第八十一章 根本的にこの想いがこの姿とともに消えてなくなるまで①
人は誰しも己が中に理想を抱く。
それは罪ではない。それは悪ではない。
だが、現を否定し、夢を肯定するならばーーどうなのだろうか。
「黒峯蓮馬。舞波昂くんの力を見極めるために、貴様の魔術の知識、利用させてもらおう」
魔術の知識の使い手、黒峯蓮馬。
魔術の知識という特異な力を持つ彼は、黒峯家の中でも特筆した存在だった。
文哉がいずれ乗り越えなくては存在。
だがそんな玄の父親を利用しても、文哉は昂の魔術の根元を解明したいと願っていた。
魔術の家系ではない昂が魔術を行使する理由。
何度熟慮しても答えを見いだせない存在。
ならばそれで良いと、文哉は再度、昂に目を向ける。
こうして向き合う己の果てが無残なものとなることを覚悟しながらも。
ーー嫌悪感を覚える者と劣等感を抱く者があり得ないことを成し遂げようとも。
定められた運命に抗おうとした者達が行き着く先。
それを『障害』として断じることが出来る自分こそが、黒峯家の重鎮として在るべき存在なのだとそう信じていた。
「舞波昂くんという不明瞭な者の存在理由を見極めるために、私は成すべきことをしよう」
「……っ。綾花、俺から離れるな」
「……うん」
魔力を励起した文哉は行く手を阻む拓也と綾花をねじ伏せる覚悟を固める。
「どうやら、舞波の透明化が完全に解除されたみたいだな」
機を窺う元樹は思考を巡らせた。
突如、現れた昂の存在はただでさえ支離滅裂な戦況だというのにますます混沌の渦と化す。
「ついに未来の支配者たる我は完全復活を果たしたのだ!」
ようやく綾花達に認識された昂は堂々とのたまった。今まで認識されなかった分、喜びもひとしおである。
しかしーー
突如、姿を現した昂。
焔達の魔術による乱打戦。
対戦ステージにも、周囲にも何らかの影響が生じているはずなのにーー。
「誰も、いまだに俺達の存在に気づいていねえな」
置かれた状況を踏まえた焔は明確な事実を述べる。
これだけの騒ぎになっていても、焔達以外はこの異常事態に気づいていない。
最大の問題は文哉達がもたらした、この不可解な現象だった。
「魔術道具の強化ですか。面白い子ですね、阿南輝明くん。文月さんが興味を持つはずです」
輝明が励起した強大無比な魔力に、夕薙は不思議な感慨を覚える。
輝明の膨大な魔力を目の当たりにすることで、以前、黒峯家の屋敷で遭遇した時の熱い気持ちが蘇ってくるようだった。
「文月さんは今、大将戦。彼らの対処は僕と文哉さんがすることになりそうですね」
夕薙は意識を研ぎ澄まし、迫り寄る焔の魔力を察知する。
「これで舞波昂くんは物理干渉ができるようになりましたね。ですが、阿南焔くん、君達の分が悪いのは変わりません」
「へえー、魔術の本家の者達は随分、余裕だな。そんなこと言う余裕があるのかよ!」
焔の掲げた魔力が赤き輝きを纏う。
それはまるで意思を伴った焔。
遥かに待ち望んだ歓喜は、揺るぎない意思として暴虐の嵐へと変わる。
焔と夕薙の魔力のぶつかり合いは激しく、その中に潜むものを捉えることは難しい。
真像も虚像も、全ては乱反射する魔術の中に紛れ込み、すっかり居場所を明かしてはくれない。
魔術の渦の最中では連続する焔と魔術の衝突音、無慈悲な破壊音が響いている。
だが、それこそが、焔と夕薙が戦い合っている証左だった。
「俺達はこのまま、黒峯文哉さんと対峙することになりそうだな」
「うん」
拓也と綾花は目配りすると、互いの意思を伝え合う。
期せずして揃った綾花達は難敵である魔術の本家の者達へと挑む。
「黒峯蓮馬と黒峯陽向。今度こそ、我の凄さを知らしめてやるのだ!」
臨戦態勢となった昂は陽向へと視線を注ぐ。
それに合わせるように、元樹は横に動いて一定の距離を保つ。
「黒峯蓮馬さんの透明化も何とかしないとな。拓也、綾のことを頼むな!」
「ああ、分かった」
元樹は拓也への信頼を残して、昂に目配せする。
「我は意地でも黒峯蓮馬の居場所を突き止めるのだーー!! そして、綾花ちゃんも、我の魔術書も渡さないのだーー!!」
「でも、昂くん。もう、昂くんには叔父さんの姿は見えなくなったんだよね」
「そんなことはどうでもいい! 黒峯陽向、我の魔術を喰らって倒れるべきだ!!」
陽向の言い分を無視して、昂は裂帛の気合いを込めて魔術を放った。
「うん、そうだね。始めようか、昂くん!!」
僅かに遅れて、陽向も魔術で対抗する。
互いの魔術は正面から激突し、そして大爆発が発生した。
周囲が巻き込まれるのも構わず、破壊の限りを尽くす魔術の嵐。
「随分、派手に騒ぐものだ……」
介錯のない魔術の威力に、結界を張り巡らせた文哉は辟易する。
幸い、負傷者は出なかったものの、二人が発した爆風によって吹き飛ばされている観客達がいた。
「うわっ!」
「なにこれ?」
しかし、吹き飛ばされつつも、彼らには何が起きたのか、把握できていない。
魔術の嵐に巻き込まれても、この異常事態に気づく者はいなかった。




