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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
憑依の儀式編
36/446

第三十六章 根本的に彼女には笑ってほしいから

翌日、綾花が宮迫琴音として学校に登校すると、クラスメイト達が一斉に話しかけてきた。

「宮迫、先生達が職員室で話していたんだけど、ゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』に出演するんだってな!」

自分の席に着く前に話しかけられて驚く綾花に、先頭のクラスメイトの男子生徒が興味深そうに尋ねてくる。

「いいな~、俺も出たいぜ。宮迫、なんで隣のクラスの奴らと出るんだよ?」

「悪い。以前、布施先輩と一緒にゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』に出演した、隣のクラスの布施達と出た方がなにかと分かっていいんじゃないかと思ってな」

手を合わせて必死に言い繕う綾花を見て、クラスメイトの男子生徒は仕方なさげに軽く息を吐いて言う。

「はあっ~、そうかー。じゃあ、今度、何かある時は誘ってくれよな」

「ああ」

不本意そうにぼやくクラスメイトの男子生徒の言葉に、綾花はてらいもなく頷いてみせた。

綾花ーーつまり、琴音がゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』に出演するという噂は、すでに1年C組のクラスメイト達だけではなく他の生徒達の注目をも集めていた。

「宮迫さん、おはよう」

「倉持」

とその時、興奮冷めやらぬ男子生徒を押し退けるようにして、後ろにいたクラスメイトの少女ーー倉持(くらもち)ほのかが明るい笑顔で、綾花に声をかけてきた。

「今日こそ、駅前に新しくできたスイーツショップに一緒に行かない?」

「うーん。まあ、いいけど」

「本当!じゃあ、放課後にね!」

ぽつりとつぶやいた綾花の言葉にすかさず、ぽん、と手を打ってほのかが嬉々とした表情で話すのを見て、綾花は思わず苦笑してしまう。

「みんな、席につけ!ホームルームを始めるぞ!」

「「はーい」」

1年C組の担任が来てクラス全体を見渡すようにしてそう告げると、クラスメイト達はしぶしぶ自分の席へと引き上げていった。

綾花も、自然と自分のーー琴音の席に座る。

始業のホームルームが始まると、綾花は先生によってホワイトボードに書き込まれる学校側からの知らせなどを眺めながら、不意にいつもとは違う不自然な現象に気づく。

だが、綾花がそれを口にする前に、1年C組の担任は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。

「うん?また、舞波は来ていないのか?」

「琴音ちゃんーー!我と一緒に、ゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』に出演するべきだ!」

1年C組の担任がそう告げた途端、教室のドアに手をかけながらご機嫌な様子で入ってきた昂に、クラスメイト達はうんざりとした顔で冷めた視線を昂に向けてくる。

だが、そんな視線などどこ吹く風という佇まいと風貌で、昂は構わず先を続けた。

「井上拓也、布施元樹ーーあんな奴らなどほっといて、我と一緒に出演するべきだ!」

「昂、いつ来たんだよ?」

「今、さっきに決まっているではないか!」

得意げにぐっと拳を握り、天に突き出して高らかにそう言い放つ昂に、綾花は呆れたようにため息をつく。

なおも、手に持ったゲーム雑誌を掲げて上機嫌で綾花に話しかけてくる昂に、うんざりとした顔を向けた後、気を取り直したように1年C組の担任は鋭い眼差しで昂を睨みつけた。

「舞波、今がどういう状況なのか、分かっているな?」

「むっ?どういう状況だと言うのだ?」

「とっくに、ホームルームの時間だ!」

昂の言葉を打ち消すように、1年C組の担任は教壇を叩くときっぱりとそう言い放った。

「それと舞波、おまえは宮迫のラジオ番組の日に、一昨日の課外授業など、魔術で生じた学校側の苦情の件で三者面談を行うからそのつもりでな!」

「我は納得いかぬ!」

あくまでも事実として突きつけられた1年C組の担任の言葉に、昂は両拳を振り上げて憤慨した。

「何故、この我が琴音ちゃんのラジオ番組の日に、三者面談などという呼び出しを受けねばならんのだ!」

「それだけのことをしたからだ!」

昂の抗議に、1年C組の担任は不愉快そうに言葉を返した。

1年C組の担任の剣幕に怯みながらも、それでも必死に、昂は理由をひねり出そうとする。

「琴音ちゃんのラジオ番組の日は、学校はお昼までのはずだ。放課後、三者面談などを受ければ、我はお昼から収録が行われるゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』に出演できぬではないか!」

「当たり前だ」

さらに昂が心底困惑して訴えると、1年C組の担任はさも当然のことのように頷いてみせた。

そのあまりにも打てば響くような返答に、昂は言葉を詰まらせ、動揺したようにひたすら頭を抱えて悩み始める。

「琴音ちゃん、頼む!今すぐ、我を助けてほしいのだ!」

「…‥…‥またかよ」

咄嗟に綾花の方に振り返り、両手をぱんと合わせて必死に頼み込む昂に、綾花は苦り切った顔をして額に手を当てた。

あまりにも勝手極まる昂の言い草に、1年C組の担任は不満そうに顔をしかめてみせる。

「宮迫。ラジオ番組収録当日は、舞波の三者面談を行うつもりだが、また、魔術を使って収録の邪魔をしてくるかもしれない。くれぐれも気をつけるように」

「先生、あんまりではないか~!」

1年C組の担任が確定事項として淡々と告げると、昂が悲愴な表情で訴えかけるように1年C組の担任を見る。

昂が入学して以来、すっかり1年C組の日常茶飯事と化したおなじみの光景ーー。

「…‥…‥変わらないな」

懐かしくも心地よい喧騒に耳を傾けながら、ぽつりとつぶやいた綾花の声は硬く、どこかほんの少しだけ寂しげだった。






お昼休みーー。

屋上のドアを開くと、拓也達を呼びよせた人物はすでにそこで待っていた。

こちらに背を向け、銀色の長い髪を風で煽られながら金網のはるか向こうのどこまでも灰色の雲が垂れ込めた空を見つめる綾花のーー琴音の背中が妙に寂しそうに見える。

お昼休みに屋上で話をするのもどうかと考えたが、幸い、今日は曇り空で屋上は閉散としていて人気は少なく、拓也達の話に耳を傾ける者はいなかった。

「宮迫」

「よお、宮迫」

「井上、布施」

拓也と元樹が屋上の入口付近の金網に寄りかかってから呼びかけると、振り返った綾花は慌てて拓也達のもとへと駆けていった。

警戒するように辺りを見渡すと、拓也は怪訝そうに綾花に尋ねる。

「どうかしたのか?」

「…‥…‥実はその、な」

拓也の率直な疑問に、綾花は言いにくそうに意図的に目をそらす。

そんな綾花に対して、元樹は何気ない口調で問いかけた。


「なあ、宮迫。もしかして、このまま、この交互の生活を続けたいって思っているのか?」


「ーーなっ」

それは拓也にとって、予想しうる最悪な答えだった。

「…‥…‥それは」

「ーーその時は」

戸惑いの声を上げる綾花の台詞を遮って、元樹はきっぱりと告げた。

「宮迫にはーーいや、上岡には悪いけど、絶対に綾は俺達のクラスに連れ戻す」

元樹の即座の切り返しに、綾花はぐっと悔しそうに言葉を詰まらせる。

拓也は軽く息を吐くと、沈痛な表情を浮かべて何かを我慢するように俯いている綾花の前に立った。

「綾花、そういう約束だっただろう?綾花が、上岡としてーー宮迫琴音として振る舞うのは、隣のクラスのみんなと打ち解ける間だけだ」

口調だけはあくまでも柔らかく言った拓也に、綾花は苦々しい顔でぽつりぽつりとつぶやく。

「…‥…‥ごめん、そうだったよな。そんなの無理なのは分かっているんだけど」

あくまでも強がりを言い続ける綾花を、拓也はなんとも言えない顔で見つめていた。

言葉が見つからない。

それは、おまえのーー上岡の望みであって、綾花の願いじゃない!

と、口で否定することは簡単だったが、あの光景をーー隣のクラスでこの上なく楽しそうに談笑する綾花の姿を目の当たりにしてしまった今では、間違ってもそんな台詞は言えなかった。

拓也の脳裏に、昨日の綾花の言葉が蘇る。

『いつも、協力してくれてありがとうな』

今の綾花は根本的に綾花の中にある上岡の心が出てきているだけであって、上岡は綾花の心の一部に過ぎない。

だけど、ーー隣のクラスのみんなに会いたい。

この望みは、上岡の望みであってーーそして、もう綾花自身の願いなのだと思う。

拓也は綾花の方へ視線だけ向けて、世間話でもするような口調で言った。

「綾花、厳しいこと、言ってごめんな。でも、やっぱり、長く続けるのは他の人にバレる可能性が増すことに繋がるんだ」

拓也の説得にも、綾花は俯いたまま、何の反応も示さなかったが、拓也は構わず、先を続ける。

「今までは、舞波の魔術について理解がある人達ばかりだったかもしれない。だが、もし綾花の両親や他の人達にバレたら、きっといろいろと誤解を招かれて大変なことになる」

「…‥…‥井上」

綾花は何か言葉を返そうとして、でもすぐには返せなかった。

拓也は綾花から顔を背けて、沈痛な面持ちで続けた。

「…‥…‥嫌なんだ。俺、綾花が泣くのなんて見たくない。綾花が悲しむのなんて見たくない。綾花が傷つくのは嫌なんだ」

「でも、俺は…‥…‥」

拓也の嘆き悲しむ姿に、綾花はどうしようもない気持ちになって言葉を吐き出した。

そんな綾花に、意を決したように元樹が綾花の手をつかんで言った。

「…‥…‥俺も、きついこと言ってしまってごめんな。でも、俺も拓也と同じで綾が傷つくのを見たくない」

それにさ、と元樹は言葉を探しながら続けた。

「陸上部の上岡のーー宮迫のクラスの奴らが、よく意味もなく空に向かって叫んでいるんだ。『上岡は必ず戻ってくる。だから、上岡が帰ってくるのをずっとずっと待っているからな。だけど、もし事情があって帰ってこれなくても、俺達はいつまでも永久におまえの友達だからな』、って」

「…‥…‥っ」

クラスメイト達の強い言葉に、綾花が断ち切れそうな声でつぶやく。

そんな綾花に、元樹は屈託なく笑うと意味ありげに続けた。

「例え、上岡としてーー宮迫として会えなくなっても、あいつらみたいにおまえの気持ちを伝える方法はいくらでもあるだろう。また、何か困ったことがあったら、いつでも俺達が相談に乗るからさ」

「ーーううっ、ご、ごめんね、ごめんね。たっくん、元樹くん、ありがとう」

口振りを変えてそう言葉をこぼすと、綾花は滲んだ涙を必死に堪える。

泣きそうに顔を歪めて力なくうなだれた綾花の頭を、拓也は優しく撫でてやった。

「心配するな、綾花。あの『宮迫の生徒手帳』の効果がどこまで続くのか分からないが、もうしばらくはこのまま交互でも大丈夫だろう」

「まあ、舞波の生徒手帳の効果がいまだに続いているくらいだからな」

「…‥…‥うん。ありがとう、たっくん、元樹くん」

拓也と元樹の何気ない励ましの言葉に、綾花はようやく顔を上げると嬉しそうに笑ってみせる。

「綾花、ゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』、思いっきり楽しもうな」

綾花の花咲くようなその笑みに、拓也は吹っ切れた表情を浮かべて一息に言い切ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 結局のところ、進君のボデーが戻らないことには。心2つに身体が1つ、という状況が変わらない限りは、どうにもならなさそうでよね。どっちでいたいのか?というのもシビアで厳しい問いかけですよね。今…
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