第八十八章 根本的にこの想いがこの姿とともに消えてなくなるまで⑧
「輝明さんのチームメイトである三崎カケルさんと高野花菜さんは、既に魔術のことを知っている。状況はどうあれ、黒峯蓮馬さんは三崎カケルさんに会うことになったな」
元樹は輝明のチームメイトであるカケルが置かれている状況を推測する。
カケルの父親が事故を起こし、麻白を死なせる結果になった。
後に玄の父親の魔術の知識を用いることによって、麻白は綾花の心に宿る形に成される。
実質、それは生き返ったともいえなくともないが、不完全な形ともいえた。
だからこそ、玄の父親は自身の望みを通そうと躍起になった。
綾花に麻白の心を宿らせただけではなく、麻白の記憶を施し、本来の麻白の人格を形成させる。
さらには綾花に麻白としての自覚を持たせようとしていた。
しかし今、この場にはカケルがいる。
この状況を変革させる手段を用いようとして、着々と『極大魔術』の一つを使う準備を整えていた玄の父親にとっては望ましくない状況だった。
『正直、瀬生綾花さんと上岡進くんのご両親には会いたくなかった。彼らに会えば、今の麻白には私達以外の家族がいることを知ることになってしまう』
元樹は以前、企業説明会の時に口にしていた玄の父親の嘆きを思い出す。
その眼差しは執拗に麻白にこだわり、自身の家族の行く末を憂いていた。
だからこそ、玄の父親は綾花の両親と進の両親の存在を認めようとしなかった。
恐らく、今回もカケルの存在を否定しようとしてくるだろう。
「三崎カケルくん……」
矢継ぎ早の展開。
それも出来れば遭遇したくなかった相手を目の当たりにして、玄の父親は明らかに顔をしかめた。
「何故、私の前に立ちはだかるんだ……」
理解に最も程遠く。玄の父親の眸はまっすぐにカケルを捉えてから拒絶を紡いだ。
「簡単なこと……」
「黒峯麻白さんの力になりたかったからです!」
カケルは花菜のその気概に促されて、自分のするべきことを理解する。
カケルは目を伏せて、目の前の相手に神経を集中する。
もう一度、戦いへと意識を向ける。
だが、これは逃げる為の戦いではない。
自分の過去に向き合う為の戦いだ。
だからこそ、胸に染みる静寂の中、玄はそっとカケルに語りかける。
「三崎カケル、麻白のことを気遣ってくれたのにすまない。父さんは一生、君の父親を許せそうもないと思う」
カケルは顔を伏せたまま、何も言わなかった。
それでも、想いがそのまま形になるように、とめどなく言葉が、玄の心に溢れてくる。
「だが、麻白は君の父親のことを恨んでいない。そして、麻白のために力を貸してくれてありがとう」
玄の感謝の言葉に、大輝は心底困惑したように叫んだ。
「おい、そこ、麻白に甘すぎだろう。あっさり、協力関係、受け入れるなよ」
「大輝が冷たすぎ」
大輝に指摘されて、綾花は振り返ると不満そうに頬を膨らませてみせる。
「麻白、俺は冷たくないぞ。ただ、麻白のことを心配しているだけだ」
綾花のふて腐れたような表情を受けて、大輝は不服そうに目を細めてから両拳をぎゅっと握りしめた。
「カケルくん達が力を貸してくれて良かった……」
「そうだな」
穏やかな表情で胸を撫で下ろす綾花を見て、拓也も胸に滲みるように安堵の表情を浮かべる。
すると両手を広げ、生き生きとした表情で綾花はさらにこう言う。
「たっくん、元樹くん、舞波くん、ありがとう!」
「ああ」
「うむ、全て我の功績というものだ」
拓也と昂が頷くと、綾花は嬉しそうに顔を輝かせた。
その不意打ちのような日だまりの笑顔に、元樹は思わず見入ってしまい、慌てて今は戦いの最中だと目を逸らす。
「あ、ああ」
「元樹、輝明さん。黒峯蓮馬さんの透明化を解除してくれてありがとうな」
ごまかすように人差し指で頬を撫でる元樹に、拓也も続けてそう言った。
「彼らが叔父さんの前に立ちはだかっても、意味はないよ」
「それはどうかな」
陽向の自信に満ちた言葉に、元樹もまた、まっすぐに強気な笑みを返す。
「透明化が解除された今、俺達の役目は陽向くんに綾を完全に麻白にする魔術を使わせないようにすることだ。後は、時間が解決してくれるだろうしな」
確信を持った笑顔。
その表情を見た瞬間、陽向は不満そうに唇を尖らせた。
「何だか、いつも元樹くんに全てを見透かされているような気がする。でも、麻白が本当の意味で麻白になる魔術の対処はどうするの?」
「今回は玄と大輝、輝明さんと焔さんがいる。そして、三崎カケルさんと高野花菜さんがいる。さらに、彼女の力で魔術道具の強化をすることができる。俺達全員なら、あの魔術に対処できるはずだ!」
元樹が感情のこもった声でそう告げると、陽向は露骨に眉をひそめる。
連綿の攻防の中、玄の父親は顔を強張らせた。
「何故、彼が麻白の傍にいる。何故、彼が麻白の傍にいるんだ……」
それはただ事実を述べただけ。だからこそ、余計に玄の父親は自身の置かれた状況に打ちのめされる。
綾花達とカケル達の温かな交流。
だからこそ、玄の父親の胸を打つのはあの雨の日の悲劇。
ここはそこへと通じる道だと痛いほどに思い出す。




