第九十一章 根本的に夜明けにさよならを③
「嘘だろう!! あの由良文月さんが、敗退するなんて……!!」
「すげえー!! 『ラ・ピュセル』、『クライン・ラビリンス』、すげえー!!」
「よしっ!」
一拍遅れて爆発する観客のリアクションを尻目に、あかりはーー進はチームメイト達とともに喜びを分かち合っていく。
震えるような充足感と高揚感。
これ以上ない勝利の余韻に浸っていた。
「すごい……。『エキシビションマッチ戦』の制覇。……あの由良文月さんに勝ったのか」
その歴然たる事実は拓也の視線をステージへと釘付けにした。
「とはいえ、まずいな。『エキシビションマッチ戦』が終わったことで、由良文月さんが参戦してきた」
元樹は周囲の状況を判断するために視線を張り巡らす。
だが、その思考を掻き消す声が会場内に響き渡った。
「我は納得いかぬ。何故、先程、我の魔術が発動しなかったのだ!」
昂は地団駄を踏んでわめき散らしていた。
「なんでだろうね」
「それは我の方が知りたいのだ!」
昂は陽向に対して魔術による攻撃を転じようする。
しかしーー。
「舞波昂くん、もう、不意討ちしちゃうの早すぎですよ~」
「むうっ」
文月の魔術で再び、魔術の発動を封じられてしまった影響で、昂は逆に陽向から手痛い反撃を食らってしまった。
「我は負けぬ、負けぬのだ……っ」
昂は即座に対応しようと、文月へと振り向いた。
だが、突如、発生した見えない壁によって、魔術を発動しようとした行為そのものを弾かれてしまう。
「陽向。随分、余裕だな」
「……焔くんと元樹くんが一緒に戦うのは珍しいね」
陽向はその間、玄の父親と阿吽の呼吸で幾度か焔と元樹と交錯し、翻弄するものの、決定打となるほどのものではなかった。
「一気に行くぜ!」
「ああ!」
むしろ、逆に焔と元樹の方が、玄の父親達の予想外の攻撃手段を用いて反撃に転じてくる。
それでも陽向は賭けに出た。
「麻白、これでチェックメイトだよ!」
「なっ!」
「陽向くん!」
拓也と綾花が驚きを口にしようとした瞬間、高く飛翔した陽向は『例の魔術』を放った。
それは『綾花を完全に麻白にすることができる魔術』。
だがーー自我を保とうとして、身を固くした綾花に投げかけられたのは。
「見るのはそちらか?」
「えっ……?」
輝明が発した瞬間的な言葉に、綾花は弾かれたように顔を上げた。
今回、綾花には輝明の力の加護がある。
その加護は奇跡を起こし、陽向達が想定していた結果とは違う現象を綾花にもたらしていた。
「これって……輝明くんの力」
「ふわわっ!」
陽向がそう発した瞬間、綾花の中で漲る力が全身を駆け巡った。
綾花の周囲を踊り狂う光の粒子。
やがて、その光が勢いよく、綾花に伝播していく。
不可思議な力の到来が過ぎ去った後、綾花にかけられた『綾花を完全に麻白にすることができる魔術』の効果は霧散していた。
「魔術の効果を消失させたのか?」
「馬鹿な。上岡くんの介入も無しに、あの魔術の効果が消え失せるなど、あり得ないことだ」
その吐き捨てるような元樹の言葉に、玄の父親は淡々と返す。
「そのあり得ないことが、実際に起こったらどうしますか?」
「起こりうるはずがない」
「ーーっ」
輝明は元樹のその気概に促されて、自分のするべき事を理解する。
輝明は目を伏せて、目の前の相手に神経を集中する。
もう一度、戦いへと意識を向ける。
だが、これは逃げる為の戦いではない。
自分の過去に向き合う為の戦いだ。
「何故、起こらないと思った? 一番、変わるべきは、その思考だな……」
「輝明くん。君も、彼女と同じことを言うのだな」
輝明を一瞥した玄の父親は、ゆっくりと笑みを作り上げてからーー表情を消した。
「だが、あの魔術を防いでも無駄だ。この時のために、魔術の知識を用いて、大がかりな魔術の準備を整えてきた……。君達に勝ち目はない!」
それでも玄の父親の意思は揺るがない。
「綾花、俺達から決して離れるな」
「……うん、たっくん」
拓也は綾花を守るために身を呈して、玄の父親の前に立ち塞がった。
「大がかりな魔術……気になるな。でも、輝明さんと焔さんは今回、俺達に力を貸してくれている。輝明さんと焔さんの力を借りれば、恐らく舞波は極大魔術を行使することができるはずだ」
元樹は玄の父親達を見据えて確固たる意思を示す。
「……それにしても、『エキシビションマッチ戦』を終えたこの状況下でも、俺達の戦いを誰も認識していないみたいだな」
そんな不可解な状況の中、元樹は戦局を変える突破口を開くために模索する。
魔術による乱打戦。
すぐ近くで明らかに異様な会話を交わしている者達がいるというのに、観客達の視線は常にステージに向けられていた。
対戦ステージにも、周囲にも何らかの魔術の影響が生じているはずなのにーー。
そこにはカケルと花菜にとって、完全に理解を超えた現象が広がっていた。




