第七十一章 根本的に彼は遊戯に飢えている⑦
魔術の家系ではないのに魔術を行使する存在、舞波昂。
破天荒な彼は世間から秘匿されていた魔術を使って、様々な問題を生じさせていた。
舞波昂くんをこのまま放置すれば、いずれ世間に魔術という存在が知れ渡るだろう。
あの時感じた言い知れないその予感は、今はもはや確信に近い。
昂が魔術を使う際に生じる危機は目に見えて増加していた。
「舞波昂くんがこのまま、魔術を行使すれば、いずれ世間に魔術という存在が知れ渡るのも時間の問題かもしれない。だが、その前に彼の魔力の源を突き止めて、彼の暴走を食い止めれば、魔術の存在はこのまま秘匿されるはずだ」
文哉は事実を噛みしめるように、拓也達に確固たる決意を示した。
「まさか、舞波の暴走を止めるために、舞波を透明化したのか……?」
それを聞いた拓也は文哉の思惑に気づく。
確かに昂を透明化して物理干渉できなくすれば、昂の暴走を止めることができるかもしれない。
魔術の家系が紡いだ、延々と続く危うい安寧を取るべきか。
もしくは綱渡りの如き、刹那の決意を取るべきか。
決められる強さは文哉にも他の魔術の家系の者達にもなく、胡乱な恐怖の中で今日という日は流れ続ける。
だが、昂の存在理由を知れば、魔術の家系の者達の行く末もいずれ判明するだろう。
「今の舞波昂くんなら、彼の魔力の源を突き止めることも可能のはずだ」
文哉が呟くその声音は、誰にも聞こえぬように魔術を伴う歌声となった。
それは彼にとって、一つの決意の表れであった。
魔術の本家に連なる者達によって、罠に嵌められた昂。
透明化して物理干渉ができないという重苦しい現状から脱するために、昂は勇猛果敢に戦い続けていた。
『……はあはあ。まだ、終わりではないのだ』
とはいえ、何度も強力な魔術を放った影響で、昂は息を切らしていた。
魔術は玄の父親にだけ攻撃が及ぶように射程を絞っている。
そして、強力な魔術を放てるようにと、威力を一点に集めていた。
昂は今までの戦い方を踏襲する。
だが、そこまでしても、玄の父親の魔術の知識の防壁には悪戦苦闘していた。
『今度こそ、我の魔術の偉大さが分かったであろう』
それでも永遠に枯れることのない想いを込めて。
昂は自身の矜持を貫いた。
昂と玄の父親の戦いはさらに苛烈さを増していく。
しかし、透明化している昂と玄の父親の戦闘の様相を拓也達が知る手立てはない。
「少なくとも舞波の居場所が分からないと打つ手がないな」
そんな拓也の不安を拭うように、輝明は情念の想いを燃やす。
「どんな状況からでも諦めないのがおまえ達の強さなんだろう」
「だけど、どうすれば……」
拓也が生じた疑問の答えは遅滞する事なく、輝明によって示された。
「全てを覆せばいい。彼女を守りたいんだろう。なら、それを示せばいい」
「ーーっ」
輝明の気迫に、拓也は一瞬、気後れする。
その間にあかりに憑依している進は車椅子を動かしながら、観戦席から歩いてきた輝明と視線を合わせた。
「輝明、後は頼むな」
「ああ」
進があくまでも真剣な眼差しで言うと、輝明もまた、真剣な面持ちで手渡されたコントローラーを見つめる。
「全てを覆すほどの強い意思か。それが輝明さん達がーー『クライン・ラビリンス』が最強のチームだと言われている強さの理由なのかもしれないな」
「そうだな。井上、俺も昂の捜索、協力するな」
輝明の頼もしさに、拓也と進は感嘆のため息を吐くと同時に戦意を固めた。
綾花を護る。
それは拓也が幼い頃から抱いていた信念で、今も決意を固める強い意思だった。
昂による魔術の儀式の騒動。
綾花の家族と進の家族の間に生じた亀裂。
昂が持っている魔術書。
その書物を管理する家系であり、麻白の父親でもある玄の父親との対立。
玄の父親が使う魔術の知識によって、昂と同様に魔術が使えるようになった陽向と出会い。
そして、未だに終わりの見えない彼らとの戦いの領域。
拓也は綾花を護る過程で、何度も己の無力さを噛みしめた。
でも、今は違う。
拓也には拓也なりに、綾花にーーそして上岡と雅山と麻白にできることがある。
拓也は記憶を辿るように、会場内へと視線を巡らせた。
脳裏に今まで出会った多くの人達が過ぎ去り、幾多の光景が遠退いていく。
最後に広がったのは、あまりにも鮮明な過去の景色。
『たっくん』
幼い頃、綾花とともに仲睦ましげに歩いた、桜の木が立ち並ぶ川沿いの遊歩道。
それは決して変わることのない憧憬が見せた一瞬の幻だった。
きっと、この一瞬は拓也にとって救いだった。
帰れない過去の想い。戻れない日々。今更のように胸を衝く激しい悲しみ。
だが、それでも拓也はその哀切を振り切る。
綾花を護る――。
拓也はその信念を確かなものとするために、前を見据えた。
それは拓也にとって、今も昔も変わることのない不変の事実だった。
「全てを覆すために、今の俺にできることか……」
「……舞波くん、大丈夫かな」
思わず、身構えてしまった拓也の張り詰めた心持ちに呼応するように、綾花が不安を滲ませる。
拓也は出来るだけ適当さを感じさせない声で応えた。




