第八十九章 根本的に夜明けにさよならを①
「玄、大輝くん。それでも、私は麻白に戻ってきてほしいんだ……」
想いばかりが先に立ち、何をすれば良いかが思いつかない。
それほどまでに、玄の父親の玄と麻白への想いは大きかった。
「叔父さん……」
玄の父親が投げかけた切実な想いが、昂と相対していた陽向の心を揺さぶった。
「彼が三崎カケルか」
その光景を遠くから眺めていた文哉はその答えを求めるように意識を高める。
「黒峯蓮馬にこれほどの影響力を与える彼の存在は興味深い」
文哉が咄嗟に口にした事実がどうしようもなくそれを証明した。
「黒峯蓮馬がこれからどう動いていくのか。もはや、あの魔術を使おうとしても無駄なことは理解しているはずだが……。もしくは再び、極大魔術を用いるつもりか……」
文哉が呟くその声音は、誰にも聞こえぬように魔術を伴う歌声となった。
それは彼にとって、一つの決意の表れであった。
あまりにも想定外なことが起こると人は唖然としてしまうものだが、カケルと花菜はまさに自分の目を疑った。
魔術による乱打戦。
すぐ近くで明らかに異様な会話を交わしている者達がいるというのに、観客達の視線は常にステージに向けられている。
対戦ステージにも、周囲にも何らかの魔術の影響が生じているはずなのにーー。
そこにはカケルと花菜にとって、完全に理解を超えた現象が広がっていた。
「変な感じだな」
「不思議……」
置かれた状況を踏まえたカケルと花菜は明確な事実を述べる。
これだけの騒ぎになっていても、カケル達以外はこの異常事態に気づいていない。
それはあかり以外の『ラ・ピュセル』のチームメンバー、輝明達以外の『クライン・ラビリンス』のチームメンバーにも同様のことが言えた。
『エキシビションマッチ戦』。
賑やかに今日を咲かせ、誰かの勝利に沸いて誰かの敗北に奮起する。
それを今だけはどこか他人事に見つめている。
もし、あの時、あかりのーー進のつぶやきに気づかなければ、カケル達もこの異常事態に気づいていなかったかもしれない。
その事実を空恐ろしく感じた。
「この異変に気づけて良かった……」
カケルは改めて、安堵の表情を浮かべる。
それでもやるべきことはひとつだ。
俺は黒峯麻白さんのためにできることをしたいーー。
たとえ僅かな助力だとしても、カケルは麻白のために足掻きたい。
立ち止まって、後ろを向いて、『これまで』を積み重ねて。
でも、それは全部『これから』のためだから。停滞することとは絶対に違うからーー。
「黒峯麻白さん、ここは俺達に任せてほしい!」
それでも永遠に枯れることのない想いを込めて。
カケルは自身の矜持を貫いた。
「カケルくん、ありがとう」
花が綻ぶような綾花の笑み。
それはカケルの頭を撫でるように優しい声音だった。
「少なくとも、あの魔術を封じる手が分からないと打つ手がないな」
そんな拓也の不安を拭うように、輝明は情念の想いを燃やす。
「どんな状況からでも諦めないのがおまえ達の強さなんだろう」
「だけど、どうすれば……」
拓也が生じた疑問の答えは遅滞する事なく、輝明によって示された。
「全てを覆せばいい。彼女を守りたいんだろう。なら、それを示せばいい」
「ーーっ」
輝明の気迫に、拓也は一瞬、気後れする。
その間にあかりはーー進は車椅子を動かしながら輝明と視線を合わせた。
「阿南、俺はみんなと一緒に黒峯蓮馬さんの魔術の対処に回るな」
「ああ、頼む」
ツインテールを揺らした進の呼びかけに、輝明は目を伏せて自身が使役する自動人形に神経を集中した。
そしてもう一度、魔術道具を強化することへと意識を向ける。
だが、これは麻白が本当の意味で麻白になる魔術に対処するためだけの戦いではない。
魔術の妨害に屈せず、『エキシビションマッチ戦』を勝ち進むための戦いだ。
「声が聞こえた時みたいに、何らかの方法で対応できたらいいんだけどな」
進は玄の父親がいる方向を向かって車椅子を動かしていく。
魔術の知識にどう対抗すれば、いいんだろうな。
思考は堂々巡りで、一向に一つの意見に纏まってくれない。
その時、凛とした声が混乱の極致に陥っていた進を制する。
「どんな状況からでも諦めないのが、おまえ達、『ラ・ピュセル』の強さだろう。僕達も一緒に手伝ってやる」
「……ああ。阿南、ありがとうな」
輝明の激励に応えるように、進はこの上なく、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「あかりちゃん、否、進。偉大なる我もすごく頼もしい存在なのだ!」
「おい、昂!」
昂は思わず触発されたのか、輝明の意思に張り合うように自身の意気込みを語る。
「我の真価が発揮されるのは、今この時なのだ!」
自ら戦線を切り上げた昂は即座に進のもとへと駆け寄った。




