第九十ニ章 根本的に夜明けにさよならを④
「相変わらず、変な感じだな」
「不思議な現象……」
置かれた状況を踏まえたカケルと花菜は明確な事実を述べる。
これだけの騒ぎになっていても、カケル達以外はこの異常事態に気づいていない。
それはあかり以外の『ラ・ピュセル』のチームメンバー、輝明達以外の『クライン・ラビリンス』のチームメンバーにも同様のことが言えた。
『エキシビションマッチ戦』。
賑やかに今日を咲かせ、誰かの勝利に沸いて誰かの敗北に奮起する。
それを今だけはどこか他人事に見つめている。
もし、あの時、あかりのーー進のつぶやきに気づかなければ、カケル達もこの異常事態に気づいていなかったかもしれない。
その事実を改めて、空恐ろしく感じた。
「舞波と黒峯蓮馬さんの透明化を解除したとはいえ、由良文月さんの魔術はかなり厄介だな。それにーー」
「なっ!」
「ふわわっ……」
元樹が反射的に視線を向けた先には、困惑の色を示す拓也と綾花の姿があった。
目を見張る拓也と綾花の近くで、焔の魔術で吹き飛ばされたはずの陽向は平然とした表情で服についた埃を払っている。
「焔くんの魔術はやっぱりすごいね。でも、僕には勝てないよ」
「はあっ? 詭弁じゃねえのか。それが事実だというなら証明してみせろよ!」
真偽を確かめる言葉とは裏腹に、焔は既にそれが可能な相手だということを認知していた。
陽向は今回、時間制限があるとはいえ、そもそもあらゆる攻撃が通じないのだ。
相手は魔術の知識の使い手と、魔術書に媒介している規格外の存在。
時間を稼ぐことができるかどうか。いや、それまで凌いで撤退に持ち込むことすらできるかどうかだ。
しかしーー
「上等だ」
焔は不敵に笑う。
自身が掲げた理想を成すその日を夢見てーー。
そしてーー。
「大がかりな魔術か。黒峯蓮馬、それは私も準備している」
「……文哉、まさか、私と同じ魔術を使うつもりなのか……!」
玄の父親が先程から感じていた言い知れないその予感は、今はもはや確信に近い。
「いや、違うな。『私達』が準備したーー大がかりな魔術だな」
文哉は誘うようにステージへと視線を投げかけた。その先にいたのはーー
「はあっ……、『エキシビションマッチ戦』の対戦が終わっても、文哉さんは人使いが荒いですね。黒峯蓮馬さんの大がかりな魔術に対抗した上で、さらに舞波昂くんの魔力の真価を見極めたいなんて……」
「えへへ……、文哉さんのご期待に添えるように頑張りますね~」
口から突いた夕薙の苦言に、頬に手を当てた文月が上機嫌にはにかんだ。
「由良文月、神無月夕薙……」
「大がかりな魔術って、そもそもなんだよ!」
「それはもちろん、秘密です~。でも、これから使うからすぐにバレちゃいますね~」
髪を靡かせた文月は、駆け寄ってきた玄と大輝に対してにこやかに宣戦布告する。
「由良文月は、カウンター式の地形効果を変動させる魔術を使う侮れない実力の持ち主だ」
輝明は玄達と文月達の対峙を垣間見ながら鋭く目を細めた。
「神無月夕薙は、地形変化による魔術によって相手を翻弄する。だが、由良文月の魔術は、相手からの魔術の発動によって効果を発揮するものだ」
輝明は改めて、周囲の状況から先程まで昂の身に起きた現象を解析する。
「透明化の現象は、由良文月の魔術をもとにした可能性が高いな」
「その余裕は認めねぇ。今度は容赦なく行くぜ」
吹っ切れたような言葉とともに、焔はまっすぐに文月達を見つめた。
文月が用いている固有スキル、『星と月のソナタ』。
それは舞台の改変とともに、対戦相手の位置を自由に変更できる固有スキルだった。
さらに変更した舞台には、対戦相手のみに施せる見えない壁を設置することができる。
先程、昂の動きを阻害したように、魔術でも同様の現象を引き起こせるのだろう。
文月と夕薙が行使する魔術は、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』で二人が使用する固有スキルに酷似している。
それは以前、元樹が推測したどおり、魔術の使い手達は自身が操る魔術を固有スキルに生かしている事に繋がっていた。
阿南輝明くんと阿南焔くん。
この状況で何か仕掛けてくるのでしょうか……。
ーーいや、むしろ、僕達の出方を見計らっているのかもしれませんね。
夕薙は周囲の状況から現状を分析する。
膨大な魔力を秘めた輝明と焔の存在は、魔術の本家の者達にとって脅威でありつつも目を見張るものがある。
魔術の本家の者達としても、出来ることなら昂だけではなく、彼らの力の極限を見極めたかった。
そして、三崎カケルくんと高野花菜さん。
文哉さんの言うとおり、あの黒峯蓮馬さんにこれほどの影響力を与える彼らの存在は興味深いです。
この戦いでは君達の真価も見ることができそうですね。
だからこそ――これからは全ての力がぶつかり合う総力戦だ。
夕薙は表情に笑みを刻む。
魔術の深淵に迫る無尽の真理。
夕薙は肌でその緊迫を感じると同時に、空虚な心に満たされる歓喜で胸が打ち震える。
「輝明」
その時、車椅子を動かしていたあかりがーー進が夕薙達の隙を突く秘策を披露しようとした。




