第八十章 根本的に君との終わりは見えなくてもいい⑧
「やっぱり手っ取り早いのは、舞波の透明化を解除すること、そして魔術の知識で透明化している黒峯蓮馬さんの居場所を突き止めることだ。舞波の姿が露見すれば、黒峯蓮馬さん達も周囲への対処に追われることになる。舞波が加勢に加わったら、黒峯蓮馬さんも必然的に姿を現すかもしれないな」
「……そうか」
真剣な眼差しでそう告げた元樹を見据えて、拓也は複雑な心境を抱いた。
元樹は綾花達とともにある絆を支えに、文哉達が繰り出した罠を突き崩す戦いへと挑む。
「俺達が今、成すべきことは舞波の透明化を解除することだ。そうすれば、おのずとこの状況は改善されるかもしれない」
「ああ、そうだな」
元樹は長丁場になるのを覚悟した上で、隙を突かれないように動き回り、拓也達と連携した。
そこで車椅子を動かしたあかりはーー進は先程、輝明に伝えた推測を口にする。
「布施、もしかしたら透明化を解除する方法は、昂の存在感を強めたり、同じ魔術を使うことかもしれない」
「同じ魔術か。確かに透明化の魔術をもう一度、使ったら解除される可能性が高いな」
進が示した推論に、元樹は文哉の姿を目で追った。
「まずは黒峯文哉さんが使った透明化の魔術を元にした魔術道具の強化、頼むな」
「はい」
元樹の隣には桜色の髪の少女ーー輝明が使役する自動人形が佇んでいる。
「じゃあ、俺、ここでみんなのサポートをするな」
「……何を言っている」
昂の居場所の特定を見据えたあかりのーー進の意見に、輝明が不満そうに声をかける。
「僕達でサポートをするんだろう?」
輝明の視線を追った先にはカケルと花菜だけではなく、玄と大輝も駆けつけていた。
「……ああ、そうだな!」
進は不意を突かれたような顔をした後、すぐに嬉しそうに小さな笑い声を漏らした。
そして玄達と合流すると意識を集中して、昂の声が聞こえる位置を共有する。
「ここにいるのか」
「確かに魔王の圧倒的な存在感を感じるよな」
進が示した情報を頼りに、玄と大輝は昂がいる場所を見当つけていた。
『そのとおりだ! 我はあかりちゃんのーー進の近くにいるのだ!』
玄達が場所を特定したどおり、元の大きさに戻った昂は進の近くで必死にわめき散らしていた。
「同じ魔術か。透明化の解除も魔術道具の強化バージョンなら効果があるかもしれないな」
元樹が反射的に視線を向けた先には、困惑の色を示すカケルと花菜の姿があった。
「黒峯麻白さんを蘇らせた人が危機に陥っているんだよな」
「透明化……。気になる……」
そもそも、透明化とは何か。事情を把握していないカケルと花菜がその疑問に行き着くのも無理はなかった。
「今すぐ、舞波を透明化してくれないか!」
元樹は再度、魔術道具をかざすと、決意を込めた声でそう告げた。
進の推論をもとに敢えて、同じ効果が生じるようにしている。
「透明化に……」
それに応えるように、輝明は自身が使役する自動人形に神経を集中する。
桜色の髪の少女は呼応するように、元樹がかざした魔術道具に向かって手を伸ばす。
その瞬間、昂の姿はまばゆい光に包まれる。
「おおっ……」
「舞波くんの姿が……」
唐突な声。
綾花達が望んで、誰もが想像だにしていなかったことが現実に起きた。
先程まで認識できなかった昂の姿は光が伝播していく度に徐々にはっきりしていく。
やがて、魔術道具の放った光が消えると、昂の姿は完全に認識できるようになった。
「私達の介入無しに、舞波昂くんの透明化が解除されたのか……?」
文哉は心を落ち着かせると、その現象を引き起こしたあかりのーー進の存在、そして魔術道具の強化に着目した。
昂の透明化の魔術には文哉だけではなく、文月と夕薙も関わっている。
魔術の本家の者達が結集した力。容易には元に戻すことはできないはずだ。
それなのに元樹達は進の情報を頼りに、輝明達の力を借りて難なく、昂の透明化を解除するという離れ業をやってのけたのだ。
「この力ならば、あるいは……あの魔術の知識さえも越えられるかもしれない……」
玄の父親が使える魔術の知識ーーアカシックレコード。
それは文哉達が使っている魔術とは根本的に異なる。
文哉達が使っている魔術は、自身の魔力、または魔術の使い手達が産み出した魔術道具を使うことによって事象を変革するものだ。
だが、魔術の知識は世界の記憶の概念の一部を書き換えて、事象そのものを上書きしたりすることができる。
玄の父親が使える唯一無二の力。
しかし、魔術道具の強化なら、魔術の知識で生じた現象さえも影響を及ぼすかもしれない。
「これが極大魔術を使えるようにした阿南家の者達の力か」
確信を込めて静かに告げられた文哉の問いは、驚愕する玄の父親へと向けられていた。
「魔術道具の強化によって、舞波昂くんの巨大化と透明化は解除された。ならば、黒峯蓮馬、貴様も魔術道具の強化を受ければ、その姿を晒すことになるはずだが」
『ーーっ』
文哉の鋭い指摘に、玄の父親は息を呑んだ。
『やはり、文哉達に阿南家の者達の力を知られたのは厄介だな……』
隠しようのない動揺を抑えるように、玄の父親は短く息を吐いた。




