第七十ニ章 根本的に彼は遊戯に飢えている⑧
「まあ、あいつのことだから、例え、透明化していても、うまいこと立ち回っているだろう」
「……うん、そうだよね。どんな時も、舞波くんは無類の力を発揮するもの」
拓也の苦笑に、綾花は思い出したように柔らかな笑みを綻ぶ。
「綾花、大丈夫だからな。今回は玄達も輝明さん達も力を貸してくれている。それに上岡が今、舞波の声の出所を探っている。舞波とすぐに合流を果たせるはずだ」
拓也はそっと、綾花と視線を合わせるように語り掛ける。
それは、綾花の頭を撫でるように優しい声音だった。
「綾花、俺達から決して離れるな」
「……うん、たっくん」
拓也は綾花を守るために身を呈して、陽向の前に立ち塞がった。
「麻白。僕達は、麻白を取り戻すことを諦めるつもりはないよ」
「陽向くん……」
綾花にーー麻白に対して発せられた、陽向の矜持と決意。
その強い意思は拓也と綾花を後方へと下がらせる。
それでも元樹は真剣な眼差しで戦意を示した。
「拓也、綾と上岡のことを頼むな。舞波が透明化している今、陽向くんは『俺達』の方で対処する」
「ああ、分かったーー」
拓也はすぐに状況を理解し、手筈どおりに動き始めようとする。
しかし、元樹の漲る決意に答えたのは余裕の態度を示す陽向だった。
「……元樹くんの今回の切り札は魔術道具の強化だったよね。それって昂くんが透明化している今でも、麻白が本当の意味で麻白になる魔術の対処にも繋がるのかな?」
「繋がるのかは試してみないと分からないな」
陽向の付け加えられた言葉にーー込められた感情に、元樹は戦慄するように拳を強く握りしめる。
「陽向くんがこれから使う魔術を元にした魔術道具の強化、頼むな」
「はい」
元樹の隣にはいつの間にか、桜色の髪の少女が佇んでいた。
「そういえば、あの人も阿南家の人なんだよね」
陽向は興味津々な様子で少女の動向を見つめる。
やがて、陽向が動き、一触即発な状況に陥ろうとした矢先ーーそこに一筋の光がもたらされた。
「陽向。随分、余裕だな。対峙しているのは陽向も知っている相手だぜ」
「……僕も?」
陽向の心に生じた小さな揺らぎ。
焔が投げかけた思わぬ言葉が陽向の心を揺さぶった。
「もしかして……あの人は自動人形」
「ああ。輝明の自動人形だ!」
焔の直言に、陽向は目の前の少女の正体に思い至る。
そうーー少女は人間ではない。
阿南家の魔術の使い手が用いる自動人形だ。
阿南家の魔術の家系の者は生来、魔術の影響を受け付けない。
それと同時に、魔術回路を内臓する自動人形を操る使い手という一面を持ち合わせていた。
人格も意思も持たず、阿南家の魔術の使い手の定められた指示にだけ従う存在。
彼らを使役し、阿南家の魔術の家系の者達は予見どおりに事が進めることができた。
目の前で一礼する少女は、輝明が操る自動人形だった。
「でも、輝明くんは今、対戦中だよね。そんな状態で使役できるのかな?」
ステージへと視線を向けた陽向は余裕を漂わせている。
「おいおい、よそ見していていいのかよ!」
「うわっ!」
その間隙を突くように、接近した焔が暴虐の魔術を駆使してくる。
放たれたその膨大な魔力は陽向を大きく吹き飛ばす。
「……ったく、最高に気分がいいぜ! こうして魔術の本家の者達を出し抜くことができるんだからな!」
それは限られた戦力の綾花達が取れる最善の策。
魔術の本家の者達が綾花達の総戦力を把握できていないことを想定し、魔術道具の強化が切り札であると思わせる。
魔術の本家の者達も焔達の魔術の全てを把握していない。
だからこそ、未知の力を持つ彼らの魔術への警戒を強めているはずだ。
「故に戦略で勝機を掴むのか」
拓也は深呼吸をするように改めて作戦の概要を復唱すると、元樹に小声でささやいた。
「舞波と同じく透明化している黒峯蓮馬さんは今のところ、綾花に干渉していないみたいだな」
「ああ。もしかしたら、敢えて手を出してこないのかもしれない」
怪訝そうな顔をする拓也に、元樹はきっぱりとこう続けた。
「綾と上岡の心を弱くする魔術を用いることは、陽向くんに任せている可能性がある」
「なっ!」
元樹の思いもよらない言葉に、拓也は不意をうたれように目を瞬く。
戸惑う拓也に、元樹は深々とため息をついて続ける。
「だけど、今の綾には輝明さんの加護がある。綾の心を弱くされても、対処できるかもしれない」
綾花を完全に麻白にすることができる魔術書。
その魔術の効果を、元樹は前に起きた現象で否応なしに目の当たりした。
前回、麻白の心が強くなった際に対処できたのは、綾花が進に変わることができたためだ。
しかし、進は今、あかりとして『エキシビションマッチ戦』の真っ最中である。
その隙を突いて、綾花の心を弱くしてくる可能性があった。
だが、今回、綾花には輝明の力の加護がある。
何らかの奇跡を起こす一助となるかもしれない。
今、綾の心を弱くされても打つ手はあるはずだ。
なら、何とかして舞波と合流しないとな。
元樹は携帯を手に決意を固めた。




