第七十四章 根本的に君との終わりは見えなくてもいい②
「行くぞ、綾花」
「うん」
文哉の魔術が放たれる前に、拓也と綾花は疾走する。
陽向は人差し指を唇に当てると、人懐っこそうな笑みを浮かべてこう言った。
「……輝明くんが使役する自動人形。どんな力を持っているのかな?」
「……輝明さんは今、対戦中だ。さすがに今すぐ魔術道具の強化はできないな」
元樹の隣には桜色の髪の少女が佇んでいる。
「うん、そうだよね」
ふわりと浮上した陽向は元樹達が置かれている状況を踏まえていた。
綾花を完全に麻白にする魔術。
綾花をーー麻白を手に入れることができる絶対的なアドバンテージを前にして、元樹達がこれからどう動くのかを見極めようとしているのだろう。
「なあ、輝明、おまえは俺が唯一、認めた主君なんだからよ! この状況をーー全てを覆せるだろう!」
陽向との戦いを念頭に置きながらも、焔は最優先事項である主君ーー輝明への想いを募らせていた。
「うーん」
その頃、あかりはーー進は車椅子を動かしながら思い悩んでいた。
観客席へと視線を巡らせるものの、昂の姿は一向に見当たらない。
それなのに昂の声だけは聞こえてくるという不可解な現象が生じていた。
「……昂の声は聞こえるのに姿は見えないなんて、なんか変な感じだよな」
ほんの少しの焦燥感を抱えたまま、進は遠い目をする。
その時、万雷の歓声が巻き起こった。
観客席で賑わう場内のボルテージは、留まるところを知らずに高まっていく。
「輝明……!」
進が視線を向ければ、『エキシビションマッチ戦』の戦いは佳境を迎えていた。
副将戦。輝明の対戦相手はプロゲーマー、四季寧亜だ。
寧亜は自身のキャラの固有スキルの持ち味を生かし、輝明のキャラを撹乱させていた。
この状況で観客席の戦いに加勢することはできないな……。
自動人形の少女を動かすだけで精一杯の状態。
元樹が求める魔術道具の強化は行うことはできないだろう。
しかし、輝明は答えなど不要とばかりに心中で唾棄して寧亜と対峙する。
身体を打つ魔力の流れが熱を引かせ、周囲を包む乱戦の音は彼の心を鎮めていく。
なら、この状況を打破して全てを覆すだけだーー。
輝明は視線を落とすと、自身のキャラに小さな音を響かせて刀を下段に構えさせる。
「四季寧亜。僕にここまでダメージを与えたこと、今すぐ後悔させてやる」
「これは……」
静かな言葉に込められた有無を言わせぬ強い意思。
輝明の凛とした声とともに、状況を理解した進は緊張した面持ちでモニター画面を見つめた。
「ーー『始祖・魔炎斬刃』!!」
その声は否応なく、進達の全身を総毛立たせる。
次の瞬間、何が起こったのか、対戦していた寧亜にも分からなかった。
ほんの一瞬前まで輝明のキャラと対峙していた寧亜のキャラは次の瞬間、見えない刃によって切り刻まれ、叩きつけられ、焼きつくされた後、そのまま、数メートル先まで吹き飛ばされていたからだ。
『始祖・魔炎斬刃』。
その必殺の連携技ーーそれだけで残っていた寧亜のキャラの体力ゲージすべてを根こそぎ刈り取られていた。
驚愕する暇もない、一瞬とも呼べない、ごくごく短い時間。
常識ではあり得ない現象。
不条理そのものの現象は、けれど、『最強のチーム』のリーダーである、目の前の少年にはこれ以上なくふさわしい。
荒廃した未来都市のバトルフィールドに立っているのは、一人の剣豪のような風貌の男性。
白と青を基調にした軽装の鎧のような衣装を身に纏ったーー輝明のキャラが伸ばした右手に刀を翻らせ、この上ない闘志をみなぎらせている。
輝明の固有スキル、真なる力の解放。
それは固有スキルを使用することで一度だけ、別の必殺の連携技を使うことができる固有スキルだった。
「ーーなっ」
「言ったはずだ。全てを覆すと」
何かを告げようとした寧亜の言葉をかき消すように、輝明はこの上なく、不敵な笑みを浮かべた。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、輝明の勝利が表示される。
一瞬の静寂の後、認識に追いついた観客達の歓声が一気に爆発した。
「輝明、すごいな」
『エキシビションマッチ戦』のチーム戦を舞台にしたその勝敗は、進の予想を越えた結果に決していた。
ツインテールを揺らしたあかりはーー進は車椅子を動かして改めて、昂の捜索を再開する。
「俺も負けていられないな。昂の透明化を元に戻す方法を突き止めないとな」
「透明化……?」
そんな進のつぶやきを、『クライン・ラビリンス』のチームメンバーの一人である高野花菜が耳聡く拾い上げた。
「あかり、どういうこと……?」
「あ、いや……」
不意に話を振られた進はどう応えたものかと悩ましげにうつむいた。
その時、輝明が対戦を終えて観戦席へと戻ってきた。
「花菜」
名前を呼ばれてそちらに振り返った花菜は、輝明がいつもの無表情で見つめていることに気づいた。




