第七十三章 根本的に君との終わりは見えなくてもいい①
「舞波の捜索は玄と大輝、上岡に任せることになりそうだな」
あくまでも現実を見据えた元樹は、陽向達に対処するために今後の作戦を模索する。
「この付近にいるはずだ」
「ああ。確かに魔王の圧倒的な存在感を感じるよな」
声の出所を探っていたあかりーー進の情報をもとに、玄と大輝は昂がいる場所を見当つけていた。
『そのとおりだ! 我は綾花ちゃんの近くにいるのだ!』
玄達が場所を特定したどおり、昂は綾花の近くで必死にわめき散らしていた。
とはいえ、透明化して物理干渉ができない現状の昂とコンタクトを取ることは難しい。
「こうなったら、仕方あるまい。あかりちゃんがいるステージに直行して、我の存在を猛烈にアピールするべきだ!」
まとまらない思考の中、昂は玄の父親を出し抜く方法を模索してひたすら頭を抱えて悩み始めている。
「そして、巨大化の魔術で我を透明化した愚か者をーーそして、黒峯蓮馬を返り討ちにしてくれよう。綾花ちゃん達は絶対に護ってみせるのだ!」
突拍子もないあまりにも無茶苦茶な作戦を練り上げていたが、その声は進と玄の父親以外には届いていない。
「ただ、舞波の位置を把握しても、透明化している状態だと合流することはできないな」
元樹が反射的に視線を向けた先には、困惑の色を示す拓也と綾花の姿があった。
目を見張る拓也と綾花の近くで、焔の魔術で吹き飛ばされたはずの陽向は平然とした表情で服についた埃を払っている。
「焔くんの魔術はやっぱりすごいね。でも、僕には勝てないよ」
「はあっ? 詭弁じゃねえのか。それが事実だというなら証明してみせろよ!」
真偽を確かめる言葉とは裏腹に、焔は既にそれが可能な相手だということを認知していた。
陽向は今回、時間制限があるとはいえ、そもそもあらゆる攻撃が通じないのだ。
相手は魔術書に媒介している規格外の存在。
時間を稼ぐことができるかどうか。いや、それまで凌いで撤退に持ち込むことすらできるかどうかだ。
しかしーー
「上等だ」
焔は不敵に笑う。
自身が掲げた理想を成すその日を夢見てーー。
「陽向くん……」
「麻白。今度こそ、麻白を連れ戻すよ」
綾花が見せる真摯な瞳。
その中に隠された不安と戸惑いを、陽向は自分に言い聞かせるように敢えて受け流す。
「おいおい。俺の疑問は無視かよ!」
「無視したつもりはないよ。焔くんの力には警戒している。もちろん、型破りな魔力を持つ昂くんの力もね。そしてーー」
焔の発した戯言に、陽向は抑えようとしても抑えることのできない情動を抱く。
大会会場で目にした輝明の力の淵源。
綾花は輝明の激励により、あかりに憑依しており、なおかつ、時間が止まっているはずの進を呼び起こすという奇跡を発現させた。
あの未知の力は、玄の父親が使う魔術の知識とは根源から異なる力かもしれない。
「輝明くんの力も警戒しているよ」
陽向は未知数である、輝明の魔術を垣間見ることを望んでいる。
だからこそ、好敵手である昂だけではなく、輝明に興味を示す事も当然の帰結だった。
「陽向くん……」
魔術を使う者への憧憬。
淡々とした口調の中に、綾花は陽向の抱えたものの根深さを垣間見る。
魔術に関わる家系の者ではないのに、魔術を行使する昂。
黒峯家とは別の魔術に関わる家系の人間である輝明。
陽向は異なる経緯の二人に興味を示す。
陽向は幼い頃から魔術に憧れていた。
玄の父親の魔術の知識や魔術書に触れることで、陽向はある種の幻想を抱かされていたのかもしれない。
魔術の素質がなかった僕も、昂くん達のような魔術を使える存在になりたい。
それは陽向が昂と輝明の存在を知る前も、知った後も変わることのなかった不変の事実。
媒介した魔術書に記載されているものだけだが、陽向は魔術を行使することができた。
それは一時的とはいえ、陽向は昂達と同じように魔術を使えるようになったといえるのかもしれない。
だからこそ、それを叶えてくれた玄の父親の力になりたいと願った。
「麻白。僕達はどんなことがあっても、麻白を取り戻すことを諦めるつもりはないよ」
「綾花、俺から離れるな」
「うん……」
綾花にーー麻白に対して発せられた、陽向の矜持と決意。
その強い意思は拓也と綾花を後方へと下がらせた。
「拓也、綾のことを頼むな」
「ああ、分かったーー」
拓也はすぐに状況を理解し、手筈どおりに動き始めようとする。
しかし、元樹の漲る決意に答えたのは傍観の姿勢を示していた文哉だった。
「残念だが、舞波昂くんの透明化を解除させるわけにはいかないな」
「黒峯文哉さん……」
文哉の付け加えられた言葉にーー込められた感情に、元樹は戦慄するように拳を強く握りしめる。
一触即発な状況に陥ろうとした矢先ーーそこに一筋の光がもたらされた。
「随分、余裕だな。それは透明化を解除させる方法があるとも取れるよな」
「……っ」
焔の確信に満ちた言葉が文哉の心を揺さぶった。
先程の文哉の返答は、まるで昂の透明化を解除させる方法があるとも取れる発言。
しかし、焔は挑発的な言葉を発したというのに少しも笑っていない。
文哉の心に生じた小さな揺らぎ。
有り得ざる歪な感情、幽かな例外。
隠しようのない動揺を抑えるように、文哉は短く息を吐いた。
「迂闊な発言をしてしまったようだな。だが、その方法までは分からないはずだ」
文哉は失言を悔やみつつも、言を紡ぎ、魔術を展開する。
それは『魔術』というよりも一種の『芸術』だった。




