ってみたいということは口を裂けても言わないのだ!」
「……そうなんだね」
これ見よがしに昂が憮然とした態度で言うのを聞いて、陽向は苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。
「……偉大なる我が行うことに間違いはないからな! 我は今、この場で極大魔術を行使する! だが、我の魔術書は絶対に消滅させるわけにはいかぬ!」
昂が絶対的な勝利を確信し、断言するーーその姿を視界に収めた陽向は身も蓋も無く切り出した。
「でも、昂くん。魔術書の消滅は極大魔術を行使するための条件の一つだよ」
「そんなことはどうでもいい! 我は必ず、極大魔術を行使してみせるのだーー!!」
態勢を整える陽向を前にして、昂は臨戦態勢を展開すると言わんばかりに両手を広げて目を見開いた。
「極大魔術……!」
沈黙が場を支配する。
余韻というにはあまりに長く、それほどまでに玄の父親は昂の突飛な行動に全てを奪われていた。
「まさか、『エキシビションマッチ戦』が終わったばかりの状況で、彼らも極大魔術を行使するつもりなのか……!」
隠しようのない動揺を抑えるように、玄の父親は短く息を吐いた。
「……ったく、最高に気分がいいぜ! 今度は陽向達が極大魔術の影響を受けることになるんだからな!」
「……やはり、輝明くんと焔くんが敵に回ると厄介だな」
焔達との戦闘を避けられない只中にあっても、玄の父親は述懐した。
悔いを残すことだけは絶対にしたくないーーその一心で。
理不尽な運命に立ち向かっていった焔だからこそのそれは容赦なく胸に沁みる忠告だった。
そしてーー。
「極大魔術だと……?」
文哉は何とか心を落ち着かせると、訝しそうにそう驚愕発言をした昂の真偽を確かめる。
「まさか、舞波昂くんは極大魔術を使うつもりなのか? それではまるで、この場にいる者達全員が大がかりな魔術を行使する腹つもりだったということになる」
「……大がかりな魔術か。そんな危険な魔術を同時に行使したら、大変なことになりそうだな」
「ああ、大惨事になりそうだな」
文哉が口にした思わぬ直言に、拓也と元樹は戦々恐々とした。
「阿南輝明と阿南焔か。やはり、彼らの未知数の力、実に興味深い」
「えへへ……、本当ですね~。極大魔術を使えるようにする力なんてすごいです~」
魔術の深淵を覗くような文哉の言葉に、文月が上機嫌にはにかんだ。
「大がかりな魔術……」
不穏な気配を感じ取ったカケルは表情を曇らせる。
「もしかして、何かを始めるつもりーー」
「何を始めるのは分からない……。でも、絶対的な強さと、それを補えるだけの個々の役目」
カケルが答えを発する前に、断定する形で結んだ花菜の意味深な決意。
「それが私達、『クライン・ラビリンス』の信念。その信念を今、この場で成し遂げればいいだけのこと」
「絶対的な強さと、それを補えるだけの個々の役目か……」
花菜が導いた未来への指標に対するカケルの迷い。
そこを突くように、輝明の真剣な表情が、一瞬で漲る闘志に変わった。
「花菜、カケル。僕達は先手を取って、極大魔術のとっておきをやる。おまえ達はおまえ達の役目を果たせ。僕達は僕達の役目を果たす。それだけのことだ」
「ああ。輝明、ありがとうな」
カケルは花菜達と共に、玄の父親達に立ち向かう決意を固める。
「どんな苦境に立たされても、全てを覆せばいい。明日をこの手で掴み取るために」
輝明は強い意志を眸に込める。
それは華のように、雨のように、鮮やかな光を夜闇に降らせてーーいずれ訪れる春の恵みを約束するように。
「綾花。いろいろと問題はありそうだが、やってみる価値はありそうだな」
「……うん。みんなで協力して極大魔術で対抗しよう」
拓也の決意に応えるように、幸せ零す満開の花のような笑顔は――まるで春の花。
綾花の嬉しそうな声が明るく宙に乗っていた。




