第八十四章 根本的にこの想いがこの姿とともに消えてなくなるまで④
「舞波は意外と焦っているのかもな」
「まあ、確かに状況が状況だけに困惑しそうだな」
「ああ」
拓也の考慮に、元樹は肯定するように頷いた。
「困惑か。黒峯蓮馬さんも困惑しているかもしれないな……」
拓也は初めて綾花の両親と進の両親が顔合わせした時のことを思い出す。
すれ違いから始まった二家族旅行は、やがて二つの家庭の綻びを解す形へと繋がっていった。
あの日のように軋轢が深まった関係を改善へと導くために、拓也は確かな想いを口にする。
「……黒峯蓮馬さん」
断言の形を取った問いの矛先は、元樹に向かっていた。
元樹は拓也の意図を察したように、神妙な面持ちで以前告げた言葉を再度、口にする。
「麻白に帰ってきてほしい……と望むのなら、まずは今の麻白と向き合って下さい」
「お願いします。玄と大輝もそれを望んでいます」
元樹の意思に繋げる形で、拓也は縋るように告げる。
その力強さが、拓也達の玄と大輝への信頼の強さを物語っていた。
「……父さんがこの近くにいるのは確かだが」
「どこにいるんだよ」
一方、玄と大輝は元樹達と連携して、今度は玄の父親の捜索に乗り出していた。
玄達は綾花達から話を聞いたことで、今まで魔術で生じた騒動を情報としてなら認識している。
しかし、それはあくまでも情報だ。
感情を伴わない情報の羅列は何の実感も救いにもならない。
それでも二人がやるべきことは一つだ。
「大輝、俺達は何とかして父さんの居場所を突き止めよう」
「ああ。この会場のどこかにいるだろうしな」
玄と大輝はもう一度、文哉達へと意識を向けた。
だが、これは傍観するための戦いではない。
綾花達とともに戦う覚悟を決めるための戦いだ。
だからこそ、玄の父親の胸を打つのは昔日の思い出。
ここはそこへと通じる道だと痛いほどに思い出す。
『玄、大輝くん。それでも、私は麻白に戻ってきてほしいんだ……。だから、これから行うことを許してほしい』
想いばかりが先に立ち、何をすれば良いかが思いつかない。
それほどまでに、玄の父親の玄と麻白への想いは大きかった。
『エキシビションマッチ戦』の大将戦が佳境を迎えていた頃ーー。
カウンター式の固有スキルの弱点を見抜かれるという思わぬ展開を前にして、文月はたじろいでいた。
「由良文月、そして、プロゲーマー達。僕達のチームに勝ったことを、今度こそ後悔させてやる」
そのどこか抜けている文月の行動に、状況の合間に観戦していた輝明は不満そうに言う。
「輝明は由良文月さんの固有スキルと必殺の連携技の発動条件について気づいていたのか?」
カケルの疑問は、輝明からすれば愚問だった。
「どうして、気がついてないと思った?」
「……何度も、負けていたから」
「うるさい!」
苛立ちの混じった輝明の声にも、花菜は淡々と表情一つ変えずに続ける。
「でも、今回は絶対に勝ってみせる」
それとなく、視線をそらした花菜はまるで照れているかのように俯いた。
文月には恐らく、どんな作戦も通じない。
だからこそ、『トップクラスのプロゲーマー』という牙城を崩すために立ち向かう。
そして、魔術によって蝕まれた状況を打破するためにーー。
「由良文月は今、動くことはできない。なら、それに興じて、魔術の知識の使い手の透明化を解除すればいい」
それが今の魔術という名の戦場の様相。
輝明のその声は静かに場を支配した。
進達を取り巻く周囲の空気が変わる。
「もう一度、とっておきをやる。魔術の知識の使い手達が戦いに目を向けている間、僕達は透明化を解除するために、徹底的に動いていけばいい」
「ああ、そうだな」
静かな言葉に込められた有無を言わせぬ強い意思。
輝明の凛とした声に呼応するように、進は決意を新たにした。
その苛烈な戦いの模様を、輝明の母親は『エキシビションマッチ戦』の状況を魔術で垣間見ていた。
「今の私に足りないのは彼とーー黒峯蓮馬と向き合う覚悟ではなく、黒峯蓮馬に力を貸した真実を告白すること」
輝明の母親は在りし日の過去の出来事を想起していた。
「私も変わらなくてはなりませんね」
輝明の母親は玄の父親が成そうとしていることを全て知っているわけではない。
今回の騒動の火種となった昂の行動理念を、魔術の分家である阿南家は認知することはできていない。
それでも輝明の母親はあの時、息子とその従者の決断を尊重した。
玄と父親と向き合うための宣誓をした時、真実は現実になる。
告解を告げるだけでは何も変わらないと気づいたから。
今の自分が居るのは、焔の祖父を始めとした他の多くの人達と関われたから。
自分だけではできないことでも、誰かと関わることで突破することができたのだ。
輝明の母親はあの日の出来事を呼び起こす。
麻白のために力になりたいと願った『彼』もまた、息子の輝明と関わったことで世界が変わった一人だから。




